10 友人のエールと淡桜の覚悟
「遅いですわ! ルル・パックス!さぁ、行きますわよ」
三華サロンでのお茶会当日。
「後で話を聞かせてね~」 とハンカチを振るチェルシー他クラスメイトに胃を押さえながら応えるルルの前に、案の定一人の令嬢が立ちふさがった。
言わずと知れたブリジット・ドロワット子爵令嬢だ。
「招待を受けていない者を連れてお茶会に参加するなんて、できるわけがないでしょう?」
「あなた、あたくしが説明したことをこれっぽっちも理解していないのね。これだから平民出は──」
平民出と馬鹿にするが、その貴族になって数か月のルルが知っていることを、幼い頃から教育を受けているはずのブリジットが、なぜ、知らないのか。
「なに?どういう関係?」
いつの間にかルルの隣に来ていたチェルシーが尋ねる。
「簡単に言えば、あたくしはその名ばかりの男爵令嬢の主、と言ったところかしら?」
「はぁ?」
本家やら主やら、意味が分からない。
チェルシーが 「この方、何を訳の分からないことを言っているのかしら」 と言いたげな表情でルルを見た。
騒ぎを聞きつけて廊下に出て来たクラスメイトの顔にも「?」と書いてある。
「もう、察しが悪いですわね。その娘はパックス男爵家に引き取られただけの元平民。そして母親はどこの誰かもわからぬ男との子を身籠り、姿を消した我がドロワット子爵家の人間、というわけですわ」
皆の前で母を侮辱したのは許せないが、真実を知っている分、今日は平静でいられる。
思い込みによる発言を繰り返すブリジットは、令嬢としての価値がないのだと自ら吹聴しているだけなのだから。
「訳あって幼少期は一緒に過ごしていませんが、私はパックス男爵の実の娘でパックス男爵家の唯一の直系です。
これ以上『パックス男爵家』を侮辱するのなら、正式に子爵家に抗議することになりますよ」
父が話してくれたように、この世界では当主の周囲を『血縁関係』にある者で固める。それくらい家族や親戚を大切にする。
例え親の爵位が上であろうと、次期当主でもない ただの令嬢でしかないブリジットが、このように人目がある場所で他家の跡取りに対して親との血の繋がりがないなどと宣言していいわけがないのだ。
「なんですって!」
先日と打って変わって強気なルルの態度にたじろくブリジットに、チェルシーが冷ややかな視線を浴びせる。
「あなた、パックス男爵を見たことがないの? ルルの珍しいピンク色の瞳はパックス男爵譲りよ。それに顔立ちもどことなく似ているわ。どちらかといえばあなたと親戚だっていうことの方が疑わしいくらい」
周囲の令嬢も頷いている。
無理もない。
母が他の男性と結婚し子爵家を継いだのだと思い込んでいた父ダニエルが、徹底的にドロワット子爵家を避けていたのだ。
同年代の子爵本人ならともかく、令嬢であるブリジットがダニエルを見たことがないのも頷ける。
それに──
「だって親戚と言っても曾々祖父が同じというだけだから、似ていないのは仕方がないわ」
ルルがチェルシーにそう伝えると、その言葉が聞こえた周囲の令嬢も「え?それってもう他人なんじゃ……」と目を丸くした。
「さっきも言ったけれど、招待を受けていない他人を茶会に連れて行くなんてできないわ。そのようなマナー違反を犯すような令嬢を、皆様がお赦しになるとも思えないから」
仮にも高位貴族が運営するサロンなのだ。
しかも相手は公爵令嬢。
「そんなの、サロンの会員になるあなたが一言添えれば──」
無理だ。
ルルは例えサロンに誘われても断るつもりでいる。
食い下がり、なかなか諦めないブリジットにチェルシーが言う。
「そんなことで入会が許されるのなら、今頃三華サロンは令嬢で溢れかえっているわよ。それに──」
チェルシーはわざとらしく間を開けると、周囲を伺うように顔を動かし、言葉を続けた。
「──皆が憧れる『三華サロン』への入会を、そのような方法で叶え、汚そうとするなら私たちも黙ってないから──」
いつの間にか周囲にできていた人だかり。その一人一人が冷めた目でブリジットを見つめていた。
「わ、わかりましたわ。今日のところはあたくしが引いて差し上げます!」
皆の迫力に圧倒され、逃げるように立ち去るブリジットを見送る。
ルルは令嬢たちが三華サロンに向ける思いの強さを目の当たりにして、例え誘われても入会を断るつもりでいるルルは少し震えた。
ブリジットの考え無しの発言が、パックス男爵家の噂になってはたまらない。そ れにそんな噂が耳に入れば、父が悲しい思いをするに違いないのだ。
これでルルがドロワット子爵令嬢であった実母とパックス男爵令息であった父の愛の結晶であるのだと、ブリジットが理解してくれたらいいなとルルは思った。
*--*--*
表向きは優雅なアフタヌーンティーへの誘い。
けれどこれが単なる茶会ではないのだと、第六感が警鐘を鳴らす……代わりに、ルルに胃痛をもたらしていた。
呼び出された意図が分からないからだ。
(は、吐きそう──)
例え胃液だとしてもこんなところで吐くわけにはいかない。
目立たず平穏な学園生活を送りたいだけなのに『ハンカチ男』と『ブリジット・ドロワット』、おまけに三華サロンの招待状の存在がそれを許してくれない。
──連日こんなことばかり起こっていたら胃がもたない。
だけど、今日を無事に乗り切れば、家族の安全がまたひとつ確かなものになるのも事実。
そう思えば、重い足も前に進めることができるような気がした。
招待状を手に異様に長く感じる廊下を歩いていると、重厚な扉の前に到着した。
──ゴクリ。
息をのみ、扉を見上げる。
そこには真鍮製のサインプレートが掛けられており、黒文字で『三華サロン』と書かれて……──
「えっ!? え、は?」
その黒文字の下方に右寄せで、フォレストグリーンのインクで控えめに書かれている文字を見て、ルルは思わず二度見してしまった。
──どこからどう見ても漢字で『三華倶楽部』と書かれているのだ。
色々あって失念していたけれど、ヒントは貰っていた。
封蝋の代わりに『〆』と書かれた招待状がそうだ。
そしてこの『漢字』で書かれたサインプレート。
(まさかまさか……!私がここに呼ばれた理由って──)
A.既に正体がバレていて扉の向こうで悪役令嬢がルルを潰すために待ち構えている
B.なぜかルルが転生者であることがバレ、転生者同士仲良く語らう女子会に誘われた
C.ルルが転生者であることがバレていて、単に自分たち以外の転生者を排除もしくは警告するために呼ばれた
サロン入会やトラブル含め 目立つことを望まないルルにとって、どれも”無し”の選択肢だ。
ルルは引きつった笑みを浮かべた。




