23 子爵の謝罪と男爵の嘆き
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
パックス男爵家の応接室でガバリという音が聞こえてきそうなほど勢いよく頭を下げたのは、ブリジットの父、ドロワット子爵だ。
「は、はぁ……」
パックス男爵──ダニエルは困惑していた。
先触れもなくいきなりやって来たかと思えば、ダニエルの顔を見るなりこの言動。
ルルの様子から、ドロワット子爵令嬢がルルにちょっかいを出しているのだろうとは思っていたが、子爵自ら詫びに来るほどの何が起こったというのか。
万が一ブリジットによってルルが怪我を負ったのであればパックス男爵家にも連絡が入るはずだ。
しかし、そんな連絡は受けていない。
ならばドロワット子爵が格下の男爵家に頭を下げねばならない理由に、ルルは直接には関わってはいないということになる。
そして関わっていないのであれば、ドロワット子爵が格下の男爵に詫びる必要はない……
──堂々巡りである。
「と、とりあえずお茶を淹れますので頭を上げて、話を聞かせていただいてよろしいですか? 私は何も知らされていないのです」
ルルはダニエルにとって目に入れても痛くない愛娘だ。
夫人もルルを受け入れ、愛しんでくれている。
学園入学前、ルルが貴族社会に早く馴染めるようにと、体調が心配になるほどマナーの習得や勉強に励んでいたのも見て来た。
──とはいえ、ルルは先日まで平民として過ごしてきたのだ。
それが入学早々三華サロンに誘われウォード公爵令嬢やクランベリー伯爵令嬢、シュクレ子爵令嬢と懇意にしてもらっていると聞いて驚いたばかりなのに……──
「は?」
ダニエルはドロワット子爵の話を聞いて一瞬思考が停止した。
それは仕方がないことだ。
「ルルが第三王子殿下やブルーベル公爵令息と!?」
「あ、ご存じありませんでしたか? そうなのです。それをうちのバカ娘が嫉妬などしおって……!!」
どうやら学園の図書室で三人が学習に取り組んでいたところにブリジット嬢が乱入、二人に秋波を送った挙げ句、ルルに携帯用の水瓶の中身をかけ、結果としてブルーベル公爵令息の制服の上着と第三王子殿下の私物を汚してしまったらしいのだ。
更にその場に居合わせたウォード公爵令嬢に、自分はルルの従姉妹だから三華サロンに入会させろと迫ったらしい。
散々マナーを無視した挙句、サロンへの入会を図書館という公の場で、華の主であるフェリシティに直接嘆願したこと、しかも その嘆願を第三王子殿下の前で行ったことで外堀を埋め、強引に要求を押し通そうとしたと判断され、学園から謹慎処分が言い渡されたらしい。
奥方はその場に居合わせた三華サロンに憧れる令嬢たちの母親たちからそのことを責められ、寝込んでしまったのだとか。
子爵には申し訳ないが、ダニエルはブリジットの浅はかな行動に呆れてしまった。
そして、そこまで聞いてようやくドロワット子爵の態度に納得した。
聞く限り、ルルはブリジットに水を掛けられただけのようだし──
「わかりました。パックス男爵家はその謝罪を受け入れます」
その言葉にドロワット子爵は何度もお礼を述べていたが、ようやく過度な謝罪が終わりを告げた。
ダニエルは、子爵が落ち着きを取り戻したことにほっと胸を撫で下ろしたが、一つだけ腑に落ちないことがあった。
「ブリジット嬢は何故、わざわざ図書館に水筒を持ち込んでまでルルに水を掛けたのでしょうか」
「それが……大変申し上げにくいのですが、ルル嬢は学園で髪を茶色に染めているらしく、ルル嬢に嫉妬したバカ娘がそのことを公衆の面前で晒し、ルル嬢を退学に追い込んで、その空いた席に座ろうとしたらしく──」
そこから再びドロワット子爵の「申し訳ございませんでした!」に繋がるのだが、ダニエルは今日一番の衝撃を受けて呆然としており、繰り返されるその謝罪を止める者はいなかった。
もしかしてルルは自分と同じ淡いピンク色の髪色が不満なのだろうか……
「る……ルルから話を聞かなければ──」
ダニエルは長年仕えてくれている老齢の執事を呼ぶと、震える声で週末ルルを呼び戻すよう命じた。




