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6-3.志

宮野と私は、三度目となる現場へと足を運んだ。潮の匂いが濃く、肺の奥まで塩気がしみ込むようだった。


ポツンと建つプレハブ小屋――


何度も訪れたはずのその場所は、近づくたびに胸の奥を騒つかせる。波音が絶え間なく鼓膜を叩き、風は衣服を荒々しく揺らす。白く塗られた外壁は塩害でひび割れ、錆が赤い血管のように浮き出している。剥がれ落ちた塗装は、ひどく生々しく、皮膚を捲った肉片のように思えた。


そこに立つだけで、風景そのものが生き物じみて蠢いているような気配がした。


この事件でもっとも不可解なのは、“密室の謎”


犯人は同じ手口を二度もやってのけた。偶然では断じてあり得ない。冷徹な計算と周到な仕掛け、それも人智を超えた執念がそこにはある。


小屋の構造は単純極まりない。鉄の骨組みに断熱材を挟んだだけの壁。潮風を避けるための簡素なサッシ窓。ドアは特注の電子ロック式。内部はワンルームで、ベッドとローテーブル、棚に物が少し置かれているだけ。


飾り気は皆無で、生活の温度もない。ただの箱だ。だが、この無機質さが逆に不気味さを増幅させる。余計な物がない分、仕掛けはより純粋に浮き上がり、犯人の影だけが鋭利な刃となって突き刺さってくる。


問題は施錠。


ドアは電子ロック。鍵は複製不可能で、スペアも存在しない。世界にただ一つだけの“唯一の鍵”は、絶対の守護者のはずだった。


――それが、二度も破られた。


最初の事件。犠牲者は央太。本島に戻る直前、窓越しに室内を覗いた海都たちは、床に倒れた央太を発見した。迎えの船の通信機器で通報し、駆けつけた警察が専用の器具で窓ガラスを切り取り突入。そこで見つかったのは、央太の遺体と、ローテーブルに無造作に置かれた“唯一の鍵”


完全なる矛盾。守護者であるはずの鍵が、なぜ死者の横に転がっていたのか。


ちなみに、窓は警察が引き上げた後に修理され、今では何事もなかったかのように閉じている。


二度目の事件。犠牲者は響子。その時、"唯一の鍵"を握っていたのは宮野だった。私の目の前で、確かに彼女がドアを開けた。開錠した"フリ"でもない。そして、ドアにも窓にも破壊の痕跡は一切見つからなかった。つまり、響子が殺害された時、もし宮野の鍵が使われていなかったのだとしたら――それは、完全なる密室ということ。


窓も、ドアも、屋根も、壁も、床も…ありとあらゆる可能性を洗い尽くしたはずだが、答えは出なかった。犯人はまるで空気のように現れ、そして、消えたのだ。


 私が犯人だったら、簡単なんですけどね……


調べながら宮野が洩らした言葉が、今も耳に残っている。ネガティブな発言は珍しい。私の中の宮野は、常に冷静で、強く、逞しい。


乾いた潮風にさらわれるような小さな声。冗談だったのか、それとも心の奥底に沈む何かが溢れ出たのか。あの時の私は答えを出せずにいた。


三度目の調査。きっとこれが最後の機会になる。だからこそ、後悔のないよう細部まで徹底的に調べ尽くす。きっと、見逃している何かがある。必ず真実を暴き、この事件を終わらせる。


それは響子のためでもあった。彼女は私たちに、罪を償い、新しい人生を歩むことを誓った。


なのに――その道を踏み出す前に命を奪われた。


もしかしたら、とんでもない大犯罪者なのかも知れない。でも、私は彼女の無念を晴らさなければならない……そんな使命感を抱いていた。


日は傾き、海は血のような赤に染まりつつあった。潮風はさらに冷たく鋭くなり、皮膚を突き刺す。飲まず食わずで張りついていた体は悲鳴を上げ、紫外線は細胞を蝕むように浸食してくる。


だが、そんなことはどうでもよかった。


そんな極限状態の中、私は“ズレ”に気づいた。


小屋のすぐ脇に停められた一台の重機。古びたショベルカー。長らく使われていないのか、潮に焼かれて錆びつき、タイヤのゴムは白く粉を吹いている。


風景の一部として見過ごしていたが、運転席に吸い寄せられるように視線を移した瞬間、心臓が跳ねた。


――鍵が、挿さったままだった。


ただの凡ミスに見える。作業員の抜き忘れだろうか。宮野に確認すると、業者以外の人間が滅多に訪れないこの島では、そういうことはたまにあるようだ。


だが、事件直後の緊張感に包まれた現場で、そんな凡ミスが残り続けていたなど、本当にあり得るのか。もしくは、央太の事件の前からこの状態が続いていたとすれば、警察はこの事実をどう捉えたのか?逆に、誰かが事件後に挿したのか……


いずれにしても、不自然。ありえないほどに。


それ以上に、理屈ではなく、私の中で鳴り響いて止まらない"警鐘"が全てだった。


(ここに何かがある!いやむしろ、ここにあってくれ!)


と、願う自分がいた。

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