14 三華の掟と四人目の華
(もう物語は終わっている!私はモブだったんだっ)
そもそも嘔吐きからはじまる恋物語なんて、好んで読む人がいるとは思えないもんね、とルルは胸を撫で下ろした。
「なんだかうれしそうだね。まぁ、君の望み通り物語のシナリオには逆らうことができると分かったのだから無理はないのかな」
当然である。
あの桜の木が物語の起点であることには驚いたが、既に物語は終わっているのだと知ることができ、ストレスから解放されたルルは今、天にも昇れそうな気分だった。
しかしこの様子では、Aの『既に正体がバレていて扉の向こうで悪役令嬢がルルを潰すために待ち構えている』と、Cの『ルルが転生者であることがバレていて、単に自分たち以外の転生者を排除もしくは警告するために呼ばれた』という選択肢が消えることになる。
公爵令嬢とヒロイン二人という面子のサロンにルルが呼ばれた理由が分からない。
そんなことを考えて頭をひねるルルに、フェリシティは音もなく扇を手に取るとその扇先を向けた。
「『立てば白百合、座れば菫、歩く姿は百合車』。
この言葉がここ『三華サロン』の信条であり、我々唯一の帰結なの。
──あなた、花言葉には聡くて?」
ルルは学年だけではなく、貴族令嬢も一年生。
花言葉にまで手を出す余裕はなかったため、それの意味するところは全く分からなかったが、その信条が前世のアレを捩った言葉だということだけは分かった。
「いえ、全く……」
ルルがそう答えると、フェリシティはルルを諭すように語りだした。
「よくお聞きなさい。
白百合の花言葉は『純潔・威厳・無垢』、菫の花言葉は『貞節・愛』、百合車の花言葉は『栄光・勇敢・燃える情熱』よ。三華サロンの『三華』はこの三種の花を示しています。
つまり──」
(と、どうしよう……全然頭に入ってこない──)
ルルが焦り、頭から蒸気が噴き出してきそうになったのを察してか、メイベルが動いた。
流れるような動作でルルに突き付けられた扇を人差し指でついと下げると、そのままフェリシティの顎を持ち上げ、自分の方へ向けたのだ。
「つまり、淑女としての品格を保ちつつ、不義や悪意を弾き飛ばして、最後はみんな幸せになろうぜ! ってことだよ。
フィズ、顔が怖い。折角の美人が台無しだ。君がこのサロンの信条にかける情熱は理解しているけれど、彼女が怯えて──はいないみたいだけど、全く意味が分からないって顔をしているじゃないか」
フェリシティから視線を外さないものだからわかりにくかったが、フェリシティの顎から離した指で、彼女の眉間をチョンチョンとつつきながら言ったその言葉の前半は、どうやらルルに向けられたもののようだった。
メイベルはそこでルルに視線を移すと、垂れた髪を耳にかけてウインクをした。濡羽色の髪に透き通るような氷晶の瞳は神秘的で美しいのに、言動が男前すぎて容姿とのギャップにやられそうになる。
「あら、ごめんなさい。つい」
フェリシティは下げられた扇を広げると口元を隠してそう言った。まるで扇の向こう側で舌を出していそうなノリだ。
一転、メイベルが真面目な顔をしてルルに言う。
「このサロンはね、私とフィズ──フェリシティが知識と権力、そして財力で、ヒロインが小説に左右されないよう、そして自分の意志で望む人生をつかみ取る手助けをするために設立したものなんだ」
続けてフェリシティもルルを見て言った。
「物語に巻き込まれないように用心して目立つのを避けようとしている貴女が、私たちに関わりたくないのは分かります。
ですが転生者というのはこの貴族社会において足かせにしかならないの。
人生は物語の間だけで終わるものではありません。これから先もこの世界で生きていくことになる以上、私たちの後ろ盾を得るということは今後の貴女にとっても大きなメリットになるはずよ」
どうやらルルがここに呼ばれた理由は、まさかのB.『何故かルルが転生者であることがバレ、転生者同士仲良く語らう女子会に誘われた』だったらしい……
──ちょっと違う気もするが、排除される心配はなさそうだと、ルルは少し安心した。
このサロンは『特別』だ。
元平民の男爵令嬢がそんなサロンの一員になるなど、目立って仕方がない。
ルルには『地味で目立たない平穏な学生生活を送り、引き取ってくれた父と優しく受け入れてくれた義母に恩返しをする』というミッションがあるため、入会は避けたかった。
しかし、フェリシティはルルの卒業後の人生──平民上がりのルルが男爵家を継ぐことを考え、自分たちと懇意にしておくことはプラスに働くと言ってくれているのだ。
最初、目立つサロンの招待状を受け取ってしまったことで面倒ごとに巻き込まれ、逃げたい気持ちで一杯だったが、そんな未来のことまで考えてくれている彼女たちは悪い人ではないだろう。
それに、髪染めの件もある。
物語自体はすでに終わっているみたいだけれど、『エンディング』は今年度の卒業式らしい。
それまではできる限り気は抜かないようにするとしても、小説の内容を知る彼女たちとは懇意にしていた方が良いのではとルルは考えた。
何より下手に断ったら、このサロンに妙な情熱を持っている一部の令嬢たちに何を言われるか分からないからでもあったが……
こうしてルルは、三華サロン、四人目の華となった。
「では私たちは君のことをルルと呼ばせてもらうよ。君も私たちのことはファーストネームで呼ぶように。それが三華サロンの掟だからね」
メイベルはウインクをすると、軽い感じでそう言った。
そんなことをすれば目立つゲージが今以上に跳ね上がってしまうではないか!
「それは……あの……っ」と躊躇うルルに何を勘違いしたのか、
「もちろんメイベルと呼び捨てても、メイ先輩でも、なんならベルちゃんでも、自由に呼んでもらって構わないよ」
個人的にはベルちゃんがいいかなぁ……笑顔でそういうメイベルに、ルルは 「メイベル様一択ですぅぅっ!!!……」 と、心の中で絶叫した。




