26 『蒼天の雫』と悪夢の第三話
「面倒臭いことになったわね」
マノンが合流し、ルルの身に振りかかった不幸を説明し終えたところで、やっとの思いで騒ぐバルトを追い返したフェリシティが戻ってきた。
胃痛MAXで吐き気すらするルルは、テーブルに突っ伏し、すでに虫の息である。
マナーとしては最低だが、ここは三華サロン。
今日は見逃してあげましょうと、フェリシティは軽くため息をついた。
「ルル、そのままでいいから話を聞いてちょうだい。情報を知っているのと知らないのでは天と地ほど違うと、今の貴女には分かっている筈よ」
その言葉を聞いて重い体を起こしたルルに、マノンが温かい紅茶を入れてくれた。
「この茶葉は『蒼天の雫』というの。頭がスッキリする筈よ」
「ありがとうございます」
差し出された紅茶をルルが一口飲んだのを確認したところで、フェリシティが話を続けた。
「彼の名はバルト・ルメール。ルメール公爵家の嫡男よ。
二年前、男爵令嬢になりすましてこの学園に侵入した平民と恋に落ち、公衆の面前で私に向かって婚約破棄を宣言した大馬鹿者よ」
*――*――*
フェリシティとメイベルが一年生の時のことだ。
別件で忙しくしていたフェリシティの目を盗み、バルトは学園で出会ったとある男爵令嬢と恋に落ちた。
目を盗んだと言ってもここは学園。
フェリシティの耳には噂という形でその情報が入っていたことは言うまでもない。
しかしこの婚約は、フェリシティが幼い頃にルメール公爵家主導で強引に進められた、政略にしても微妙なもの。
そのためバルトに全く興味が無かったフェリシティは、彼の不義の噂を放置した。
「フェリシティ・ウォード公爵令嬢!貴様はこの愛らしいティティに嫉妬し、嫌がらせをしていたらしいな!」
その結果、全く身に覚えの無い罪により、公衆の面前で婚約破棄を宣言されてしまったのだ。
婚約を解消するにしても手順というものがある。
そのすべてを一足飛びしたバルトの行動に目眩を覚えながらも、フェリシティは婚約破棄に必要な情報を得ることに専念した。
──バルトを切り捨てる好機だったから。
「そちらのティティさん。確か男爵家のご令嬢と聞き及んでおりますわ。家名をお聞かせいただいても?」
──しかしティティは、このフェリシティからの質問に信じられない返しをした。
「家名?そんなもの無いわよ」と。
詳しく話を聞いたところ、ティティは裕福な家庭で育った平民だった。
友人の男爵令嬢が学園を卒業し、他国へ嫁入りすることが決まった際、お願いして憧れの学園の制服を譲ってもらったらしいのだ。
男爵令嬢は、きちんと個人的に楽しむ程度の利用でと念押ししたそうだ。
しかし望むものを手に入れたティティは、それを着て“平民が足を踏み入れることのできない憧れの王立学園を散策する”という、男爵令嬢には考え付かなかった斜め上の個人的な楽しみ方を思い付いた。
こうして平民ティティは、学園で公爵令息バルトに出会うこととなったのだ。
当然学園生では無いティティとフェリシティはこの時が初対面。
愛しのティティが平民で、しかも二つも年上であった事実に、バルトは即ティティを棄て、婚約破棄を撤回しようとした。
しかし、一度口にしたフェリシティに対する暴言が消えてなくなる筈はない。
二人の婚約破棄は即日解消され、ほとぼりが冷めるまで、バルトは隣国へ留学することになったのだ。
公衆の面前でフェリシティに婚約破棄を言い渡したのはアレだが、物語と違い、これまで家督を継ぐための教育を受けてきた公爵家の嫡男が、平民と少々遊んだ程度のことでその地位を脅かされる筈もない。
今回、年度はじめには間に合わなかったが、進級のタイミングでルメール公爵に呼び戻されたらしいのだ。
どうやらバルトとティティ、そしてフェリシティの一件が、クラス編成が爵位順となった原因である三片の恋標、三話の内の一話だったらしい。
「で、ルル。バルトを見てどう思った?」
話し終えたフェリシティがティーカップを手に取ると、メイベルがルルにそう尋ねてきた。
どう、と言われても……いくらイケメンでも、あのやり取りで好意など持てる筈もない。
面倒臭い。
避けたい。
関わりたくない。
顔も見たくない。
出来ることなら時間を巻き戻して全てを無かったことにしたい。
考えたくもないから、そんなこと聞かないで欲しい……
──思ったことが全てルルの顔に出ていたのだろう。
メイベルは片眉を上げると、衝撃的な言葉を口にした。
「ルルがあいつに好意を持っていないことはよく分かったが……残念なお知らせがある。
あいつが三片の恋標の第三話のヒロインである君の──『ルル・パックス男爵令嬢』の本来のお相手なんだよ。
因みにこの話にだけ『フェリシティ・ウォード公爵令嬢』という『悪役令嬢』が登場する」
もう、ルルの胃は何の反応も示さなかった。




