22 『黄金の外套』とお迎えの心当たり
次の週末、ルルは予定していなかった男爵家からの迎えを不安に思いつつ、馬車に揺られていた。
(心当たりがありすぎる……)
──緊張で、指先が冷えていくのが自分でも分かる。
あの後、ルルはフェリシティによってサロンに連れて行かれた。
サロンに到着すると、メイベルとマノンに加え、一人の侍女が待っていた。
バレる!
咄嗟にルルの身体が震えたのを見て、フェリシティが言った。
「安心なさい。信頼のおける、公爵家の侍女よ」
「さぁ、ルル。こちらへ」
見知らぬ侍女相手ではルルが不安であろうと、マノンがルルを誘導する。
「ブルーベル公爵令息の上着を預かりたいのだけれど、構わないかしら」
そう言われてルルはハッとする。
落ち着く香りに縋るようにここまで持ってきてしまったが、これは借りものだ。
見るとところどころ茶色いシミがあり、握りしめていた箇所がシワシワになっていた。
「ふふ。大丈夫よ。ルルの使っている染粉は落ちやすいから、今ならきれいに汚れを落とすことが出来るわ」
ルルは「ご迷惑おかけします」と言って、マノンに上着を渡す。
そして、何故かサロンに併設されたシャワールームで、まだらになった髪を洗い流すと、これまた何故か用意されていた替えの制服を身につけた。
これにはルルも自身のおかれている状況を忘れて、用意周到すぎやしませんか?!と突っ込みを入れたくなった。
後日、そのことを尋ねたところ、メイベルから「ヒロイン × 嫌がらせと言えば噴水落ちが定番だろう?」と笑顔で言われてしまった。
さすが『知識と権力、そして財力で、ヒロインの手助けをするために設立した』と言ってのけるだけのことはある。
ルルは退学になってしまうのだろうか──
茶色の染粉を全て落としたルルは、そんな不安を胸に本来の桜色の髪でフェリシティたちの待つサロンに戻った。
テーブルにはルルが戻って来るのが分かっていたかのように温かい紅茶が用意されていた。
「──この紅茶は黄金の外套というの。ジンジャーが入っているから温まるわよ」
マノンが紅茶の説明をしてくれる。
その、いつものルーティーンも、ルルを落ち着かせる一助となった。
「それが本来の貴女という訳ね。安心なさい。ブルーベル公爵令息は貴女の濡れた姿を隠したつもりだったのでしょうけれど、その機転のおかげで本来の色は誰の目にも留まっていないわ」
紅茶に触れることを躊躇うルルに、暖かくなってきたとはいえ水浴びするにはまだ肌寒いものね。温かいうちに頂きましょうとフェリシティが促す。
「あの、ご迷惑をおかけしました」
「誰もあの娘があのような暴挙に出るなんて思わないもの。避けようがないことを反省しても仕方が無いわ。偶然とはいえ、私が居合わせてよかったわ。
──ところで、ルルはブルーベル公爵令息とは親しいの?」
髪を染めてまで物語に関わることを避けているルルが、あのように目立つ男性陣と共に居たことを不自然に感じたのか、フェリシティがそんなことをルルに尋ねた。
「──いえ、出来れば関わりたくないんですけど……」
ルルはなんと説明したらよいのか分からず、三人にこれまでのあらましを話すことにした。ついでにルカの話も……
「そうなのね……」
「あの令嬢には無表情で事務的な対応しかしないシエル・ブルーベルがハンカチを濡らして来てくれただって!? おまけに一緒に勉強ねぇ……何か企んでいるのか?」
フェリシティは何かを考えているようで黙り込んでしまったが、メイベルはどこか面白がっている感じが見え隠れしている。
ちなみに、気恥ずかしくてチェリーパフ云々の件は話していない。
紅茶を飲み、落ち着いたルルは先ほどの侍女に髪を染めなおしてもらった。
公爵家の侍女に髪を整えてもらい、今後も公爵令息や第三王子と関わるのであればとマナーの確認を終えたところで、その日のお茶会はお開きになった。
翌朝、ルルの秘密がバレてやしないかとドキドキしながら教室に行ったルルだったが、何故かいつもと変わらない様相だった。
しかも──
「昨日は大変だったみたいね。だけど安心していいわよ。あなたのおかしな三従姉妹様は、現在実家で謹慎中だから」
ルカは「大目に見る」と言ったらしいが、学園側はそういうわけにはいかない。
男爵令嬢と子爵令嬢のもめごとなどは、どうでもいいのだ。
しかし、ルカやシエル、フェリシティという王族や高位貴族への不敬に関しては、ルカ一人の一存ではどうにもならないらしい。
ブリジットは「王子殿下は見逃すと言ってくれた」と学園側の下した罰に対して文句を言っていたようだが、いわゆる『それとこれとは別』というやつである。
ルルが汚してしまったシエルの制服は、ウォード公爵家からお礼を添えて返却をしてくれるそうだが、個人的なお礼はルル自ら行う必要がある。
これも、『それとこれとは別』というやつなのである……──




