25 琥珀の襲来と淡桜の戦慄
その日、ルルがサロンに顔を出すと珍しくフェリシティがいなかった。
ふと、誰かに呼ばれたような気がしてサロンの窓を開け放つと、爽やかな風に乗ってやってきた桜の花弁が室内を駆け回る。
その花弁が風に乗ったまま外に飛び出すのを追い、ルルは視線を桜の方に向けた。
すると、桜の木から少し離れた場所でフェリシティと、モスグリーンの髪の大柄な男子生徒が向かい合う形で立っているのが見えた。
正確に言うと、こちらに来ようとしているフェリシティの進路をその男子生徒が塞いでいるといった感じだ。
「げ、毛髪カラフル男!」
思わず口をついて出てしまった。
立ち位置的に男子生徒の顔は見えないが、嫌な予感がする。
「あれは、バルト・ルメール公爵令息だな。フィズの元婚約者だよ。
チッ! 留学から戻ってきていたんだな。──今さらフィズに何の用だ?」
いつの間にか隣に来ていたメイベルが、小道で向かい合う二人を見て不快感を隠そうともせずに、そう言った。
どうやら『高位貴族の肩書付き』らしい。
「フェリシティ・ウォード!喜べ!貴様を俺様の婚約者に戻してやる!」
「は?」
ルルは思わず声を上げてしまった。
だって現在彼が『元婚約者』であるのなら、両家の話し合いで一度婚約がなくなっているということだ。
当人同士が戻る戻らないと問答したところでどうにもならない。
しかし現実世界では『頭、大丈夫?』なこの台詞だが、ルルは何度か目にしたことがある。
そう、前世で読んだ小説でよく見かけた台詞だ。
「なんだとっ!!」
いつもどこか飄々としているメイベルが、不快感を露にしているのは珍しい。
ルルがそんな彼女を意外に思って見ていると、
「──ルル、私たちはお茶でも飲んで待っていよう」
メイベルはそう言って、そそくさとルルを室内に誘導しようと手を差し出した。
ルルが、メイベルにフェリシティを助けなくていいのか、そう言いかけた時だった。
フェリシティがこちら側に視線を向けたのだ。
そしてその顔は何故か「しまった!」と聞こえそうなほどに強張っていた──
メイベルはともかく、フェリシティは普段から感情を表に出すようなことはほとんどない。
そんな様子の彼女に違和感を覚えたのだろう。
フェリシティと対峙するモスグリーンの男子生徒が振り返り、こちらを見上げた。
その瞳は言動に似つかわしくない落ち着いた琥珀色。
公爵令息で、フェリシティの元婚約者という肩書。
しかもその男子生徒は眉目秀麗──精悍な顔つきなのに爽やかさと色気の同居するワイルド系のイケメンだった。
新たな『高位貴族で眉目秀麗、カラフルな髪と瞳に肩書付』な男性の登場に、ルルの第六感が微かな胃痛をもたらした。
そして、その胃痛はこの後すぐ、激痛に変わる。
「……っ!」
ルルを視界に入れたバルトが、ハッとした表情を浮かべた。
そして──
「君は……」
バルトはゆっくりと視線をルルの隣にいるメイベルに移すと、軽く目を伏せ自嘲したような笑みを浮かべ、納得したというような顔をした。
「そうか、君が一年生で三華サロンの一員になったルル・パックス男爵令嬢か……
フェリシティ、さっきの話は無しだ! いいだろう。ブラウンの髪は気に入らないが、三華サロンの一員であるならば許容範囲内だ」
そこでバルトは不敵に、それでいて蕩けるように甘く微笑むと、階上の窓から覗くルルに向かって左手を差し出した。
それは、まるで物語の王子様がお姫様に愛を乞うシーンのようだ。
「ルル・パックス! 君のそのピンク色の瞳と俺好みの愛らしさに免じて、この俺が君の婚約者になってあげよう!」
(あ、コレマジでヤバイやつだ)
ちなみにこの“やつ”には、奴|と物事が掛けてあるんです──なんて、現実逃避をしている場合ではない。
既に物語は三つとも終えており、フェリシティとの婚約関係は解消済みだとはいえ、今年度の卒業式まではここが物語の舞台であることには変わりないのだ。
ルルはこの先の学園生活に暗雲が立ち込めたような気分になり、その場から動けないでいた。
「ルメール公爵令息。あなた、全く懲りてないのね。ルルは私の庇護下にあります。無体は赦されなくってよ」
「大丈夫さ。本人に諾と言わせればいいんだろう?」
フェリシティがバルトの相手をしている間に、メイベルが放心状態のルルを、彼の視界に入らないよう室内に引きずり入れた。




