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7-1.報

良い知らせは、まとめてやってくる。


──誰かの名言だったかも知れない、と一瞬思ったが、いや、違う。確かに私はその言葉を聞いた覚えはない。完全に、自分の頭の中で即席で捏造したものだ。格言めいた響きにして、少しだけ自分を鼓舞したくて、心の中でそっと呟いてみただけ。


だが、その言葉が、まるで未来を予見していたかのように、妙に現実に的を射ていると感じたのは、間違いなくこの瞬間だけだった。


私は重機の鍵について、頭の中で無数の推論の糸を手繰りながら、考えられる可能性を次々と潰し、また拾い上げ、さらに別の角度から検討していた。一つの可能性を潰すたびに、別の可能性が不意に浮かび上がり、それをまた丁寧に確かめる。この作業は孤独で、時に疲労感と退屈の中に沈み込むような感覚を伴うが、同時に異常な集中力を引き出す。鼓動や呼吸、波の音、風の匂いまでもが推論の伴奏のように感じられ、まるでオーケストラの指揮を振っているような錯覚に陥り、全身が緊張と集中で満たされていく。


そのとき、遠くから低く、まるで地響きのようなエンジン音が聞こえてきた。最初、濤声や風のささやきに紛れて、ほとんど意識に上らないほど微かだった。しかし、少しずつ距離を詰めるにつれ、胸の奥にじわじわと響く重みを帯びて、確実に近づいてくるのがわかった。普段なら静まり返る海辺の景色に規則正しい波の呼吸だけが支配しているはずなのに、人工的な音が侵入した瞬間、その鋭さは何倍にも増幅され、胸の奥深くまで突き刺さるように響いた。


自然の静寂が切り裂かれる瞬間、世界の輪郭がわずかに歪む。私は息を止め、視線を上げ、宮野の顔を見る。彼女も同じように耳を澄ませ、微かに眉をひそめている。遠くの砂利を蹴散らして近づいてくる車の影が、揺れる陽光の中にぼんやりと浮かんだ。やがてその車は私たちの目の前で止まり、運転席のドアがゆっくりと外気を吸い込みながら開く。その小さな音が、海辺の静寂をさらに際立たせる。


ドアの向こうに立つ人影──叙歌だった。


その瞬間、空気が一瞬で変わった。まるで波打ち際の静寂に突如風が吹き抜けたかのように、場の空気がざわつき、微細な緊張が私たちを包む。私たちは言葉を交わさず、視線だけで意思を伝え合った。警戒を崩さず、しかし取り乱さず、両方を同時に保つこと。それがどれほど難しいか、私たちはよく知っていた。


叙歌は車から降りると、波風に髪を乱されながらも軽やかに、まるで跳ねるように私たちの方へ歩み寄ってくる。足取りは自然で、しかし一歩一歩に決意と期待が混ざっているのが分かる。口元には小さな興奮が浮かび、素直で生き生きとした表情を浮かべていた。


 二色様、どうされましたか? 一人で出歩くのは危険です。


宮野の声は穏やかだが、揺るぎない確信が宿っている。叙歌は少しはにかみながらも、目を細め、嬉しそうに私たちを見返す。その視線には、言葉以上の意味が込められていた。


 古本さん、未凪ちゃん……私、見つけたの!


弾んだ声は、まるで小さな音符が波打ち際に散らばるかのように弾けた。胸の奥で何かが跳ね、自然と私は前に乗り出していた。期待と不安が胸の中でぶつかり合い、波打ち際の水が互いに押し合うように心の中が揺れる。


 ……何を、ですか?


 スマホの電波が入る場所を!


叙歌の瞳は光り、頬は紅潮している。冷たい海風が髪を揺らし、濡れた砂に反射する光が、その喜びをさらに鮮やかに映し出していた。いつもの彼女のイメージのとおり、素直で躍動的な表情だ。


 それは朗報ですね。警察には連絡できましたか?


 それが……繋がりかけたんですけど、すぐに切れちゃって……


叙歌の肩がわずかに落ち、言葉の端々に焦燥と悔しさが滲む。何かを必死に伝えようとする人の声がそこにあった。それは、計算ではなく、本能に近い必死さだった。


 それなら、私たちもそこへ行ってみましょう。複数人で試せば、繋がる可能性も上がるはずです。それにしても……お一人でその場所を見つけたのですか??


宮野は慎重に、しかし導くように問いかけた。冷静さの裏には疑念も隠れている。叙歌の行動には不確かさがある。しかし今、情報を拒絶する余裕は私たちにはなかった。


 はい。三人には何度も止められたんですけど……でも、黙ってじっとしてると、心が壊れそうで。キングとクイーン──私をこの同好会に入れてくれた二人を殺した犯人を見つけるために、少しでも役に立ちたかったんです。


その告白は真っ直ぐで、声には計算めいた冷たさはなく、むしろ燃えるような純粋さが宿っていた。過去の仕草や行動が走馬灯のように脳裏を巡り、私は再検討せざるを得なかった。瞳の奥に見える光は確かに無垢に近い。しかし──ミステリーは、無垢の仮面の下により厄介なものを隠すことを好む。


見た目や感情だけで人を潔白にできるわけではない。もしこれが巧妙な罠なら、私たちは簡単に巻き込まれる。しかし同時に──行かざるを得なかった。外部との連絡は事件解決の最後のピースだ。そこを押さえれば、見えなかった線が浮かび上がることは間違いない。


海風が私たちの会話を攪拌する。砂と潮の匂い、遠く混じる排気の匂いが交差し、現実感がじわりと戻る。私は胸ポケットに手を伸ばし、メモ帳と鉛筆を確かめた。小さな物音だけが、緊張を少しだけ和らげる。


 行きましょう。ただし、これからは三人で行動します。もし不審な影や仕掛けがあれば、すぐに退くこと。優先順位は捜査より安全です。


宮野の声は命令にも似ていた。叙歌は強く頷き、覚悟と期待が入り混じった意思表示をした。


だが私は、その場から足を離せなかった。建物の外観──昨日も今朝も、目を皿のようにして観察したはずなのに、奥底にこびりつく違和感が私を捕らえて離さない。まるで、見過ごしてはならない何かがそこに潜んでいると囁くようだった。


(もう一度だけ……)


心の中でそう念じると、宮野は私の意図を察したように頷いた。言葉はいらなかった。彼女の瞳にも、同じ胸騒ぎが宿っていたから。

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