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9-3.抗

私の耳元で囁かれた宮野の声は、まるでこれから起こる全ての出来事、そして何より“私自身”の奥底までを見透かしているかのようだった。その響きには、単なる推測の域を超えた、揺るぎない確信が宿っていた。


宮野――彼女は間違いなく“救いの神”だ。冷静沈着な判断力、困難に直面しても微動だにしない精神力。今の私にとって、それは暗闇の中に差し込む唯一の光であり、唯一頼れる存在だった。


しかし同時に、私の中の中まで覗かれているような、言い知れぬ奇妙な感覚が胸の奥でくすぶり続けた。暖かい光と同時に、刺すような寒気が背筋を走る。心は、信頼と不信の狭間で揺れていた。


私は彩を探しながらも、手元のスマホに文字を打ち込む。隠されてきた真実を白日の下に晒す瞬間に備えるためだ。歩きながらの操作は危険極まりない。根や落ち葉に足を取られるかも知れない。だが背に腹は代えられない。ここで躊躇すれば、全てが手遅れになる――どうか、決して私の真似はしないでほしい。


 彩……先輩?――みんなー!いたよー!


先頭を歩く叙歌の声が、張り詰めた森の静寂をふわりと切り裂いた。弾む声は一瞬にして森の木々に吸い込まれ、まるで消えてしまったかのように静かになった。その声は安堵を齎すと同時に、新たな緊張の幕開けを告げる鐘の音のようにも響いた。


苔むした大木に凭れ掛かる彩の姿が、視線の先に浮かぶ。森の緑に溶け込むように座り込み、この場所そのものが彼女を抱え込んでいるかのようだ。


彼女の視線は遠くを見据え、同時に私たちを待ち構えていたかのようにも見える。ついさっきまで共に行動していたはずなのに、数年ぶりの再会のような、不思議で不気味な錯覚が胸に押し寄せた。時間の流れすら歪んだかのような感覚が、頭の中を掠める。


 どうやら、私を追ってきたようね。


彩の声には、私たちを値踏みするような響きと、試すかのような語調が混ざっていた。その瞳には微塵の動揺もなく、ただ只管私たちを観察している。光と影が交錯する森の中で、彼女の輪郭は鋭く浮かび上がり、嵐の前の静けさの象徴のように見えた。

息を吸うたびに森の湿った空気が肺を満たすが、緊張が混ざり込んでいて、ひりひりと痛む。


 佐々木様、ご無事で何よりです。こんな場所で申し訳ないのですが、あなたが知っていることをお話しいただけませんか?


宮野の問いかけは和やかでありながら、揺るぎない芯を持っていた。言葉の端々に、私たちを守る強い意志が潜む。彩は涼やかな顔で、他人事のように答えた。


 私は、何も知らないわ。


その一言に、抑え込まれていた海都の感情が爆発する。


 彩先輩……さっきと話が違うじゃないですか!倉庫で、あなたは……!


海都の声が怒りと困惑に震え、私たちの間に漂う不穏な空気をさらに濃くした。彩は微動だにせず、真っ直ぐな視線を受け止める。瞳の奥の漆黒で光る何かが潜んでいるかのようだった。


木々の間を通るわずかな風が、枝を揺らし、落ち葉を舞い上げる。静かな森の音までが、今この瞬間だけ異様に張り詰めているように思えた。


 海都、何の話?あなたと倉庫で話したのは、これからの同好会について……それだけ――でしょ?


彩の言葉には、海都を威圧し、会話の内容を矮小化しようとする露骨な意図が見え隠れする。もし海都の証言が真実なら、彩は一度、自らの過ちを認めたことになる。しかし今、彼女はそれを否定する。私たちは深く困惑し、疑念が確信へと変わり始めていた。


その場の空気は、目に見えるかのように重く、呼吸する度に胸の奥が圧迫される。森の奥深くに閉ざされた空間で、私たちはそれぞれの思惑と感情に引き裂かれるように立ち尽くしていた。鼓動が耳の奥で響き、血の流れが鋭く意識される。


 それでは、代わりに私からお話しさせていただきます。


宮野の声は全員の視線を瞬時に引きつけた。揺るぎない決意が、その声に込められている。


彩の表情は一瞬揺らいだ。完璧な仮面の隙間から、微かな焦りが漏れたのだ。

森の静寂が、一層重く、鋭く、私たちの心に押し寄せる。枝の間を通る風の音さえ、遠くで震えている。


私はスマホを握りしめ、語るべき真実の重さを胸に刻む。二度にわたる密室殺人事件、絡み合う過去の因縁、複雑に絡み合った人間関係。この場で曝け出す――それだけが、この状況を打開する唯一の方法だと確信していた。


深呼吸を一つ。宮野は、喉の奥に込み上げる緊張を押し殺し、ゆっくりと口を開く。彼女ですら、この圧倒的な重圧の中で完全に顔色を変えずにいることはできない。焦りの色が表情の端に浮かぶ。私の横で静かに頷く眼差しには、信頼と、真実を追う強い意志が宿っていた。


叙歌は不安げに私たちを見つめ、ぎゅっと握りしめた小さな手に力が入る。海都は拳を固く握り、怒りと悲しみが入り混じる複雑な表情で彩を睨む。


森の空気は重く、張り詰めていた。目に見えぬ緊張が枝葉を揺らし、遠くの鳥の囀りさえ震えるように聞こえる。


 まず──


その声が、再び静寂に包まれた森に響く。それは、巧妙な虚構を打ち砕く狼煙であると同時に、これから始まる物語の序章でもあった。


真実への扉は開かれ、私たちは避けられぬ現実と向き合うことになる――

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