12 『三片の恋標』と存在しない大木
「な、なんで──」
髪を染めるくらいで退学になるのか。
ルルはそう聞きたかったが言葉にならなかった。
しかしルルの気持ちを察したのか、メイベルがそれを説明してくれた。
「聞き及んでいるかもしれないが、以前この学園に平民が紛れ込んだことがあってね。
その時に卒業後の制服の売買や過度な見た目の改変をしての登校が禁止になったんだ。髪を染めることもそれに抵触するんだが──男爵夫妻に何も言われなかったのかい?」
「な、内緒で染めたんです……」
バレたら退学……ルルは思わず泣きそうになってしまった。
男爵家の跡継ぎが学園を退学──このままでは両親に親孝行どころか、反対に迷惑をかけてしまう。
どうしよう……口の中が乾燥して息がしにくい。
焦りと絶望で、考えもまとまらない……
「何故、髪を染めているのか話して貰ってもいいかしら?」
フェリシティが顔を伏せてしまったルルに優しく声を掛けた。
(そうだ、とりあえずこの三人は全員、もしくは誰かが転生者! 落ち込むのは後にして、事情を説明して黙っていてもらわなくっちゃ!)
この事がバレれば卒業が危うくなるどころか退学! そう思ったルルは、自身の境遇と髪染めに至った経緯を三人に話すことにした。
「なるほど、この世界が物語の世界ではないかと仮定して、万が一そうだったとしても巻き込まれないように動いていたわけか。
ついでに目立たないためにサロン入会も断ろうとしていたと」
「そうなんです。私は物語に関わることなく、『地味で目立たない平穏な学生生活を送り、無事に卒業する』ことを目標にしているだけなんです……お願いです! この事は転生者仲間のよしみで黙っていてもらえませんか?」
ルルはそう言って三人に頭を下げた。
三人は眉尻を下げ、顔を見合わせる。
「ダメ、ですか……?」
なかなか返事が返ってこないことを不安に思い、ルルが不安げに顔を上げて尋ねると、再びメイベルが口を開いた。
「ダメというか……──そうだな、順を追って話そう。
まず、ここは君の考えた通り、王立学園を舞台にした物語の世界だ。
タイトルは『三片の恋標』。
全三話からなるオムニバス小説の世界だよ」
「オムニバス小説……」
やはり物語の世界だった。予想していたとはいえ、かなりのショックだ。
「そうだ。そして、私メイベル・クランベリーと彼女、マノン・シュクレは三話中二つのエピソードの『ヒロイン』なんだ」
そこでメイベルはティーカップを手に取り、喉を潤した。
「なので君は既に小説の登場人物と関わっている、ということになる。だから物語とは別のところで、というのは難しいだろう。
それに、君はあの桜の木の存在を知っているだろう」
「え?」
寮と校舎、講堂に行くためには必ず通らなければならない道の脇に、堂々と鎮座している大木……あれを『知らない』などと口にするには無理がある。
メイベルが何を言いたいか分からずルルは首をひねった。
「まぁ、あの存在感ですから……」
「実はアレには名は無いし、一般の学園生の中では存在していないものとなっている」
「え?」
ルルは訳が分からず顔をしかめた。説明を受ければ受けるほど謎は深まるばかりだ。
淡いピンク色の小花を付けた木……あれが桜でないなら何だというのか。
しかも存在していないなんて──
「実はあの桜の木には、『三片の恋標』の中で重要な役割がある。
ヒロインとヒーローの出会いや逢瀬──物語中で起こる様々なイベントの『舞台』なんだ。
だからヒロインの邪魔をしないように、あの桜は何かしら物語に『縁』がある人にしか認識できないようになっている。しかもこの世界において、その『縁』は実際の小説とは無関係だ。
──だからあの木を認識できている君は、既に物語の『時間』の中にいるということになる」
確かにヒロインとヒーローが愛を語るシーンで、花見の生徒が周囲をうろついていてはムードもへったくれもなくなってしまう。
小説内ならご都合主義で通せるが、現実世界であればそんな仕様になるのも仕方がないのかもしれない……のか?
「と、いうことは、小説の関係者であろうとそうでなかろうと、あの桜の木を認識できた時点で物語に巻き込まれることは確定だと、そういうことですか……?」
「残念だが、そういうことになる」
(今度こそ、詰んだ……)
光を失ったルルの瞳に、『平穏な学園生活』が遠くに去っていく幻が見えた。




