27 本当の第三話と書き換えられる未来
ルルが三片の恋標第三話のヒロイン……!
その衝撃的な事実に、ルルは手に持ったティーカップを落としそうになった。
「わ、私、その学園に紛れ込んだティティさんの『事件』が……公爵令息と平民の恋が第三話だとばかり……」
完全に油断していた。
確かに三華の面々からはっきり第三話の話を聞いたことはない。
「あぁ、物語が全て終わっていると勘違いしていたという訳か。
なるほど、通りで嬉しそうにしていたはずだ。物語について何も聞いてこないからおかしいとは思っていたんだよ」
あんなに警戒していたはずなのに、肝心なことを見落としてしまっていたという事実に眩暈がしたが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「ルメール公爵令息と平民ティティの件は、完全に予想外……『青天の霹靂』ってやつだな」
私が話をぶち壊すために勝手に動いた弊害ってやつかもしれないけれど──そう話すメイベルに、ルルは恐る恐る声をかけた。
「あ、あの、もしよろしければ第三話の概要を教えていただいてもいいですか?」
少しでも情報をと、ルルはメイベルに頼んだ。
万が一物語に流されでもしたら大変だからだ。
「もちろん構わないよ。でも、今の君を見る限りその心配はない気がするけどね」
メイベルによると三片の恋標『ルル・パックス男爵令嬢編』は、ルルの母親が亡くなり、ひとりぼっちになったルルをパックス男爵が迎えに来るというところからはじまる。
その事自体には現実との乖離は無い。
問題はその後だ。
──父がすぐに諦めなければ、親子三人で幸せに暮らせていたかもしれない。
──父がもっと早く気付いてくれれば、母は死なずに済んだかもしれない。
ルル・パックスは、そう思わずにはいられなかった。
母は父の家庭を壊すことを望んでいなかったけれど、そんなの知ったことではない。
ルル・パックスは誓う。
男爵家を壊すために「男爵令嬢」になることを。
この容姿を利用し、学園で婚約者のいる高位貴族を手玉にとって敵を作れば、簡単に男爵家を潰すことができるはずだ。
──失うことの絶望を父にも味わわせてやると、ルルはそう心に決めたのだ。
ルルは高位貴族に取り入るため、学園への入学に向け不眠不休で勉学に励みマナーを身につけた。
そして学園に入学したルルは、モスグリーンの髪と琥珀色の瞳を持つ公爵令息──『バルト・ルメール』と運命の出会いを果たしたのだ。
ルルとはタイプが正反対の同じ公爵家の令嬢『フェリシティ・ウォード』を婚約者に持つバルトは、ルル・パックスにとって、理想の攻略対象だった──
ただ、高位貴族に敵を作るだけではルルが男爵家から追放されて終わってしまうと知ったルルは、バルトに願った。
パックス男爵家の終焉を。
「──わかった。君の願い通り男爵家を壊すと約束しよう。その代わり、その桜色に色付く“君の全て”を私に差し出してもらうよ」
そう言ってバルトはルルの顎に手を添えると、ついと自身の方へと持ち上げた。
彼の唇から漏れる吐息がルルのそれへと近づく。
ルルはその誓いに応えるように踵を上げると──
「……ぴ。ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ルルはそこで耐えられなくなって、奇声を上げた。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をしながら考える。
復讐を誓う部分には心当たりがありまくる。
あの夜、前世の記憶を思い出さなかったら辿っていたかもしれない未来。
ルルははじめて、心の底からいるかいないか分からない神様に感謝した。
「お願いしますっ!」
ルルはフェリシティとメイベル、マノンに向かって深く頭を下げた。
「前世を思い出すまでは確かに復讐を考えていた事実はあります。
ですが今ではひとりぼっちになった私を迎えてくれた両親に感謝しています。勉学に励んで、無事に学園を卒業して、男爵家を継いで、そして両親を安心させてあげたいんです。
どうか私に皆様の……三華サロンの力を貸してください!!」
パンッ!!
ルルが言い終えると、フェリシティが扇を勢いよく開いた。
小気味良い音がサロンに響く。
「当然でしょう。『立てば白百合、座れば菫、歩く姿は百合車』。その信条に沿って、貴女自身が納得のできる帰結に辿り着けるようお手伝いをさせていただきますわ。
物語に巻き込まれないために髪まで染めて入学してきた貴女の決心、無駄にはしないわ。
──マノン、例の物をルルに」
ルルの物語は平民ティティの乱入により序盤で破綻していたため、どのような経過を辿るかは誰にも分からない。
こうして三片の恋標の第三話が幕を開けた。
それは、復讐に濡れた恋物語などではなく、ルル・パックスが三華の力を借り、望む未来を掴み取る物語へと進化していた──




