19侯爵夫人の夜会準備
侯爵夫人の方針が正しいと気が付いたのは、ラデン家にお世話になり始めて2週目だった。
1週目は腕を動かさなくても体動で響いていた腕の痛みが2週目には消えた。
2週目になって、食事時以外に、カップを右手で持ったり、本を持ったりする許可が下りた。
毎日、治癒師に診察を受けるなんてとても贅沢だ。もちろん、所属は治癒師協会なのだが、個別契約できるほどの財力があるという事が、家格の差を感じさせる。
カップを持っていいという許可を聞いてすぐに、侯爵夫人のお茶会に呼ばれた。週に2回ほど、自宅でお茶会を開いているらしい。
1回目はラデン家に関係の家の奥様方。
2回目は侯爵家、伯爵家で現在の社交で影響力を持つ奥様方。
この2回のお茶会で、私はカイウスの婚約者として紹介された。そして、もちろん事故の件は当然のように皆さまご存知で、労いの言葉をいただく。だが、同時に値踏みされているような感覚。
侯爵夫人の顔をつぶす事になるといけないので、笑顔で乗り切る。挨拶を交わした後は、なるだけ聞き役に回る。
知らない事が多すぎる。
流行のドレス、宝石、小物、髪型、食べ物。他家の令嬢の噂。どこぞの令息の素行の悪さ。
彼女たちの話題の多さに驚くと同時に、驚くほどの記憶力に舌を巻く。
これでは、何も知らずに社交の場に出たら、爪弾きにあっても仕方がないだろう。積極的に話さなくても、知っているのと知らないのでは大違いだ。
これは、侯爵夫人が、私に用意してくださった人脈作りの場なんだと気が付き、感謝の気持ちが強くなる。
そう思って、2回目の茶会後に、ふと思ったのだ。
気にしないようにはしていたけれど。前の婚約者の彼女は。あのかわいい令嬢は、同じようにしてもらって、それでも心を壊してしまうほどの嫌がらせにあってしまったのだろうか。夕方まで、ずっと考えていた。侯爵夫人には聞きづらいし、カイウスに尋ねるなんて、もってのほか。
いつも私付きで世話をしてくれているメイドのリーサに思い切って尋ねてみた。
「ねえ、リーサ。私、奥様からこんなに良くしていただいているけれど。前の婚約者の方も同じように接していらっしゃったの?病んでしまわれて、外出もままならないと聞いているわ。正直、彼女より、私の方が家格が下ですもの。そんなに嫌がらせがあるのかしらと思ってしまったの。」
リーサの目が泳ぎ、ちょっと困ったような顔をする。
「ごめんなさいね。言えないわよね。悪かったわ。忘れて。」
うん。やっぱり、聞かなきゃよかったかなと、少し後悔する。
「いいえ。お嬢様。よろしければ聞いてください。奥様は、前の婚約者であった、メロイ家の伯爵令嬢にも同じように接し、同じように心を尽くしてらっしゃいました。ただ・・・。お嬢様自体が、とても大人しく、お優しい方でした。メロイ家はとても穏やかな文官の家ですから、武家のラデン家にはとても遠慮しておられました。同時に、カイウス様も、メロイ家のお嬢様にはとても気を使って、遠慮されているようでした。」
「お互いに気を使っていたと?」
「はい。」
そう言って、リーサが私を見る。
「カイウス様は、華奢なメロイ家のお嬢様は触れるとすぐに骨が折れてしまいそう、などと話しておられたようで。ラデンのお嬢様方は、骨格がしっかりされているでしょう?妹君も、小さい時からよく一緒になって遊んでいらっしゃったんですよ。それこそ、手荒に遊んでいらっしゃるのを何度も見て、私達使用人が肝を冷やすほどでした。なのに、お2人はどうしても距離が縮まらなかった。」
「そう。」
それで、愛されていないと思ってしまったのか。あの時、カイウスが彼女に向けているまなざしは、本当に穏やかで優しくて。私の心を一気に凍り付かせてしまったほどなのに。
「お互いに遠慮されて、その合間に、心無い言葉や態度を1人になった時に受けられたらしいのです。お嬢様が我慢しておられた事に、私共も気が付きませんでした。そのうち、徐々に睡眠がとれなくなり、食事をとることが出来なくなられました。無理に社交に出なくていいと、カイウス様が言われたのですが。かえって、お嬢様は自分を追い込んでしまわれて。このまま結婚しても妻としての役割を果たせないと泣いておられました。伯爵家から、侯爵家への婚約解消の申し入れはできませんから。両家で協議されて、婚約を解消なさったのです。」
1つ1つ、言葉を選びながら話すリーサ。
「そう。教えてくれてありがとう。」
そう言った私の手を小柄なリーサがギュッと握る。
「お嬢様。お嬢様は、間違いなく、カイウス様に愛されておいでです。お願い致します。何かお辛いことがありましたら、私でよければご相談ください。決してお一人で抱え込まないでくださいましね。」
真剣に私を見つめるリーサ。優しい人なんだなあと思う。
「ありがとう。心配させてしまって、ごめんなさい。大丈夫よ。ふと気になってしまっただけなの。私、普通の令嬢ではないでしょう?可愛らしい仕草なんてできないし。奥様が社交に出るお手伝いをしてくださっているけれど。どのように振舞うのがいいのか考えていたのよ。」
これ以上心配させないように笑顔で話す。
「大丈夫ですわ。お嬢様はとても素敵ですもの。自信をもってくださいませ。でも、そうですねえ。髪は痛んでらっしゃいますので、1カ月でサラサラで艶のある髪に戻してみせますわ。」
ふふっと、いたずらをする子供のように笑うリーサ。
この話をしてから、彼女と友人のように話すことができるようになった。




