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遥香と白雪、そして8年後

 予定通り、今回で終了です。

 一部捕捉ですが、ここに登場する遊悟は8年前にマユと一緒にいた少年です。


 追伸

 祓い屋 八ッ坂標の場合、再度ランクインありがとうございます。

「ここは…」

 意識が無かったはずの千田遥香が、周辺を凍り付かせながら、立ち上がっていた。

 それは、遥香の魂を救う為に融合した結晶が原因なのは明らかで、最勝寺花瀬だけは、その理由が分かっていた。


「うぅ、寒い…えっ!立っている。八ッ坂さん、被害者の女性が!」

 高天原の声に、その八ッ坂も反応する。

「意識が戻った?いや違うな」

 八ッ坂達が困惑する中、そうでは無いと最勝寺は否定する。

「あれは千田遥香では無く、恐らく融合した結晶の覚醒だろうね」

 それは、魂の融合を行った時に、稀に起こる後遺症だと最勝寺は言う。


「私は、何故ここにいる?」

 そして、現状を理解出来なかったのは、千田遥香の魂と融合した雪の精霊とでも言う存在も同じだった。


「すまない白雪、その子を救う為に魂と融合させた」

 最勝寺が、白雪と呼ぶ存在に謝罪する。

「そう、私、また人間の魂と…あれから何年経過ったのかしら」


「40年よ。すまないが、その子の魂が回復するまで、お願いしたい…あの頃の様に」

「花瀬の頼みなら断れないわね。良いよ、回復するまで、一緒にいてあげる」


 花瀬と白雪の間に、何があったのか知る者は、祓い屋の中でも極めて一部の者達だけ、そして不動沼から始まった一連の事件は、一応の集結を迎えたのだった。




 あれから8年後のとある日。


「やっと終わった。神楽(かぐら)ちゃん、奏音(かなね)ちゃん、そっちはどう?」

「遥香さん、こっちも終わりました」

「こちらも終了です」

 今現在、千田遥香は祓い屋に所属している。

 今日は、高校生祓い屋の天宮(あまみや)神楽、奏音姉妹と、怪異の温床になりそうな不浄の除去作業を行っていた。

「不浄の除去って、どれだけやっても、直ぐ溜まるから切りが無いですね」

「神楽ちゃんの言う様に、切りは無いけど放置は出来ないからね」

「名前の無い家事みたいに地味な作業ですが、不浄が溜まると、怪異か巣喰って大変な事になりますしね」

「奏音ちゃんの言う通りたね。じゃあ、清浄火するよ」

 神楽と奏音が塩と酒で清めたあと、遥香が掌をかざすと、一瞬にして青い炎で周辺を浄火した。

 遥香は白雪と魂を融合してから、炎を操る能力を手に入れた事で、祓い屋として働いている。

「よし終わり、二人共お疲れ様じゃあ帰ろうか」  

「はい、お疲れ様でした」

「はい、お疲れ様でした」

 無事、不浄の処理を済ませた神楽と奏音は、その日の夕方、とある場所に出向いていた。



「遥香さんに男っ気無いのは、8年前の事件が原因って…訊いてる遊悟(ゆうご)?」

 ここは、何処にでもありそうな一軒の町中華の店内である。

 8年前の事件で依り代にされ、当時付き合っていた男に裏切られ、散々な目に遭った千田遥香の中で、あの時の心傷(トラウマ)は、未だ癒えていないのだと遊悟は思う。


「聞いてるし、前から知ってるよ。それより、お前等、お祈りシスターズは、暇なのか?俺、忙しいんだけど」

「お祈りじゃなくて祓い屋だって、忙しいって言っても、客は私達二人だけじゃん」

「いやいや、何の注文もしないで、開店前から居座る者達を、俺は客とは言わねぇな」


 遊悟の力に魅せられた神楽は、1週間連続で遊悟を祓い屋に勧誘する為に訪れていた。

「じゃあ、ハンバーグセットでパンは無いだろうからライスで」

「お客さん、ここ中華料理店何ですがね?」

「ハンバーグセットとライスで」

「……」

 一瞬、時間が止まった様な静寂が訪れたが、神楽のオーダーを、遊悟が了承した事で解消された。

「…はいはい、ハンバーグセットね」

 

(遊悟さん、今日も姉がご迷惑をお掛けします)と、声には出さないが、姉の神楽の横で、妹の奏音が申し訳なさそうに合掌しているのが見えた。

「ねぇ奏音ちゃんも何か頼みなよ」

 まぁそうなるよねと、奏音は中華料理ではなく和食を注文をする。

「では遊悟さん、鯖の味噌煮定食お願いします」

「いつからここは、ファミレスになったのか…。はいはい、ハンバーグセットに鯖の味噌煮定食ね」 

 ため息を付きながら、厨房へと向う遊悟だった。


 仕込みをする傍ら、注文の料理に取り掛かろうとすると、遊悟の父親が商店街の寄り合いから帰って来た。

「遊悟、後は俺がやるから、二人の飯を作ってやれ。神楽ちゃん、奏音ちゃん、いつもありがとうね。ゆっくりしてってよ」

 父親の東悟(とうご)に後を任せ、二人の注文の品、ハンバーグセットと鯖の味噌煮定食(どちらも中華スープ付)を作り始める。


「ハンバーグセットと鯖の味噌煮定食お待ちって、次は中華をオーダーして貰いたいね」

 一応は、釘を刺してみる。

「まぁ、そう固い事言わなくても…ねぇ」

「善処致します」

 この二人が、中華料理を美味しいと頬張る未来は無いと、遊悟は確信するのだった。


 ここの中華料理が不味い訳ではない。

 しかし、二人は中華料理では無い料理をいつも注文する。

 もしかして、中華料理を食べられない呪いにでも掛かっているのだろうか?

 等と考えを巡らせていると、店内の片隅で、看板猫のマユが欠伸をしながら目を覚ます。

 何時もの事だと言わんばかりに一伸びすると、香箱座りになり、また目を閉じた。


 そんな日々が、ここ鬼拂(おにはらい)中華店の日常となっていた。

 溜息をつき、遊悟は変な奴らに懐かれたと思っているが、中華料理を頼まなくても客として来店している以上は、追い出す様な事はしない。


「にゃー」 

 マユが『お客さんが来たよ』と一鳴きする。


 引き戸が開くと、先ほど別れたばかりの千田遥香が入って来た。

「遊悟、とりあえずビールで、そのあとカツ丼ね」

 席に着く前から注文するのは、何時もの事だ。

 そして、神楽、奏音が中華料理オーダーしない呪いの元凶と思われる。

 って、言うか…ほぼ、遥香の入れ知恵で間違いないだろう。

「ビール飲むって事は、今夜は仕事無いんですか?どうぞビールです。一応ここ中華店何ですけどねぇ…昔は天津飯も美味しいって食べてましたよね」

 天宮姉妹と違って、遥香は以前からの常連で、鬼拂中華店の全メニューを食べ尽くして、カツ丼に行き着いたと言う。

「今夜の仕事は秋子さん達だけで大丈夫だってさ。確かに天津飯も美味しいけど、ここのカツ丼が好きなんだよ」

 中華料理も頼んで貰いたいのは山々だが、注文を受ける以上は何でも作るのが、鬼拂中華店の店主であり父の東悟の教えでもあった。


「おや、神楽と奏音も来てたんだね」

 天宮姉妹に気付いた遥香は手を振ると、隣の椅子に腰掛ける。

「神楽ちゃんが、遊悟さんの事をお気に入りで、ここに居る為に注文している感じですね」

「ち、違うよ。奏音ちゃん、私は遊悟を祓い屋にね」

 奏音の勘違いを、急いで訂正する神楽が焦っていると、遊悟が更に追い打ちをかける。


「あぁ、そう言えば、遥香さんの過去も知りたいみたいな事も、さっき言ってましたよ」

「いえ違うんです。遥香さんの過去と言うのではなくてですね。白雪さんにも会ってみたいなぁ…ハハ」

「そうかぁ、神楽達は8年前まだ小学生だもんなぁ。それなら、この遥香さんが直接話してやろう」

 遥香自信は、余り気にしていない様子で8年前の出来事を訊かせて貰える様だ。

「えっ、良いんですか。でも大丈夫何ですか?8年前の事を思い出すと、トラウマとかならないですか?」

「まぁ、ぶっちゃけ言うと、あまり覚えて無いんだよね。…あはは」


 遥香を救う為に、白雪と魂の共有をして、8年が経過(た)っていた。

 分離出来ない程に浸潤している為、未だ魂共同生活は継続している。


「記憶に残っているのは、神社周辺が冷えて凍っていた事くらいかな。あと私の中に別の何かが居るって感覚はあったと思う。まぁそれが白雪なんだけどね」

 ビールを飲みながら、当時の記憶を話す遥香は、殆ど覚えて無いと言う。

「遥香さん、はい、カツ丼お待ち」

「ありがとう、では頂きます。うん、美味い生きて良かったぁ。ビールが沁みるねぇ」

 生きてる幸せを噛み締めながら、カツ丼を食べる遥香の心からの声に全員が『本当に良かった』としみじみ思うのだった。


 そして…2時間後。

「奏音ちゃん悪いねぇ。手伝ってもらって」

「親父、タダ働きさせずに、ちゃんと金払えよ」

「遊悟そんな事は分かっているよ」

「いえ、いつもお世話になっていますので、お構いなく、こちらこそ姉がいつもご迷惑をお掛けして、そのお詫びのしるしという事で、お給金は結構です」

 奏音が厨房で皿を洗っている間、神楽と遥香の話は続いていた。

「私、白雪さんに遭った事無いんですが、いつなら遭えますか?」

「それが簡単じゃないんだよ。私の意識が無い時しか変われないんだ」

「遥香さんの意識が無い時だけですか…そう何ですね」

「まぁ、祓い屋にいたら、そのうち遭遇(あえ)るよ」


 そんな話の最中に、突然マユが呻りを上げる。

「ウゥーッ」

 入り口の引き戸に向かって威嚇していたマユは店の奥へと姿を消す。

「どうやら、何か招かざる客が来た様だな」

 遊悟の指摘に、皆の視線が引き戸に集まる。



 引き戸が開くと、話ながら入って来たのは、歳の頃は30歳前後の男女二人。

「雨になるって言ったのに、何でこっちに来たかな」

「ごめんなさい。私が無理言って来てもらったのに」

 どうやら二人は、何か揉めているらしいが、見た目は普通に見える。

 招かざる客であるが、席に着く様に遊悟が促す。

「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」

 二人は一番奥のテーブル席に着席すると、メニューも見ずに、先程の揉め事の続きを話し始める。


 男の機嫌は、頗る悪いのか店にまで難癖をつけ始める。

「しかも、こんな湿気た店より、もっといい店があったんじゃない?」

 隙を見て遊悟は営業中の札を、準備中にする。

 怪異の目的は、人間を殺し魂を喰らう事だろう。

 

「何、あの男、イラッとするわ」

 神楽が眉間に皺を作りながら、怪訝は顔をする。

「言わんとする事は分かるけど、他人様の事情に口出しは無しだよ」

 奏音自身も思うところはあるが、不介入を進言する。

 神楽と奏音は、祓い屋に所属して日が浅い為か怪異の存在に、気付いていない。

 そんな時、遥香が男に近付いていった。


「さっきから、聞いていれば、怪異のクセにグチグチ煩いんだよ」

「怪異?誰だ君は、これは僕達二人の問題だ!口を出さないでほしい」

「しらばっくれるんじゃねぇよ」

「遥香さん、そっちじゃない」

「えっ?違うっ!」

 遊悟の声に反応して、遥香が二人から目を離した瞬間、遥香の体が弾き飛ばされた。


「遥香さん!」


 遊悟の声に即座に反応したが、それでも怪異の方が速く、遥香は避けきれなかった。

「遊悟、遥香は大丈夫。完璧じゃ無いが、直撃を避けている」

 人の姿に変化したマユが遥香を受け止めたが、遥香は気を失っていた。

 この程度の怪異を見誤るのは、遥香自信が元彼の男への傷心(トラウマ)を克服出来ていない事に他ならなかった。

 それ程、深い傷を抱えている事が、未だ白雪と融合している原因なのだと遊悟は考える。


「あと少しだったのに…ここは我等の狩り場では無いのか?」

 そこにいたのは、人の形をした魚に近い怪異だった。

「お前、濡れ女だな」

 マユが目の前の怪異に見覚えがあるようだ。

「だったら、どうした…久しぶりの獲物だ。邪魔をするな人間の女…。否、お前だけはこっち側か?道理で、ここは不浄が漂っている訳だ」

「お前達の様なハグレを誘き寄せるには、都合が良いからな」

 ここの不浄は、マユによって作り出されている罠の様な不浄の為、人体への悪影響は皆無だ。 

 分かりやすく説明するなら、怪異ホ○ホイと言ったところだろう。


「ねぇ、マユさん、濡れ女って体は蛇じゃないの?」

遊悟のイメージでは、濡れ女は蛇型と思っていたが、目の前の女は半魚人に近い姿だった。

「水の化の怪異で、雨の日を好み、人の姿で男を拐かす怪異は濡れ女で間違いない。蛇は只のイメージさ」

 遊悟は濡れ女の説明を訊いている間に、簡易結界を施し外部との接触を閉じる。


「対処方法は…白雪起きているだろう!早くしろ」

 マユの言葉に気を失った遥香の体が、ゆっくりと立ち上がる

「気付かれてますか…マユさんは人使い荒いから、このまま寝たふりしよう思っていたのに、残念」

 久しぶりだと言うのに、タイミングの悪さに愚痴を口にしながら白雪は『やれやれ』と、ため息を付く。

「やる事は分かっているだろ。白雪」

「そうですね。相手は水だから、凍らせれば…ですよね」

 一瞬で冷気を放つと、目の前には氷漬けの濡れ女が、固まり動けなくなっている。

「お前等、何故人間を助ける…騙し、裏切り、欺き、傷つける事を厭わない人間共を」

「だからと言って、人の魂を喰らい続ける理由にはならんだろう濡れ女」

「我等は、その人間等の悪意から生まれた怪異、言わば恨みの塊の様な存在…その男にしても因果応報、女の敵の様な人間だ。妾が食らって何が悪い」 

 男が魂を喰われるのは自業自得だと、己の行為を正当化する濡れ女に、マユは容赦無かった。

「もっとらしい事を言ってる様だが、ただ人の魂が喰いたいだけだろう。その男は女の敵かも知れんが、大抵の男は何の罪も無い者達のはずだ」

 濡れ女の口角が大きく広がり、そんな些細な事は、どうでも良いとばかりに不適に嗤う。

「ならばどうした。少なからず何らかの悪意を抱えている人間共を、妾が喰わずとも他妖が喰うだけよ。ならば、妾が喰っても変わりないだろう。そう思わん…か…」

 凍り付きながら、最後まで魂を喰らう事に躊躇いは無いと言いながら、濡れ女は完全に動きを止めた。

 

 この手の怪異は封じても、また現れる。

 人の噂や悪意を糧にして、怨み辛みを怨念に込めて、何度でも現れる。

 そんな、心の隙に入り込まれ過ちを犯す人間然り、怪異は何処にでも、誰の元にも現れる。


 それに気付かず近付く者さえも、嘲うかの様に平和な日常を奪う…それが怪異なのだと遊悟は思う。



 男が気が付いた。

「何故、僕はここに?」

 記憶が無いのは、濡れ女に操れていたのだろうと推測出来た。

 女はテーブルに顔を伏せて、気を失っている。

「奏音これを封印して、祓い屋に持っていきなさい。貴女の方が得意でしょ」

「あ、はい承りました」

 マユから受け取ったのは濡れ女の残滓だった。

「それと警察に連絡を、女を殺人未遂で現行犯逮捕したと、吾潟刑事、今は課長だったか…に言えば、すぐに来るわ」

 マユの言葉に、即座に神楽が反応する。

「了解です。マユ様」


 この二人が、夫婦なのか恋人同士なのか、只の行きずりなのかは判らない。

「この女から、少し血の臭いがする」

 既に何人かの人間を殺しているだろうと、マユは、そんな事を言っていた。

 




 翌日、いつもの様に、天宮姉妹は鬼拂中華店に来店している。

「オムライスで」

「天津飯じゃ駄目なのか?」

「肉うどんお願いします」

「刀削麺でも良くないか?」


「オムライスで」

「肉うどんお願いします」


「はいはい、オムライスに肉うどんね」


 いつも通り中華料理以外を作る為、遊悟は厨房へと入る。

 猫のマユが、目を覚まし欠伸をしながら伸びをする。

 いつもの事と、香箱座りになると、また目を閉じた。




           ー完ー


 旧作品で投稿していないキャラクターを使って何か書けないかと書き始めたのが、祓い屋 八ッ坂標の場合でした。

 当初の予定では、もっと短い作品の予定でしたが、倍近い長さの作品になってしまい、やっと今回で完結させる事が出来ました。


 読んで下さった皆様、誠にありがとうございます。

 

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