13 『蒼穹の調べ』と不可視の攻防
ルルがこの世の終わりのような顔をしていたからか、マノンが場の雰囲気を変えるように両手を打ち合わせて言った。
「話が長くなりそうだから、紅茶をいただきながらにしましょう。
これは貴女のために準備したものなのよ。美味しいうちに味わってほしいわ」
マノンにすすめられ、ルルは目の前に置かれたティーカップに手を伸ばした。
そして、その中身が視界に入ると、思わず声を上げてしまった。
その“紅茶”が、男爵家や前世で見慣れた色をしていなかったからだ。
「緑色……?」
「私のお気に入りの茶葉なの」
フェリシティが答え、マノンがそれを引き継ぐ。
「わたくしの実家は主に食品関連を扱う商会をしているのよ。
このお茶の名は『蒼穹の調べ』。きっとあなたも好きになると思うわ」
ルルはティーカップの中の新緑色の水面に視線を落とすと、少しだけ、口に含んだ。
記憶にある味と違えばきっと落胆するだろうから、それを避けるためだ。
しかしそのお茶は期待通り、ティーカップで飲むことに違和感を覚えるほど”緑茶”だった。
マノンに勧められて摘まんだ『チェリーパフ』の甘酸っぱさとクリームのコクを、すっきりと引き立ててくれる。
遠い故郷の味と大好物で少し元気を取り戻したルルに、ついでだからとメイベルが自身の物語をかいつまんで話してくれた。
「父親が投資に失敗してね、クランベリー伯爵家は多額の借金を抱えてしまったんだ──」
諸悪の根源である父親から、学園在学中に金持ちの貴族令息を捕まえることができなければ、卒業後に金持ちの後妻に入るよう言われた夜、メイベルはショックで寝込み、前世の記憶を思い出した。
ラッキーなことにこの小説を知っていたメイベルは、自身の相手役であるはずの令息との出会いの場──桜下のベンチに、行かなかった。
「え? 行かなかったんですか? なぜ?」
「君と同じさ。物語とは別の人生を歩みたかったからだ。そして、それは叶った」
話を聞いてルルは安堵した。
メイベルという前例──仮に自身がヒロインだったとしても、物語に逆らえるということが証明されたからだ。
しかし、メイベルが物語に逆らったことと彼女の実家の借金は別問題だ。
大丈夫だったのだろうか……
クランベリー家のその後は気にはなったが、面と向かって家の借金は大丈夫だったのですか、とは聞けない。
「──私が買い取ったわ」
と、そこでルルの心を読んだかのように、フェリシティが肩に掛かった髪を払いながら言った。
なんと、フェリシティが債権者からクランベリー家の負債を買い取ったらしいのだ。
その後、借金返済のためウォード公爵家に教えを請うたクランベリー伯爵家は、現在黒字に転じているのだという。
凄い。
伯爵家の負債を肩代わりできるだけの財力もそうだが、ルルの考えを読んだかのようなフェリシティに感心してしまった。
これが俗にいう高位貴族同士の心理戦に必要不可欠とされている洞察力──『不可視の攻防』というヤツだろうか。
それともラノベによく出てくる「君は考えていることが顔に出るタイプだね」のパターンだろうか……
メイベルは自ら選び、物語から離脱した。
ならばもう一人のヒロイン、マノンの物語はどうなったのだろうか──ルルはマノンに視線を向けた。
彼女はそんなルルを見てふふっと笑うと、なんてことはないといった感じで言った。
「わたくし、見ての通り太っているでしょう?婚約者がそれを不満に思って他の令嬢と不義を働き、婚約破棄されてしまったの。でもフェリシティ様とメイベル様のおかげで小説とは全く違う結末を迎えることができましたわ」
詳細は分からなかったが、そう言って微笑むマノンを見る限り、納得のいく結末を迎えたに違いない。
しかし、不義による婚約破棄──どうやらチェルシーが話してくれた『男女別のクラス編成』になった原因の騒動が、マノンの物語のようだ。
そこでルルは思った。
メイベルの物語は出会いからなかったことになっているため、当然騒動など起こるはずはない。
ならばもう一つ──『爵位別のクラス編成』になった騒動が、三つ目の物語ということになるのではないだろうか。




