3 淡桜のルーツと復讐の誓い
私の名はルル。
髪と瞳は淡い桜色で、自分で言うのは何だけど、とても庇護欲をそそる、可愛らしい容姿をしている。
街に出ればよく声を掛けられ、買い物ではおまけがもらえる。
それに、通り過ぎたあとに振り返る人だっている。
私は母親似なのだと思っていたけれど、どうやら髪と瞳の色だけでなく、容姿も父親に似ているらしい。
母がよく「ルルはお父様にそっくりなのよ」と言って頭を撫でてくれていたから。
…………
“くれていた”。
そう、過去形。
──優しかった母は突然逝ってしまった。
母の葬儀を終え、手元に残ったのは僅かな家財と母が大切にしていた父のハンカチ。
これからどうしようかと不安に押しつぶされそうになっていた時、私と同じ色の髪と瞳を持つ男性が訪ねて来た。
今まで、見たこともない人に似ていると言われても、いまいちピンとこなかった。
だけど、その人が父親だということは、一目見て分かった。
ダニエル・パックスと名乗った彼は、私を悲痛な顔で見ると、ポツリポツリと母との思い出を聞かせてくれた。
「君の母──セシルとは学生時代に出会ったんだ。私の家は男爵家で、セシルの家は子爵家。お互い嫡子だったが、必ず周囲を説得し、一緒になろうと誓い合っていた──」
しかし、結局婚約は認められず、強引に別れさせられたのだという。
この国では高位貴族ならともかく低位貴族に貞潔などは求められない。
父と別れた数か月後、母は子供を身籠っていることに気付いたらしいが 時はすでに遅かった。
失意の父を見て、息子が変な気を起こす前にと焦った男爵夫妻が、強引に他の令嬢と政略結婚をさせてしまっていたのだ。
堕胎することはもちろん、父の家庭を壊すことも望まなかった母は、子爵家の後継ぎは親戚から選んでもらうことにして、自分は市井で生きていくことに決めたのだそうだ。
それから十数年。
自身の両親が他界し、男爵を継いだ父は気付いた。
──母の実家である子爵家の当主が母ではないことに。
気付くのが遅い気もするが、母を忘れるために意図的に子爵家の情報を遮断していたらしいので仕方がなかったのかもしれない。
私の祖父──母の父親である元子爵を問いただした父は、そこではじめてかつての恋人が身籠っていたという事実を知った。
子爵からの援助があるとはいえ、市井での暮らしは楽ではないだろう。今更ではあるが、養育費だけでも──と父は夫人にすべてを話し、母の元にやって来たらしい。
──父がもっと早く気付いてくれれば、母は死なずに済んだかもしれない。
──父がすぐに諦めなければ、親子三人で幸せに暮らせていたかもしれない。
そう、思わずにはいられなかった。
「ルル、君さえよければ男爵邸に来ないか」
父と夫人の間には子がいないらしく、父はひとりぼっちになった私にそう言った。
「贅沢はできないが衣食住に困ることはないし、学園にも通うことができるよ」と。
母は父の家庭を壊すことを望んでいなかったけれど、私はそんなの知ったことではない。
私は即決した。
男爵家を壊すために男爵令嬢になることを。
貴族だった母によく似た、可愛らしく、庇護欲をそそるこの容姿はその計画に利用できると思った。
平民や下位貴族と違い、高位貴族はお堅く、結婚の約束をしていても手を握ることすらままならないと聞いたことがある。
学園で婚約者のいる高位貴族を手玉にとり、敵を作れば、簡単に男爵家を潰すことができるはずだ。
「私、お父さんと一緒に行きます」
私はこの日、失った母の手の温もりを──失うことの絶望を父にも味わわせてやるのだと、そう心に決めた。
男爵家へ向かう日。
初めて乗った馬車の心地よい振動に、それまで張り詰めていた緊張の糸が緩んでしまったのだろう。
私は馬車内で深い眠りにつき、男爵邸に着いても目を覚まさなかったのだという。
全く起きる気配のない私を見て、父は
「これまでの疲れが出たのだろう。このまま寝かせてあげよう」
──そう言って、ベッドまで自ら運んでくれたそうだ。
父と、複雑な心境のはずなのに私の到着を心待ちにしてくれていた義母に見守られ、私は身じろぎ一つせず、ただ、眠り続けた。
それもそのはず。
その時の私は、前世の記憶を夢に見ていたのだから──




