7-2.迫
犯人が玄関以外から侵入したとするならば、当然、他の入口があるはず。別の道筋を作り出し、犯行をやり遂げ、消え去ったのだ。上からか、横からか、下からか——焦燥を押し殺し、一つずつ可能性を潰していくしかない。
まず"横"…窓。央太の事件では、警察が特殊な器具でガラスを円く切り抜いた。だが、響子の事件の窓には、切断されたや、窓枠が外された形跡はなく、針金やワイヤーで鍵を開けたような微細な傷も見当たらない。窓からの侵入という線は、あっさりと消えた。
次に"上"——屋根。屋根板が二重構造であることは分かっている。外側の板は巨大な一枚もので、数本のボルトで固定され、その下にはさらに四枚に分割された板が敷き詰められているのだ。それらもまた、ボルトで留められていた。各板には作業用のフックが取り付けられ、クレーンで吊り上げて設置する仕組み。容易に侵入できるような隙間があるようには思えない。
再び屋根の上に降り立つと、容赦なく吹き付ける寒風が頬を刺した。改めてまじまじと屋根板やボルトを観察する。一つずつ、丁寧に。
——その瞬間、まるで稲妻が脳髄を貫いたような衝撃が走った。
ばらばらに散らばっていた情報の断片が、突如として一条の光のように結びついたのだ。
思考が一点に収束し、目の前の景色が、まるで違う顔を見せた。
過去に何度も経験してきた、あの研ぎ澄まされた感覚。確信に近い、いや、それそのものの直感が、私の内側で高らかに叫んだ。
全てが、氷解する。
迷いはなかった。私はある一点に狙いを定め、息を詰めて調べ始めた。鼓動が、早鐘のように打ち始める。指先が、微かに、だが確かに震えていた。それは、凍えるような寒さのせいではない。核心が、もうすぐ手の届くところにある。そう、魂が確信していた。
(見つけた……!)
その確信を胸に、私は宮野と叙歌に、密室の謎を解き明かすための協力を仰いだ。単独犯だとすれば、本来なら一人で再現すべきだろう。しかし、やや大掛かりな作業であり、一朝一夕にできるものではない。時間もない。ならば、三人の力を結集するのが最善の策だ。
手にしたのは、その辺りに転がっていた建材と、宮野の車に積んであった工具たち。多少の専門的な知識も必要だったが、幸いにも宮野が基礎的なことを理解していたため、なんとか乗り越えられた。
そして——信じられないことに、私たちは鍵を使うことなく、その密室に出入りすることに成功したのだ。
息を切らしながら、叙歌が信じられないといった表情で私を見つめた。彼女は、驚愕と尊敬の入り混じった目で、私を見つめ、言った。
未凪ちゃん!あなたって、天才なのね……よく、こんなこと思いついたわ……!
彼女の言葉は、私の脳裏に確かに閃いた、あの雷のような衝撃を、改めて鮮やかに蘇らせた。今の私にとって、理解と共感を示してくれる彼女たちの存在が、何よりも心強かった。
私たちは車に戻り、まずはロビー棟へ向かう。この島に二台しかない車を、独占しないためだ。食堂に残る彼らが車を使う機会は今のところないように思えるが、万が一に備えるべきという、宮野の提案だ。
叙歌が乗ってきた車をロビー棟に戻し終えると、私たちはエンジンの低い唸りに耳を澄ませながら、叙歌が示した方へ向かった。道中、私は周囲を注意深く観察した。人影の有無、不自然に積まれた物、植物の踏み跡――どれも見落とせない手がかりだ。
叙歌は助手席で宮野へ道案内する。まるで希望の灯のように揺れていたが、その光は薄く脆い。
海沿いの道が少し曲がると、視界の先に小さな岬の突端が見えた。叙歌が興奮した声を上げる。
あそこです!木の向こうの"崖っぷち"…そこだけ繋がったんです。
開けた場所で、宮野は車を停めた。空が少しだけ高く見えた。まるで、そこだけが世界と繋がる小さな扉のようだ。
叙歌は息を飲み、胸に手を当てる。彼女の震えは、恐怖ではなく期待のものに見えた。
私は一歩引いて周囲を見回す。茂みの陰に隠れている者はいないか、地面に人の足跡はないか…そして、念のため、叙歌の一挙手一投足を注意深く見つめる。
"崖っぷち"という語感からは、不吉な想像が膨らむし、叙歌を100%信じ切った訳ではないが、ここまで来たら退く理由はない。
小さな、しかし確かな鋭さで、私たちの捜査は動き始めた。しかし、"あの方法”なら、誰にだって犯行は可能だし、誰にも確かなアリバイがない――つまり、容疑者の絞り込みは、まだできていないのだ。
けれど、私には秘策があった。この島に来る前、密かに仕込んだ“調査依頼”……しかし、その成果を得るには、ほんの一瞬、たった数秒でいい……電波が必要だ。




