42 瑠璃と琥珀、おもしれー女の窮地
試験の結果が出た。
成績順のクラス編成ではなくなったため、ラノベでよく見る張り出しによる成績の開示は行われていないらしい。
ルルが手元でこそっと配布された試験結果を見ていると、後ろから覗き込んでいたらしいチェルシーの声がした。
「凄いね。ルル、頑張っていたもんねぇ」
「うん。頑張った」
順位は小説の主人公みたいにトップを争うものではないけれど、ルルが数ヶ月前まで市井で過ごしていたことを踏まえると、かなり良い順位だと言えた。
本当に頑張ったし、チェルシーも近くでそれを見ていてくれたから、下手に謙遜なんかしない。
両親にも自信をもって報告する。
「ところで、話は変わるのだけれど……」
チェルシーは急に真面目な顔をすると、ルルの前に回り込んできてルルの耳元で囁いた。
「ブリジット・ドロワット子爵令嬢の謹慎が明けたわ。今日から復学しているらしいの」
ルルは放課後試験結果を持って図書館へ向かった。間違えた箇所を復習するためだ。
ブリジットのことは気にならないわけではないが、彼女はルルに水を掛けて髪の毛を染めていることをバラそうとした。
しかし、結果として、ルルに水を掛けたことというより、その行為がその場に居合わせた王族と高位貴族への無礼であると判断され、謹慎処分が言い渡されてしまった。
そのため、ブリジットの立場はいわゆる『崖っぷち』らしい。
いくら彼女がオカシイとはいえ、流石にもうルルに関わってくることはないだろうと考えたのだ。
それより復習だ。
現在テストで間違えたところは『その問題』と『間違った回答』が脳内で結びついている状態にある。
だから、徹底的に復習して、『その問題』と『正しい回答』を結び付けておく必要があるのだ。
特に選択問題──前世でいうマークシートで答える類のテスト勉強にこの方法は有効だ。
問題集は買うけれど、問題は絶対に解かない──これは、下手に問題を解いて、誤答がインプットされない為の対策だ。
問題集は解かず、解答・解説のみを読みこんで勉強する。
そうすれば、はじめから問題と答えが結びつき、間違いが“はじめから間違えやすいから注意するべきこと”として、頭に入れることができるのだ。
あの世界と同じで、学園での勉強は必要ではあるけれど、家を継いだ時に直接は役立たないと思われるものが多い。
なのでこの勉強法で構わないはずだ。
あとは、あの桜が見える席さえ避ければ問題はない……──
そう思っていたのだが、その直後 「おや、パックス男爵令嬢」 と、例の席から立ち上がったルカに声を掛けられてしまった。
悪びれずにっこり笑ったルカが、片手をすい、と机の方へ動かし、優雅な所作でルルを桜が見える席の方へ誘導した。
(こ、断れない……)
この学園で王子サマの無言の圧力を断ることが出来る人はごく僅かで、当然ルルはその一握りの中には入っていない。
しかしこの王子サマは前回、令嬢との同席を避けていると言っていなかったか。
「先日は……」
『ありがとうございました』と言いかけて、結局この人は見ているだけで助けてはくれなかったことを思い出した。
なんだかお礼は言いたくないな、と思ったため、バルトを連れて行ってくれたことに対して、
「……(お手数をおかけして)申し訳ありませんでした」
とだけ言っておいた。
「──それは、私に対して『げ。』と言ったことに対しての謝罪かな?」
ルカは机に片肘をつくと、頬に掌を当てて、ルルを揶揄っているような甘い笑みを浮かべた。
この王子サマの胡散臭さに気付いていないその辺の令嬢が目撃したら、細められた瑠璃眼の威力に軒並み卒倒するのではなかろうか。
──しかし……なんと、この王子サマは意外と根に持つタイプらしい。
ルルはなんと返してよいか分からず、自身があからさまに面倒くさそうな顔をしてしまっていることに気付かないまま、
「アレは殿下を見て言ったわけでは……虫が、そう、虫がいたんですよ」
──という苦しまぎれの言い訳をしてしまった。
「…………私のことを虫と表現した令嬢ははじめてだよ」
そう言って驚きの表情を浮かべるルカを見て、ルルはふと思い出した。
最初にサロンに招待されたとき、『小説の関係者であろうとそうでなかろうと、あの桜の木を認識できた時点で物語に巻き込まれている』のだと、メイベルに言われたことだ。
マノンだって、テオ・ラングレンとの出会いは桜の木の下だった。
現在ルルの周辺で三華サロンのメンバーを除いて桜の木を認識しているのは三人。
シエル・ブルーベル公爵令息とバルト・ルメール公爵令息、そしてルカ・アシュフォード第三王子だ。
ルルはそこに思い至ると、ルカに言われた言葉を反芻し、目の前が真っ暗になってしまった。
(だ、駄目だ。このままでは『おもしれー女』認定をされてしまう……)
しかし、天の神様は残酷だ。
ルルに弁解の余地を与えず、次なる爆弾を投下して来た。
「ルル・パックス! こんなところで会えるとは……やはり君とは運命という赤い糸で繋がっているようだ──」
バルト・ルメール公爵令息の降臨である。




