29 仕組まれた美談と氷晶の掴んだ自由
「父親が投資に失敗して、クランベリー伯爵家が多額の借金を抱えてしまったことは前にも少し話したと思うんだが──」
最初に三華サロンから招待を受けた時に物語の導入部分は聞いていた。
諸悪の根源である父親から、学園在学中に金持ちの貴族令息を捕まえることができなければ、卒業後に金持ちの後妻に入るよう言われたという話だった。
「前世を思い出す前の『メイベル・クランベリー』は気が弱く従順な美少女だった」
──自分で言っちゃうんだ……と、ルルは思ったが、確かにメイベルは美人だ。
フェリシティも美人だけど、二人はタイプが違う。
フェリシティが銀髪翠眼。清廉で清楚な美人であるのに対し、メイベルは濡羽色の髪に氷晶の瞳。黙っていれば神秘的な印象を与えるが、口を開くと苛烈で華やかな美人なのだ。
「……その気の弱い『メイベル』が、学園在学中に自らアプローチをして自身の結婚相手を見つけるなんて不可能だ。
かといって、父よりも年齢が上の男に嫁ぐことも受け入れられない。
たとえそう思っていても、当主の命令に逆らう勇気もないメイベルは、一人、桜下のベンチで隠れるように泣いていた。
そんな時、メイベルの前にディミトリ・スペンサーが現れる──」
優しく語り掛け、涙の理由を聞き出すディミトリに心を許し、次第に惹かれていくメイベル。
幸いスペンサー家は裕福で、婚約を締結することを条件にクランベリー家の借金の肩代わりを申し出てくれたのだ。
無事に愛するディミトリと結ばれたメイベルは、卒業後、スペンサー子爵家夫人となり幸せに暮らしました。
「──で、終わらないのが三片の恋標だ。ルルだって不思議に思わなかったかい? 恋物語に不似合いな『復讐』という毒に」
確かにそうだ。
普通の良くある物語であれば、学園で理想の王子様に出会って「めでたしめでたし」で良いではないか。
そこに毒はいらない。
「実は、クランベリー伯爵家に嘘の投資話を持ち掛けるよう指示したのがスペンサー子爵家だったんだ」
ディミトリの好みは美しく自分に従順で、身体的に妖艶と言われる部類の女性だった。
そして、その好みにメイベル・クランベリーは見事合致していた。
一方メイベルには、学園入学を迎える時期になっても未だ婚約者がいなかった。
しかし、それはメイベルに難があるわけではなく、この容姿であれば公爵、侯爵に嫁ぐことも可能であると確信している伯爵が、娘の婚約を渋っていたのだ。
当主が高位貴族との縁を望んでいる令嬢に、子爵家から嫁に迎えたいと申し入れるのは難しい。
その為、まずスペンサー子爵家は、クランベリー伯爵家を嵌めて多額の借金を負わせることにしたのだ。
しかし、突然借金の肩代わりを申し入れれば何故知っているのかと不審がられるし、そもそも肩代わりをするにしても、それなりの理由が必要だ。
子爵はその『理由』を手に入れるため、伯爵が借金を負うタイミングをメイベルの学園入学直前に調整し、落ち込んだメイベルとディミトリが学園という場で出会えるよう仕組んだ。
その後、ディミトリがメイベルから借金の存在を聞き出し、婚約と肩代わりを申し入れる──という台本を考え、ごくごく自然な形で息子の欲する娘を手に入れようとした。
物語ではスペンサー子爵家の計画通りに進み、メイベルは自分を嵌めたスペンサー子爵家の闇に気付かず、ディミトリに愛されて、その生涯を幸せに暮らす──
そのディミトリに依存し生きる『メイベル・クランベリー』の人生を本当の幸せとは思えなかったメイベルは、ディミトリとの出会いの場──桜下のベンチに行かなかった。
「その代わり、ダメ元で一緒に入学したはずの『第三話の悪役令嬢フェリシティ・ウォード』──フィズの元を訪ねたんだ」
幸いというか、神の導きか、お互いに転生者であることに気付いた二人は自らの運命を変えるため、また、後から入学してくるであろう二人のヒロインの手助けをするために手を組むことにしたのだ。
それが三華サロンの立ち上げ秘話である。
メイベルはディミトリの自身への執着を断ち切るため、蘇った前世の記憶に『人格』、『言動』共に委ねることにした。
それが淑女に相応しくなかろうとも、メイベルには自身の手で選び取った人生の選択に後悔することはないという自信があった。
メイベルの変わりように、ディミトリはショックを受けたようで、しばらくは先ほどのように、しつこく絡んで来ていた。
しかしメイベルはスペンサー子爵家の計画など知らないことになっている。
そのため、
「可笑しなことを口走る令息だな」
というスタンスを貫けば、次第にバックにウォード公爵令嬢がついているメイベルの前に現れることは無くなっていったという。
そのうち美しさと身体つきではメイベルには劣るが、とても従順な令嬢を婚約者に迎えたと風の噂で聞いた。
フェリシティが手を回し調べたところ、その令嬢との婚約は正規の手順で締結されていたとのことで、それ以上の介入はせずに、メイベルの物語はここで完結となった。
しかし、物語は終えても それでクランベリー伯爵家の借金が帳消しになるわけではない。
その後、フェリシティが懇意にしている令嬢を助けたいと私財を投げうとうとしていることを知った公爵が、クランベリー伯爵家の窮状を精査し、その借金を肩代わりしたうえで、借金返済のためということを名目にクランベリー伯爵家に人材を派遣するに至った。
これにより領地経営は現在黒字に転じており、その純資産はスペンサー子爵家を上回っているのだという。
「ま、そういうわけで、未だに突っかかってくるディミトリ・スペンサー子爵令息には彼の好みとは正反対の『メイベル』でお相手して差し上げているという訳さ」
メイベルはそう言うとニヤリと笑い、喉が渇いたなと紅茶を一気に飲み干した。
フェリシティとメイベルが手を組み三片の恋標という運命を回避するために戦っていた裏で、バルトは男爵令嬢に擬態したティティに愛を囁いていたらしい。
その後婚約破棄宣言に至るのだが、第三話で彼がルル・パックスと繰り広げる物語を知るフェリシティにとって、それは僥倖でしかなかった。




