45 淡桜の休息と選び取った蜂蜜の言葉
ルルが男爵家に戻ってから迎えた週末。
メイベルから手紙が届いた。
それは、『元気にしているかい?』から始まる報告書のようなもので、その紙面は主にバルトの悪口で埋めつくされていた……
そして、その報告書でルルが分かったことは、メイベルがバルトのことを毛嫌いしているということだった。
どうやら三片の恋標のメイベル編の攻略中に不義を働き、公衆の面前でフェリシティを辱めたバルトのことをメイベルはまだ赦せないらしいのだ。
フェリシティ本人は公衆の面前=証人多数の状況での婚約破棄を歓迎していたようなのだが、それとこれとは話が別らしい。
──という話を、ルルはわざわざメイベルからの手紙を持って様子を見に来てくれたマノンから聞いた。
「マノン・シュクレと申します。ルルさんとは学園で親しくさせていただいております。
こちらは当商会で取り扱っておりますスイーツ、『ジュエル・ビジュー・コレクション』ですわ。
一口サイズのスポンジケーキに、まるで宝石のように鮮やかな砂糖漬けされた果実をあしらっておりますの」
そんなマノンが手土産に持参したスイーツは、今王都で話題のものらしい。
マノンは持ち前の穏やかさと上品な所作で、あっという間に義母のハートを鷲掴みにした。
ルルから直接学園生活について聞き及んでいたとはいえ、やはり色々心配だったらしい。
マノンの人柄を知り、キアラは「シュクレ子爵令嬢のような方がルルちゃんについていてくれるのなら安心ね」と、やっと笑顔を見せてくれたのだった。
ちなみにあの一件で男爵家にお咎めはなかった。
ただ、流石にその余波が全くなかったわけではない。
そこは父ダニエルがウォード公爵家の力を借りながら、なんとか乗り切ろうと努力しているところである。
キアラは、「これで少しは頼もしくなってくれるかしら」と暖かい眼差しで見つめていたが、ダニエルが頼もしくならざるを得なくなった原因は、ルルなので、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
「さぁ、今日はルルの聞きたいことを話すために来たのよ」
確かに、チェルシーやクラスメイトからお見舞いの手紙は届くが、そのほとんどが世間話だ。
そして、当たり前だが手紙というものの性質上、それがもたらす情報は一方的なものになる。
マノンは自分が勝手にルルに必要だと感じた情報を伝えるのではなく、ルルが聞きたいことがあれば話してくれるというスタンスらしい。
「貴族社会で生き抜くには、手に入れるべき情報を選びとることが大切なの。
外部からもたらされる情報を手当たり次第に耳に入れていては、混乱して、いざというときに迷いが出てしまうわ。
ルルはその中から、今、何のカードを手元に置いておくのかを選び取らなければならない──」
マノンはそう言って出された紅茶で喉を潤した。
ルルの喉が緊張で上下に動くと、それを見たマノンが軽やかな声をたてて笑った。
「なんてね。これは冗談よ。──といっても、わたくしが言ったことは本当。
でもそれはゆっくり覚えていけば良いことだから、ただ、そう言うものだとだけ覚えていてちょうだい。
さぁ、貴女が知らずにいることで不安に思っていることを教えてちょうだい?
わたくしは今日、その答えを持ってきたのだから」
貴族社会は情報戦だとか、噂を利用するだとか、そんなことを前世の物語で読んだことがある。
そして、それはこれからのルルに必要なこと。
だけど、マノンは今はそんな小難しいことは考えずに、今のルルに必要なことだけを知って、安心して過ごすようにと言ってくれているのだ。
色々大変なことばかりだけれど、三華という素敵な出会いだけには感謝したいと思う。
ルルはその後、第三王子の怪我の具合とバルトがどうなったのかを聞いた。
「第三王子殿下は口の中を切っただけみたい。今は普通にしてらっしゃるわ。
ルメール公爵令息は少し芳しくない状況に立たされているみたい……」
フェリシティとの勝手な婚約破棄に続き、留学先から戻った途端にこの騒ぎだ。
ルルとバルトのやり取りに割って入ったのがルカだとしても、流石に王族相手では無かったことには出来ないらしい。
はっきりしたことが決まるにはもう少しかかるが、ルメール公爵家にはまだ次男や三男、そして長女がいる。
皆准貴族として公爵家に残るため、それなりの教育を受けているのだという──
「はっきりしたことはルルの休養が明けてからになると思うわ」
マノンはそう言い残し、義母を交えたお茶会に参加した後、男爵邸を後にした。
「……そういえば、ブルーベル公爵令息がルルの様子を尋ねにいらっしゃったことを伝え忘れたわ」
帰りの馬車の中で、マノンはあの出来事の翌日、血相を変えたシエルがわざわざ馬車止めでマノンを待ち伏せていたことを思い出した。
「でも、構わないわね。ルルがその情報を選ばなかったということは、まだまだブルーベル公爵令息の努力が足りないということだもの──」
マノンはルルが選んだ茶葉を自宅用に選んだシエルと、それの意図を全く汲んだ様子がなかったルルの反応を思い出し、ふふっと笑った。
こうしてルルの休養は明けたのである。




