7-4.熟
("彼ら"なら──こんな確認、即答のはずだ)
海の呼吸に、私たちの心臓の鼓動が寄り添う――そんな瞬間だった。三人の存在は、危険と不安の中で互いに確かなものとして、目に見えない絆のように結ばれていた。
波が岩に当たる音、風が砂利を掠める音、遠くで鳥が鳴く声。全てがゆっくりと、しかし確実に、私たちの緊張と安堵の間を埋めていた。
もし返信を受け取ることができれば、私は漸く深淵の底を覗くことができる。だが、その深度は予測がつかない。覗き込むことで何が見えるのか。その境界は常に不確かだ。期待と恐れが同時に膨れていく。
私はじっと画面を見つめていた。とは言え、ただ瞑想に耽っていたわけではない。"彼ら"から得た情報を、隅々まで食い入るように読み込み、全ての可能性を再検証していく。この局面での油断や思い込みは、文字どおり命取りになる。
そして、ここに来るまでに見た些細な記録や記憶、会話の断片。それらが今、私の中で再生される。昨夜、食堂で話したこと。誰かの名前が出たときの皆の反応。見落としたはずの違和感。細かいことばかりが妙に重くなり、今さらながら不意に意味を持ち始める。
呼吸を整えながら、情報の網を再び編み直す。ふと、ある感覚が走った。
──“あれ”と“これ”が、繋がる。
これまで散らばっていた断片が、一本の線へと収束する。まるで長い迷路の出口に、唐突に辿り着いたようだった。
私はスマホを胸に押し当てる。身体の内部が共鳴して、鼓動が早くなる。漏れ出た光だけが、無言の希望の印として揺れていた。
視界の端で叙歌が小さなため息をついたのが見えた。宮野は鼻先で息をして、まるで周囲の音を計測しているかのようだ。三人で共有しているはずの沈黙が、実はそれぞれの別々の物語になっていることに気付き、少し虚しさが胸をよぎる。
私は無意識にチラチラと視線を手元の時計に移す。針は進んでいるが、進むスピードは変わらない。変わらないということに、微かに苛立ちを覚える。
返答を待つという行為は情報を濾過し、余計なものを削ぎ落とす。私はその沈黙の間に、自分が本当に確かめたいものは何かを反芻した。真実の輪郭を掴むために必要なものは、急ぎでもなく、悠長でもなく、ただ正確さだった。
私は機内モードを、何度もオンとオフに切り替えた。もはや、意味があるとは思っていない。自分でも、それはよく分かっていた。それでも、繰り返さずにはいられない……何かを呼び寄せる儀式のように、祈りを込めて。
“もう返信は来ないのではないか”という不安が、頭をよぎる。
だが──その不安は、裏切られた。
画面に表示された通知。開くと、疑いようもなく、事件を決定づける証拠が目に飛び込んだ。
頭の中で何かが弾け、パズルが音を立ててはまり込む。靄が晴れるように、視界が急激に開けていった。
そして――ついに。
(……全て、解けた)
さらに、警察にも連絡を入れてくれたようで、日が暮れる頃に、警官と救急隊が到着する予定だという。"彼ら"のこの手際の良さ、仕事の早さには、もはや感謝を通り越して畏怖すら覚えた。
手の平に残る端末の温度はいつの間にか体温に近くなり、冷たさは薄れていた。私の内側にある熱と徐々に混ざり合い、何か新しい重みを作り出している。
真犯人が分かった。と、同時に、この後起こるかも知れない最悪のストーリーが頭を過った。
(やばい!のんびりして、いられない──早く合流しなくては……)
犯人の顔と名前を脳裏に描き、私は一度だけ目を閉じる。呼吸を深く一つ、落ち着けるために。まずは焦らず、冷静に。
(これで、全てが終わる…)
動機。手口。誰も気づかなかった盲点。これらが、この場に真実の光を照らす。
……そのはずだった。
だが、私はそこで、致命的な問題に気づいてしまった。
(……や、やばい。恋さんが──いないじゃん!)




