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6-2.意

それは、あまりにも突然の出来事だった。


隣にいた恋さんが、糸が切れたように崩れ落ちたのだ。


私は、反射的に体を支えた。そして、額へ手を伸ばす。冷え性ゆえ温度変化には敏感だ。その指先を跳ね返すほどの熱が伝わり、思わず息を呑んだ――これはただの熱じゃない。かなりの高熱だ。


宮野もすぐに察した。額に手を当てると短く頷き、"薬箱を取ってきます"と言い残して駆け出していった。


 海都!


藍時の声が鋭く響く。呼ばれた海都は即座に反応し、藍時が恋さんの脇を抱えるのと同時に両足を持ち上げた。二人は訓練された救助隊さながらの無駄のない動きで、ソファへと運ぶ。


彩と叙歌はすぐさま氷とタオルを使い氷嚢を作り始めた。その手際は迷いなく、どこか場慣れしているかのようだった。


単純なカードゲームに見えて、実は奥深い戦略と読み合いが潜んでいる――そんな"戦い"をこよなく愛する彼らもまた、常人離れした判断力と行動力を備えているのかも知れない。そう思う自分がいた。


不謹慎だが、もしその仮説が正しければ――この難解な二つの殺人を計画した犯人が、この中にいると考えるのも頷ける。


……また悪い癖が出た。私はただ傍らに座るだけで、何もできなかった。すでに最適な処置が矢継ぎ早に施されていたからだ。


やがて宮野が戻り、体温計で数値を確認し、解熱薬を飲ませ、冷却シートを貼る。その一連の動きは流れるように淀みなかった。


 かなりの高熱です。薬と毛布を持ってきます。迎えが来るまで、ここで休んでもらいましょう。長谷川様は、傍にいてください。


そう言いかけた宮野の袖を、恋さんが震える指で掴んだ。


 み……未凪、ちゃん……


 吉岡様、今はお話は控えた方が――


 い……行きなさい。あたしのことは……気にせず……あなたしか、こ、この事件、か、解決…できないわ…


焦点の合わない目で、それでも私を見据えながら告げる。意識が薄れていく中でも、私を励まそうとしていた。私はプロだ。言われずとも行くつもりだったが、その一言が背筋を伸ばす力となった。


 ……皆様。吉岡様のこと、お願いできますか。私は長谷川様と向かわねばなりません。


宮野の低く確かな声。即座に言外の意味を読み取れる人間だけが持つ響き――ホテルマンの矜持のように思えた。同好会の面々は静かに頷く。


私は、立ち上がった。不安は拭えない。恋さんを容疑者たちに任せるのは、正直危うさを感じる。だが、彼女の言葉に背中を押され、”あの部屋”へ向かうしかなかった。


私たちの背中を目で追いながら、海都がぽつりと呟いた。


 ……吉岡さん、大丈夫ですかね。


 昨日、二度も雨に打たれたんだもの。風邪をひいても不思議じゃないわ。


彩が俯きながら答える。その声は小さく、どこか自分を責める響きを含んでいた。


 つーかよ。あの黒いフリフリ着たガキに任せて大丈夫なのか?


 ジャック、言い方!


叙歌が透かさず抗議する。


 僕は、信じます。最初は頼りなく見えましたけど……なんとなく、吉岡さんを支えてきたのは彼女だと思うんです。それより……古本さんと二人きりというのが心配です。


 へぇ~?


藍時がにやりと笑った。


 海都、お前、もしかして惚れてる?


 なっ、ち、違う!全然違います!あの子、十五歳ですよ?!捕まりますって!


慌てふためく海都。その様子に、むしろ皆の視線は"図星では?"と冷やかし気味になる。


 エース、恋に年齢は関係ないのよ?本気ならお姉さんに何でも相談してね♪


叙歌の茶化しも加わり、場が緩む。しかし、海都はすぐ真顔に戻った。


 ……二人が向かったのは殺害現場でしょう。キングとクイーンが殺された部屋。密室の謎を無視しては、この事件は解けませんから。


 ……そっかぁ。じゃあ、私たちにできることは?


叙歌が腰を下ろしながら呟く。


 この人の看病。そして――電波の届く場所を探すこと。でも分かれて行動するのは危険すぎる。


ジャックの現実的な声に、誰も反論できなかった。


 僕も……そう思います。島はもう隅々まで調べましたが、電波はどこにも入らなかった。迎えが来る明日まで、ここで待つのが一番安全です。


正論だった。これ以上無茶をすれば、また犠牲者が出るかもしれない。だが――


 ……でも、それじゃあ、ただ待ってるだけじゃん。


叙歌のか細い声が沈黙を裂く。


 私たち、キングが殺されたとき、誓ったよね……自分たちの手で犯人を突き止めるって。だからここまで来たのに……


唇を噛みしめる。


 それなのに、今度はクイーンまで……! このまま黙ってるなんて……やだよ。耐えられないよ……


最後は殆ど声にならなかった。涙が光る。だが、落とすまいと必死に顔を上げていた。


誰も言葉を返せなかった。返せる言葉など、なかった。


その場に落ちたのは――怒りでも諦めでもない。重たく深い、沈黙だった。

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