完全体 鵺
「秋子さん、あれは何だったんでしょうか?将門や九尾の様な怨霊、妖怪の類何でしょうか?」
狢塚と共に消え去った怪異について、心当たりを口にする。
「私も初めて見たから断定は出来ないのだが、封印されていた事、分離してる怪異が複数の獣だと言う事を鑑み、恐らく鵺ではないかと思う?」
「鵺?頭が虎、体が牛、尾が蛇だったと言われていたあの鵺ですか?」
平安の世に大陸から渡来し、一度だけ現れたと記録が残る鵺は、現代で言えば合成獣だろう。
この世には存在しない多種生物の結合した異形の姿が、人々の恐怖の対象として具現化したのが鵺だと言われている。
故に最強の怪異とも言われ、地上の何処かに封印されていると言われていたが、特定はされていなかった。
「当時、流行した致死率ほぼ100%の疫病の怪異とも言われているが、こんなところに封印されていたとは…しかし、記録に残る鵺とは少し違うな」
「記録に残っていないだけで複数渡来したのかもしれませんね。大陸から来た疫病が鵺なら、死の恐怖を糧に怪異に変異したのも頷けます。これからどうします追いかけますか?」
「無論だ。行き先は、長蟒蛇神社で間違いないだろう。急ぐぞ標、携帯は圏外だな」
最勝寺博士達に狢塚が向かったと連絡したくとも、不動沼を含む周辺は広範囲で圏外だった。
「秋子さん、無線機で連絡とれます。吾潟君、聞こえるか応答せよ」
一度のコールで吾潟刑事より返事があった。
「はい、聞こえます。感度良好です」
吾潟刑事の声の様子から、狢塚等は到着していないと察した標は、取り急ぎ要件を伝えた。
「了解です。こちらも向かい打てる様に警戒します」
「あぁ、気を付けてくれ。相手は傀儡霊媒を使い熟しているようだ」
「はい、警戒は怠りません。つい先程、博士が束縛の結界で、蛇は捕らえましたが、鴉が闇に紛れたままで…今、高天原さんの眼で探してます」
「分かった。高天原さんに無理しない様にと言ってくれ。僕等も今から向かう」
八ッ坂との無線を終え、立木の隙間に煌めく星空を仰ぎ見ながら、現在の状況を高天原に訊いた。
「高天原さん、鴉は見えますか?」
「まだです。近くにいるとは思うんですが」
「そうですね。僕も気配は、ずっと感じています。それと係長が無理しない様にと言ってました」
「そうですか。でも、ここで頑張らないと彼女が助からないかも知れません」
その時、音も無く近づいて来る鴉の影が高天原の眼に写る。
「吾潟さん、後にいます!」
秀一郎は、素早く拳銃を構え暗闇に向かって2発の銃弾を撃ち放つと、霊力を纏った銃弾は正確に鴉を撃ち抜いた。
「博士!結界を、お願いします」
地面に落ちた鴉に向かって、最勝寺は素早く簡易結界を展開し、鴉を束縛する。
「吾潟さん、彼女は嘴の中です」
高天原に、千田遥香の居場所を告げられた秀一郎は、鴉の嘴を広げ、捕らえられていた彼女を救出したが、既に意識は無かった。
直ぐに、最勝寺も駆け付け、生死の有無を確認する。
「博士どうですか?」
「生きてはいる。しかし、魂の衰弱が思った以上に酷い。高天原君、魂の状況が分かるかい」
最勝寺に促され、千田遥香の状態を覗きみる。
「一部、魂の欠損が見られます。今すぐ、命に関わる状況ではありませんが、このままでは…」
「魂消滅の危機的状況に、近づいていると言う事だね」
「はい、その通りです」
最勝寺花瀬は、持っていた保冷剤入りのバックから一本の管を取り出す。
「博士、それは?」
「あぁ、これかい。分かりやすく言えば精霊だろうね。一時的に魂と結合して貰う事で、この子の魂と生命力が修復するのを待って、また切り放す予定だよ。これでよし、吾潟刑事こっちに来てくれ」
花瀬は吾潟刑事に、意識の無い千田遥香を背負わせ一時退避する。
「では、彼女を車に避難させたら戻って来ます」
「あぁ、よろしく頼む。高天原君も一緒に退避して傍に居てくれ」
「はい、了解しました」
吾潟刑事と高天原朱鳥と車に戻ろうとした時だった。
「何だ、結界に捕まっているのか…。そして、お前達は祓い屋って訳だ。まぁいいだろう」
狢塚が猿と、殺生石に封印されていた怪異を連れて現れる。
傀儡された猿が、簡易結界を破壊した事で、蛇と鴉が解放され、その場から消える。
「ヤバいな!吾潟刑事は被害者と高天原君を守るんだ。あとは私が何とかする」
蠱毒の法は傀儡猿が制して、蛇と鴉を取り込んだと思われる。
全身の毛が白銀色へと変化し完全二足歩行、まるで人間の様に立っている。
「吾潟刑事来るぞ!彼女を守るんだ」
花瀬の叫びに秀一郎は身構えるが、それは杞憂となった。
「依り代の女か。ここに本体がいるから、もう必要ねぇよ。好きにしな」
猿が、ゆっくり狢塚へと歩いて行く。
「止めなければ!」
秀一郎は銃を構えると、躊躇なく弾丸を撃ち込むが、悉く弾かれる。
そこに標と秋子が到着する。
「係長、秋子さん!猿が本体に接触します」
「秀一郎煩いよ。大丈夫だから、その子から離れるなよ」
「し、しかし…」
「いいから、秋子さんの言う通りに」
「はい」
秋子と標に制された秀一郎は、言われた通り借りて来た猫の様に押し黙る。
「さぁ来い!これで俺は最強の傀儡冷媒士だ!」
だがしかし、何も起きない。
「どうした?早く猿を取り込め」
何も起きない事に、苛立つ狢塚に花瀬が言う。
「儀式には手順が肝心なんだよ。冨吉の息子よ」
狢塚は声のする方へ首を回すと、何か違和感を感じたのか、眼を細め声の主を凝視した。
「あんたは…最勝寺のババア…なのか?なんだその姿は昔のまんまだな。ったく妖怪かよ」
「冨市だったな。お前は相変わらずだな…だから継承者にもなれなかった。今も昔もな」
「どう言う事ですか?係長」
事態が分からず吾潟刑事は、八ッ坂に尋ねてみた。
「どうやら二人は知り合いの様だ」
「それも何ですが、何故?何も起きないんですか?」
蠱毒の法を終えて、本体と接触したにも関わらず何も起きない事に違和感を訴えた。
「吾潟君、以前にカマキリに寄生するハリガネムシの話を覚えているかい」
確かに、ハリガネムシの話を訊いた記憶はある。
しかし、今の時点で何の関係があるのかと秀一郎は思う。
「疑問に思うかも知れないけど、まぁ訊いてくれ」
ハリガネムシがカマキリの体内に入り成長後、脳を操るまでには、まず水性生物の体内入る事から始まる。
その水性生物を、今度は陸上の生物が捕食し、カマキリの餌となる昆虫等に入り、その昆虫を捕食したカマキリに寄生して成長するまで体内で過ごすのだった。
「そこに至るまでの手順、工程が鵺とハリガネムシは似ている。そう言う事ですね」
「そうだね。本体を、ここに連れて来るのでは無く、依り代の人間に、連れて行って貰う必要があった訳だ」
途中の工程を省く事は、復活出来ない事を意味する。
ハリガネムシの様に、脳を支配して鵺本体が封印されている殺生石まで誘導し、石の中で依り代の肉体と霊力を取り込んで、初めて完全体の鵺へと進化するはずだった。
「あのままでは、やがて消えてしまうか、殺生石に再度戻るか、それとも…。どちらにしても今の時点で鵺に進化する事は無い」
鵺の本体は、苦しいのか?地面の上を、うねうねと力無く、ただ動いている。
その場に座り込み項垂れる狢塚の元へ、花瀬が近づき話掛ける。
「功を焦る余り、工程を無視して手順を踏まない息子を、冨吉は何時も嘆いていたよ」
「人の事を、とやかく言える様な立派な親父じゃ無かったぞ。あの馬鹿親父は殺し以外は何でも請け負う最低な人間だからな」
「周りからは、裏社会と繋がり汚い仕事をする人間だと揶揄されていたが、それは違うぞ。お前の父親は、他人が躊躇する様な依頼を率先して請け負っていただけだ」
「そんな訳ねぇだろうが!あの親父に限って…嫌、そうか、そうだったのかもな」
怒りに満ちた怒声を上げたが、何か思い当たる事があったのだろう。
立ち上がると白銀猿と鵺本体を拘束して動けなくした。
「なぁ、ババ…嫌、最勝寺花瀬、此奴はどうすればいい?」
「猿はこちらで預かろう。その本体は、日の出前に、お前が元の殺生石にもどせばいい。それまでは石の結界も開いているはずだ」
「あの傷は結界が開いた傷なのか?」
八ッ坂と侍園の攻撃で、傷付いたと思われた穴は、実は結界が開いた傷だったと知らされる。
「あぁ~、依り代を受け入れる為、三体が終結した新月の夜に開門するのさ。間違っても飼い慣らそうとするなよ!お前の手に負える様な怪異じゃ無いからな」
「飼い慣らすか…その手があったな」
「止めておけ!間違いなく死ぬぞ。失敗した術は何倍にもなって己に帰って来るは、何も呪いだけじゃないのは承知してるだろう。人間の傀儡の比じゃないぞ」
拘束した猿を手渡した狢塚に、一喝入れながらも狢塚を諭すのは、かつての友人の息子と言う理由だけではないだろう。
「俺も、そこまで馬鹿じゃねぇよ。最勝寺…あ~博士さんよ」
「そうか、なら分かっているな。自分が犯した罪はきっちり償え。きっと富吉さんも、それを願っている」
「あぁ、そうだな」
狢塚冨市は、八ッ坂の方へ歩いて行く。
「よろしく頼むわ。あと殺生石に寄り道も頼む」
八ッ坂は手錠を取り出すと、狢塚の両手に手錠をかける。
「狢塚冨市、危険物準備及び殺人教唆の容疑で現行犯逮捕する。あと8年前の事件についても話て貰うよ」
「あぁ、分かっている」
8年前の事件は高天原朱鳥が依り代になった時の事件だ。
「私が攫われた8年前の事件にも、狢塚は関与していたんですね」
「殺生石で、そう言ってたから間違いないだろう。私も協力は惜しまんよ。標は、これからが忙しいな」
秋子も、事情聴取に協力する事を約束する。
こうして狢塚が逮捕された事により、一連の事件は終結となる…はずだった。
千田遥香に予期しない自体が起きなければ…。
「博士、千田遥香の様子がおかしいです」
高天原の声に全員が、振り向くと白い息を吐きながら、冷気を放つ千田遥香の姿があった。
更新遅くてすみません。
あと1話で完結予定です。




