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第二百十一話 関係断裂

立ち去るちょめ助を止める言葉はない。

ただ、悲し気な背中を見送るだけだ。

もともと小さいけれどちょめ助の背中はより小さく見えた。


「これでいいんだ」

「ルイミンちゃん」

「本当にいいんですか」

「いいんだよ」


私は自分に言い聞かせるように言葉を繰り返す。

心の中では何か引っかかるものがあったが今は視線を逸らしたい。

それと真っすぐに向き合ったら自分の選択が間違いだと気づいてしまう。

だから、今は目を閉じて顔を背けた。


「ルイミンちゃん、強がっていませんか」

「自分の心に嘘をつくと後が辛いですよ」

「別に嘘なんてついていないよ」


エミリの言葉が心の中に突き刺さる。

ちょうど魚の骨が喉に刺さっているかのようだ。


「やっぱり、ちょめ助くんを連れ戻しましょう」

「その方がいいですよね。今ならまだ間に合いますし」

「余計なことはしないで!」


私はリリナ達を制するように強い口調で叫ぶ。

私の様子に驚いたリリナとエミリはポカンとしていた。


「もう、”ファニ☆プラ”は解散したんだよ。ちょめ助はいらないんだ」

「ルイミンちゃん……」

「私達が言えることはありませんね」


これでいいのだ。

”これからは”ラズベリー”として活動を続けて行く。

アーヤの元にいれば必ずメジャーになれる。

そこにちょめ助の入る隙間はない。


「行こう」

「盆踊りにですか」

「今はやめた方がいいんじゃないんですか」

「盆踊りは私達の使命だよ。アーヤも言っていたじゃん」

「けれど、いいんですか」

「いいんだよ」


今は何かをしていた方が気分が紛れる。

何もしていないと後ろばかり振り返るから盆踊りをした方がいいのだ。


だけど――。


実際に盆踊りをしても、ちっとも楽しくない。

心が気まずい空気に包まれて気が入らない。

盆踊りはもっと楽しいはずなのに台無しだ。


「はぁ……」


私は大きなため息を吐いて天を仰いだ。


空にはキレイな星が散りばめてあるのに私の心は暗い。

真っ黒なブラックホールにでもなったように全く光がない。

それは私の中にある後悔が黒い雲となって心を埋め尽くしているからだ。


「ルイミンちゃん、心ここにあらずですね」

「やっぱり強がっても何も解決しませんよ」

「けれど、私達にできることがありません」

「ちょめ助くんを連れ戻すこともできませんしね」


リリナとエミリは私のことで心を痛めているのが申し訳ない。

本来であれば楽しいお祭りになるはずだったのだから。


「はぁ……」


今の私の耳には楽し気な笛や太鼓の音は聞こえない。

心にポカンと穴が開いているようで隙間風が吹くばかり。


「ちょっと、踊らないならはしっこにいなさいよ。邪魔」


私の後ろで踊っていた女子が私の背中を力強く押す。

ただ、そんな邪険にされても今はムカつきもしない。

流されるままに盆踊りの輪から外れて外に押しやられた。


「リリナちゃん、このままでいいんですか」

「よくありません。ルイミンちゃんを何とかしないと」

「そうですよね。私達、友達なんですものね」

「私にとってルイミンちゃんはそれ以上の存在です」


リリナとエミリは踊りの輪から外れて私のところにやって来る。

そして私がフラフラとどこかへ行かないように腕を組んだ。


「はぁ……」

「エミリちゃん、とりあえず控え室に戻りましょう」

「そうですね。それがいいですね」


私はリリナとエミリに連行されながら控え室に戻った。


リリナは私のためにお茶を淹れてくれる。


「ルイミンちゃん。お茶を飲んで一息ついてください」

「はぁ……」

「熱々で美味しいですよ」

「はぁ……」


リリナとエミリは無反応な私を見て肩を落とす。


せっかく淹れてくれたお茶も温くなってしまう。

本来であったらリリナの淹れてくれたお茶は聖水だ。

だけど、今の私にはリリナの優しさも届かなかった。


「やっぱり、このままではよくありませんね」

「ちょめ助くんを連れ戻してルイミンさんと会わせましょうか」

「それが一番ですよね。ただ、ちょめ助くんがOKしてくれるかが問題です」

「あの剣幕を見たらOKなんて出さないでしょうしね」


悪いのはこちら側だ。

だから、ちょめ助にお願いするのは間違っている。

ちょめ助の方もリリナが頼んでも聞いてはくれないだろう。


「それが一番の問題ですよね。はぁ~」

「ため息しか出ませんね。はぁ~」

「はぁ……」


3人でやり場のないため息を吐いて沈黙する。


この問題を解決できる人は他にいない。

私達でさえどうしようか悩んでいるのに答えを出せる人はいない。

時間が解決してくれるって方法もあるが確かではないのだ。

今のちょめ助は”裏切り”と言うナイフでズタズタにされている。

だから、ちょっとやそっとのことでは心を開かないだろう。


そんな沈黙の時間をどれぐらい味わっていただろうか。


盆踊りをしていた女子達が控え室に戻って来た。


「やっと終わった」

「地獄の時間だったね」

「こんな格好じゃなければ、もっと楽しめたのに」

「スケベなおじさん達にサービスしても仕方のないことなのにね」


盆踊り会場でも恥ずかしい思いをしたようで女子達は文句を言っている。

まあ、ふんどし姿で生尻をさらしていたら恥ずかしくて仕方がない。

だけど、アーヤの命令に逆らえないからやむなく我慢していたのだ。


「私達のお尻は貴重なのよ。お金ぐらい取っておけばよかったわ」

「だよね。ただで私達の生尻を見ようだなんてもっての外よ」

「きっとスケベなおじさん達は後で思い出してハッスルするんだわ」

「いや~、気持ちわる~」


女子達は異性がいないことをいいことに言いたいことを言っている。

もし、控え室に男子がいたら見せてはいない姿だろう。

盆踊りで熱くなった女子達は大股を開いてお股を団扇で扇いでいる。

こんなだらしのない姿を男子が見たら減滅してしまうだろう。


「さっさとシャワーを浴びてスッキリしましょう」

「そうだね。汗でベトベトだしね」

「これでふんどしからおさらばできるわ」

「来年はやらないでおこうね」


そうくっちゃベリながら女子達はシャワー室に消えて行った。


「来年もあるのでしょうか」

「プロデューサーのことだからまたやりますよ」

「来年は辞退したいです」

「風邪ってことで休むのがいいですわ」


もう二度とこんな恥かしい思いをしたくないのはみんな同じだ。

来年もまたアーヤがやりたいと言ってもみんなで抗議するのがいい。

そうすればアーヤとて考えを改めるかもしれない。


「みなさんのシャワーが終わったら私達も汗を流しましょう」

「いつまでもこんな格好ではいられませんしね」

「はぁ……」


リリナとエミリはそんな会話をしながら私を見る。

さすがに今の状態ではシャワーなどできそうにないことに気づいたようだ。


「とりあえずルイミンちゃんは私が介抱します」

「リリナちゃんだけには任せられません。私も介抱します」

「エミリちゃん、ありがとう」

「私達、友達ですもの」


それからしばらく待っていると女子達がシャワー室から戻って来た。


「ふぅ~、さっぱりした」

「やっぱ汗を流すと気持ちイイね」

「私はふんどしから解放されたことが嬉しいわ」


女子達はみんな制服姿に戻っていた。

締めていたふんどしは洗濯物カゴに入れたようだ。

きっと後で誰かが洗濯をする羽目になるだろうけど。


「それより2次会に参加する」

「どうしようかな~」

「参加しないと後で文句を言われるかもよ」

「だよね。アーヤだもんね」


女子達はいないアーヤの文句を言いながらどうしようか迷っている。

後で文句を言われるのも嫌だし、2次会に参加するのも嫌そうだ。

ただ、後先を考えればNOと言う選択肢はない。


「まあ、ちょっと顔を出して頃合いをみて帰ればいいよ」

「それがいい、それがいい」


そうお喋りしながら女子達は控え室から出て行った。


「2次会ですって」

「私達はキャンセルですよね」

「そうですね。ルイミンちゃんをこのままにしておけませんし」

「後で文句を言われたらどうしますか」

「その時はその時です。正直に理由を話しましょう」

「じゃあ、シャワーを浴びて来ましょう」


話し合いの結果、私達は2次会に参加しないことにした。

理由は私だからリリナとエミリにはちょっと心苦しい。

だけど、今の私には何も届かなかった。


翌日は授業には出た。

ただ、ボケっとしているだけで集中はできない。

あの日からずっとちょめ助の言葉が頭の中に響いている。

”裏切り者”の烙印を押されたことがとてもショックだったのだ。


「はぁ……」


私は顔を横に向けて外を眺めながら大きなため息を吐く。


すると、すぐに数学の先生が反応をして注意して来た。


「おい、誰だ。授業中にため息を吐いたやつは。そんなに私の授業がつまらんか!」


数学の先生は目を血走らせながら怒りを辺りにぶちまける。

その様子を見ていたクラスメイトはギョッとした顔をしながら小さくなった。


「はぁ……」

「そこ!お前か!」


私を見つけるなり数学の先生が机まで駆け寄って来る。


「そんなに私の授業がつまらんのか!」

「はぁ……」

「言っているそばから。何だその態度は!」


数学の先生が怒りに任せてまくし立てるので隣の席のクラスメイトが私の肩を揺すった。


「ちょっとルイミン。いい加減にした方がいいよ。先生を怒らせると怖いから」

「はぁ……」


だけどせっかくのクラスメイトの言葉も私の耳には届かない。


「ムムム。許せん!お前は廊下で立っていろ!」

「はぁ……」

「おい、お前ら。こいつを廊下につまみ出せ!」

「はぁ……」


これ以上、数学の先生を怒らせるのはマズいと思って隣の席のクラスメイトが私を廊下に連れ出す。

その時も病人が運ばれるように私の両脇を抱えながら歩かさせられた。


「もう、ルイミンったら。あとでフォローを入れておくから心配しなくていいよ」

「はぁ……」

「どうしちゃったのかしら。こんなルイミン、はじめて」

「はぁ……」


それから授業が終わるまで私はひとり廊下に立たされていた。

というよりも廊下の窓に寄りかかってずっと外を眺めていたが。


怒りまくっていた数学の先生の方はクラスメイトがフォローを入れてくれた。

おかげで私のお咎めはないことになった。

ただ、今日の授業をサボったので補習を受けることが決まった。


その後の移動教室も私はひとり教室に残ってボケっとしていた。

気を使ってクラスメイトが私を歩かせようとしたけれど結局あきらめたようだ。

移動教室の先生には私は体調が悪いので授業を休んだと言ってくれた。

まあ、今の私を見たら誰もが病気にかかっているのかと思うだろう。


「ルイミン、どうしちゃったんだろうね」

「いつもの元気なルイミンがどこかへ行っちゃったみたい」

「もしかして恋煩い?」

「えーっ、ルイミンがそれくらいで落ち込まないよ」

「だよね。ルイミンはそう言うタイプじゃないし」


クラスメイトは私がいるのにも関わらず言いたいことをいいはじめる。


「じゃあ、なにかな」

「学校に対する抗議かも」

「授業をまともに受けないで抵抗してるって言うの」

「けどさ。ルイミンだったら直接自分で言うんじゃない」

「それもそうだね。ルイミンはちっぽけなやつじゃないしね」


私のことを心配してのことだが悪口みたいになっている。


「恋煩いでも学校に対する抗議でもないとしたら何が理由なのかな」

「う~ん、何だろう」

「部活のことじゃないのかな。最近、部活動していないし」

「あっ、それだね!」


中々いい線はついているが真実には至っていない。


「もしかしてアイドル部を辞めて推し活部に戻りたいんじゃない」

「それはあり得るわね。ルイミンにとって推し活は命だったし」

「アイドル部の人達になんて言えばいいのか悩んでいるんだよ」

「それだったら私も悩むかな」

「言い出しづらいよね」

「”今さら”って言われかねないし」


クラスメイトの邪推はそこまで掘り下げたところで終わってしまった。


学校の後はいつものようにレッスンにも通う。

リリナとエミリが付き添ってくれるので迷子にならない。

ただ、授業と同じでレッスンは身に入らなかった。


「ちょっと、ルイミン。何度言ったらわかるの。そうじゃないでしょ」

「はぁ……」

「ひとりで踊ってみなさい」

「はぁ……」


私は無意識のうちに手足を無造作に動かす。

いつものルーティンになっているから体が反応するようだ。


ただ――。


「そのタコ踊りはなに?そんな振り付けじゃないでしょ」

「はぁ……」

「もっと真面目にやりなさい」

「はぁ……」


ダンスの先生は鬼のような形相で私を叱りつける。

だけど、今の私にはまるで響かなかった。


「やっぱりダメみたいですね」

「レッスンならちゃんとすると思ったんですけど」

「原因を取り除かないかぎりルイミンさんの復活はありませんね」

「でも、どうしたらいいんでしょう」


リリナとエミリは悲しそうな顔で私を心配してくれる。


「あなたはもういいわ。下がっていなさい」

「はぁ……」

「代わりにあなた達のレッスンをはじめるわ」

「「はい」」


ダンスの先生は気持ちを切り替えてリリナ達のレッスンをはじめる。

その間、私は床に座り込んでぼーっとしながら物思いに更けていた。


ダンスレッスンが終わるとリリナ達はいい汗をかいていた。

いつもよりダンスの先生の気合が入っていたので何とかついて行っていた。

おかげでいつもよりもやり切った感を感じていたようだ。


「今のルイミンさんを何とかしないとダメですね」

「けれど、よい方法が浮かびません」


すると、そこへレッスンを終えたばかりのほへとがやって来た。


「そんな難しい顔をしてどうしたんだい?」

「「ほへとさん」」

「おいおい、声を揃えてハモっているな。で、何があったんだい」

「実は……」


リリナ達は私が落ち込んでいる理由を包み隠さずほへとに伝えた。


「そうかい。そんなことがあったのかい」

「私達、どうしたらいいんでしょう」

「こればかりは自分自身の問題だから周りが騒いでも無駄だよ」

「ですけど、何もせずにはいられません」

「今のルイミンさんをほってはおけません」


ほへともぼーっとしている私の姿を見て心配そうな顔を浮かべる。


「時間だな」

「「時間?」」

「時間が解決してくれるってやつさ」

「そんな無責任な」

「そう思うのが普通だが、これが利くんだよ。時間があれば気持ちの整理もできるしね」


ほへとは明快な答えをリリナ達に示してくれる。

私自身、今は優しくされるよりほっておいてほしい。

周りのリリナ達からしたら心配しかないがそれがいいのだ。

時間は全ての病の特効薬と言っても過言でない。


「私にはできそうにありません」

「なら、しばらくはルイミンと距離を取った方がいいね」

「そんなこと……」

「これもルイミンのためだよ。リリナ達が強くならないといけないんだ」

「ほへとさん……」


ほへとが最適解を示すとリリナもドキッとする。

今までは自分達で私を何とかしようとして来たからだ。

何もしないで距離をおくなんて考えもしなかったようだ。


「ルイミンさん、ほへとさんの言う通りにしましょう」

「エミリちゃん」

「ルイミンさんがひとりで戦っているように私達も自分自身と戦わないといけないんです」

「わかりました。ほへとさんの言う通りにします」

「それじゃあ次のレッスンを頑張ろう」


さんざん迷っていたリリナもようやく迷いが消えたようだ。

こわばっていた顔もいつもの柔らかなリリナの表情に変わっている。

あとはお互いに自分の弱さと戦いながら強くなるだけだ。

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