バンコクにて つづき
「いや、この話は忘れて下さい。余計なことを言ってしまった」
忘れろと言われて、忘れられるものではない。ミステリアスな話を覗かせて、話を中断するというのは、興味をもって欲しいからなのだ。そして、何か知らせたいのだ。知って欲しいものがあるからこそ、口に出る・・・・というか、意図して言うのだ。
「かまいませんよ、僕は全て門外漢だし、何を聞いても関わりはありませんから」
「僕自身の秘密もありましてね。久米さんは仰る通り、まったくの通りすがりの・・・・失礼、こんな言い方は無礼ですね。謝ります。例え話した所で、もう過去のことですから関係はないのですが・・・・それだから安心して言うてしまったけれど、実は、僕も彼らと同類なんですよ」
? 分からない。そこの会社と仕事を同じくしているというのか、或いはJ・T氏がスパイだったというその同類と言うことなのか・・・・
澄川の自慢する高級なコーヒー、というものを頂いたものの、私には、普通のイン
スタントコーヒーとどう違うのか分からなかった。
「僕は普段、日本から持参の粉茶を飲んでいます。いえ、袋入りの粉茶では無くて、茶挽きで粉末にしたものです。お茶は値の張るものと、安物とでは、全く風味が違います。僕の持参のお茶は、安い煎茶で風味無し。それでもコーヒーとは違います。お茶の味と香りはありますので・・・・」
その粉茶を提供したのだが、彼は?コメントが出来ずに居た。
おそらく、不味かったのであろう。
夕方になって、再び廊下で澄川と出くわした。彼は私の足を見て「あっ治っていますね。これなら病院へ行くことはないですよ」
包帯をしないで、傷を乾燥させていたから見えたのである。
「そう。もし化膿するようなら病院も考えましたけれど」
「これなら大丈夫です。どうでしょう?久米さん、食事に行きませんか? さっき友人から電話があって、雨は大丈夫なので迎えに行きますと言ってきたのです。一緒に行きましょう」
着替えを済ませてロビーに出ると、澄川は赤い半袖シャツに野球帽を被っていた。私よりも確実に若い。手には包装された瓶を持っていた。多分、ウイスキーかブランディ?
そして現れたのは、欧米人でも日本人でもなく、紛れも無いタイの男であった。
片言の日本語で挨拶をして、彼のバイクで出掛けることになった。
私は戸惑った。タクシーかツクツク(三輪車)に載るものと思っていた。それが、オートバイ一台である。
「後ろ座席に二人は乗れないでしょう?」
ところが乗れるのだという。
「違反で捕まっては困りますよ」
違反では無いと言う。タイ人の後ろに私が座ると、その後ろに澄川が乗る。
そういえば、インドでもタイでも、三人乗り、四人乗りを見掛けた。何人でも乗れて、事故さえなければ、お咎め無しなのだろう。
右に左にと何度も曲がった。辿り着いたのは路地の一角、現地人の大衆食堂であった。
「タイの食事をしましょう。今夜はチェンタイさんの奢りですから」
店内と路上に、テーブルがあった。店内よりも路上の方が涼しいでしょう、と澄川が路上のテーブルに陣取った。
チェンタイ氏が店内の店主になにやら話していた。まず運ばれたのは巨大な尾頭付きの塩焼き鯛であった。そのあと、正体不明の料理が次々と運ばれた。
澄川が持参のブランディーを開封して、ガラスコップに注いだ。氷を注文していた。ミネラル水で割るのならともかく、氷は?
現地の氷は水道水を氷らせた物、と聞いていたので、一度は断ったが、大丈夫ですよと、私のグラスにも氷を入れた。
「チェンタイさんとは長い付き合いで、タイに来たときは必ず連絡を取って、時には一緒に仕事に行くのですよ。なんの仕事だと思いますか?」
「貿易?観光とか?」
適当に応えると、チェンタイ氏が言うた。
「スミカワさん、もう危ないの仕事やめるね」
<dangerousデェンジョラス危ないworkワーク 仕事 辞めなさいLeave itウィーザット
resignリザァイ辞める resigned リザァイト辞めた> 辞めたI left it アイレフェット
澄川がアハハと笑った。
「観光は僕では無くて、チェンタイさんです。彼は日本人の観光客のガイドをしているのですよ。そして、僕は・・・・」
チェンタイ氏が「デェンジョラスウワークリザァイ、デェンジョラスリザァイ」と、私には分からない発音をして、日本語で言うた。
「心配。辞めるね」
チェンタイは、笑顔の温厚な人物であった。澄川はやはり、何か怪しい仕事をしているのだろうか?
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小説「インドの旅」 最終章 バンコクにて5
チェンタイは、笑顔の温厚な人物であった。澄川はやはり、何か怪しい仕事をしているのだろうか?
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より続き
「そんなことを言うと久米さんが心配するでしょう」
澄川がいうと、チェンタイ氏が付け加えた。
「スミカワさん、いい人。でも危ない。心配」
澄川は仕方が無いというように、説明をした。
「実は久米さんには言いそびれていましたが、タイへ来たのは金融関係の仕事で、その必要性からタイの企業を調べていましてね。探偵、と言うか情報収集で、まあ格好良くいうとスパイかな。産業機密の取引ですね。それをチェンタイさんが危ないからと心配しているのです。でも、お話ししたように癌騒動を機会に、スパイ擬きの仕事は辞めまして」
「スパイデェンジョラス、リザァイト?もう辞めました?」
「リザァイト、リザァイト。そんな昔の事をいつまでも心配しないで、さあ、呑みましょう」
チェンタイ氏は、それなら安心と、店の主人へさらに、追加料理を頼んだ。
追加されたのは、竹駕籠のような編み物の容器であった。
「これはタイの餅米ですよ。タイにも餅米があるとは思わなかったでしょう?これは旨いです。手で掴み取って食べるのですよ」
澄川の説明が終わらない内に、チェンタイが蓋を開けてこんもりと盛り上がった米状の物をつまみ出して、自分の口へ入れた。こうして食べるのだと。
見たところ、例の細長いタイ米であったが、かなり、粘りがあるようだ。
澄川も同じように掴み取って食べる。私は箸で頂いた。
完全な餅米飯であった。美味かった。
「ゴールド、ワンモアアップ?」
チェンタイ氏が言う。そしてまた日本語でも言う。
「金、また上がったです」
「狙いましょうかね。波に乗ったところで買っておきましょうか」
と澄川が応えて、そして私へ話す。
「タイは金の取引が活発な所で、金を買うならタイですよ」
私は金儲けには興味が無い。従ってゴールドにも。
「買うのはいいとしても、買った金を日本に持ち帰ると、やはり税金がかかるでしょう?」
「税金を払ったのでは意味がありません。税金の掛からないタイだからこその旨みです」
彼らの話からわかった。タイに滞在中に金を買って、タイを出る前に売り戻す。値が上がっていれば、利ざやが得られる、というものらしい。そして、追加情報は、日本ではプラチナが持て囃されるが、プラチナは日本以外では全く価値の無い物、あんな物は買う物ではない、ということであった。
それで、金取引が澄川の仕事であるのか否か、そこまで踏み込んで聞くことはなかった。今も企業の機密情報を探っているのかもしれない。だからJ・T会社の事も、社長失踪も知っているのだろうか?
最後にタイ式乾杯をして終わりましょう、となった。
私のグラスには、飲み干さずに居た氷漬けのブランディが残っている。その上に澄川が残りのブランディを注ぎ、入りきれないとチェンタイ氏と自分のグラスに注いで空にした。
「タイでは、これをみんなで飲み干してお開きになるのです。もし、乾杯しなければ、食事は終わらないのですよ。つまり、もっと食事を続けていたい、という意思表示が、呑み干さないでおく事なんです。もっと食事がしたいですか?」
いや、それはいい。食べ過ぎは毒だ。それなら仕方がない。
「乾杯」「乾杯」と、グラスを合わせて、濃度の高くなっている氷漬けを一気に呑み干した。
帰りもチェンタイ氏のバイクだ。彼もかなり呑んでいた。
「飲酒運転で捕まっては大変ですよ」
私の心配を彼らは笑う。タイではそういう取り締まりは無いという。
ホテルまで送ってくれるとチェンタイ氏はバイクをUターンさせて戻っていった。澄川が私へ言う。
「二人でバンコクの夜へ繰り出しましょう」
さすがに躊躇した。行くか行かぬか、はっきりしなければ・・・・・
「酔いも回っていますし、僕は止めます」
澄川はしつこく誘うことは無く、一人で国道へ出て行った。
澄川とは、それ以降、会う機会はなく、私がいよいよ明日の朝、空港へ行くと言うときに、突然、現れた。
「明日、帰国されると聞きましたので、どうしても今夜の内にお話ししておきたくて」
澄川の打ち明け話と、込み入ったやりとりは深夜の1時まで続いたのだが、それは後にして、バンコク市内での出来事を先に書いておこう。
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小説「インドへの旅」 最終章 バンコクにて6
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澄川の打ち明け話と、込み入ったやりとりは深夜の1時まで続いたのだが、それは後にして、バンコク市内での出来事を先に書いておこう。
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より、続き
地下鉄のスティサーン駅前ホテル(正式に書くとスティサーンスティションロージウラホテル)は、駅前とは言え、路地を百メートルほど入った所で、ホテルの隣にはコンビニがあった。買うか買わぬか決めていないで冷やかし覗きでは、悪いと思い、一度も入らなかった。その代わりに表通りに出たところのWiMAX店には毎日立ち寄った。生鮮食品(生魚生肉はなかった)その他、一通り揃えられていた。小さなスーパーである。
そこで食糧調達をしていたのだが、二日目(朝を迎えての二日目)に、周囲を散策してみると、反対側の道路を高い歩道橋が架かっていて(インドもそうだったが、タイの歩道橋も階段はみな段差が高い)それを渡ると賑やかな露天商が広がっていた。いわゆるマーケットである。現地の人々が買い物をしていた。食料品に雑貨や衣類など、所狭しと犇めき合っていた。
食べ物は要注意である。現地の人達には平気でも、日本の細菌にしか慣れていない可弱い私には、うかつな物を食べると一大事になる。もし、買うならしっかりと熱が通された物に限る。私が買ったのは、鶏の唐揚げと蒸し玉蜀黍だけであったが、最初の市場探索で思いがけない事が発生した。
若干色の付いたタイ米の飯に、赤色とオレンジ色の中間のような色の物が添えられて売られていた。どうも肉の味付け料理のようである。飯は炊きたてのように湯気が登っている。それを大小のプラスチックパックに入れて、蓋をして輪ゴムで止めている。
買い求める人が多かった。客の途切れた時に「ハウマッチ?」
安ければ買って、宿で再度熱処理をして食べてもいいか、と思った。
しかし、提示された値段は、安いとは思えなかった。「ノーサンキュウ」とその場を離れて、さらに市場の奥へ向かった。
そのとき、私の肩を叩く者が居た。振り返ると女性が、今、私が値段を聞いていたタイ飯の小パックを差し出しているのだった。
「これ? 僕に?」
女性は笑顔で頷いて、どうぞと差し出し続ける。
大いにうろたえた。「頂いていいのですか?」何度も念をおした。
英語でも、タイ語でも言えないのだが、とにかく訊ねた。間違いなく、私へ差し上げると言うて居るのだ。
女性の横には、亭主らしい男が、子供を抱いて笑顔で見ていた。
こういうとき、どう、言えばよいのだろう?
「サンキュー、アイラブユー」
これは可笑しい。でも、女性は笑顔だ。
「ポートOK?カメラ?」
女性は頷いた、カメラを向けてもノーと避けることはなかった。
要するに、恵み?施し?
僧侶に対しては、施しをすることもあるであろう。タイは仏教国なのだから。しかし、私は僧侶のスタイルでは無い。まさか神々しく見えたわけではなかろうし。あるいは、食べ物も買えない不幸な者に見えたのだろうか?
カメラを持っているのだから、浮浪者に見えるはずはない。やはり、僧侶に布施をする心持ちであったのかも・・・・
その施しをホテルで食べた。再加熱などしないで、そのまま食べた。
一口食べて驚いた。それは前夜にチェンタイ氏から御馳走になったタイの餅米の飯であった。そして飯の上に載せられている妙な物は? 何かの肉片を加工調理した物だった。それも美味であった。
後日、タイを知っている人から、それは〝ラープ〟でしょう、と教えて貰ったが、ネットで調べると〝ラープ〟はサラダのことだった。タイ人がタイに生まれて幸せと思うほどの美味しいサラダらしい。そしてタイの餅米の飯は〝カオニャオ〟と言うのだと分かった。
その作り方は大変手間がかかり且つ難しいようだ。タイの人々の主食とか。田舎では雨水を使って作るとか。雨水で作ると腐らないとか。
ネットで名前は分かったが、私が食べた肉状の正体は分からなかった。カオニャオにマンゴウを添えた物はネットでも見た。それはタイの空港でも売っていた。(空港の売店で)マンゴーは要らない、餅米の飯だけが欲しい、と何回も要求したが、マンゴー付きでしか売らないといわれた。仕方なく買ったのだが、マンゴウもカオニャオも無茶苦茶に甘かった。
市場のカオニャオが最高だった。それで、後日、何回も探したのだが、二度と、その店を見つける事ができなかった。
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小説「インドへの旅」 最終章 バンコクにて 7
駅前ホテル宿泊の3日目、遂に、タイの市街地へ出た。もう、歩いても火傷の傷が悪化することのない状態になっていた。私の足は軽かった。それでも、ステッキ一本は持っていた(空港で一本紛失したトレッキングポールの片割れ)
目指すはJ・T社の展示館(元社長の邸宅)。地図で見つけていた所へは、地下鉄のシーロム駅から、モノレールのサラディーン駅、その両方の中間ぐらいの場所と見当づけた。
シーロム駅を地上に出ると・・・・複雑怪奇な交差点だった。方向感が丸でない。この通りと思っても、違っていて、再び、元の交差点へ戻ったり。
その内に、反対側へ行けばいいと気が付いたものの、道路とモノレールの高架で妨げられていて行けない。よくよく眺めていると、モノレール駅へ行く為の階段があった。駅へは当然、両サイドへ出られるようになっているはず。それならと、階段を登ってみた。(正解だった。反対側へ行けた)
地図で通りを確認しながら、路地へ曲がると・・・・・そこには、一面、日本語の看板が並んでいた。日本人街に来たのだ。しかも、そこは一年前に従弟と来ていた。そして、昼食を摂った屋台のある路地であった。
方向に間違いは無い。感慨無量で日本人街を通り抜けた。
目指すJ・T社は、その日本人街を抜けた所にあった。ついに、自力で来れたのだ!
ところが、様子がおかしい。踊り子の居た所とは雰囲気が違う。踊り子のいた所は、樹木に包まれていた。あるいは、この建物の裏側かと回ってみた。建物の裏へ行って、中の様子を探ってみた。はやり違う。
表の様子を探り、再び、念のためにと、裏へ回り、それでも違っているので、再び表へ行くと、守衛のような男と視線が合った。なにをしているのだ?というように。で、訊ねた。
「J・T展示館は此処ですか? ここではないようですが、JT社は他にもありますか?」日本語で聞くより仕方が無い。
すると守衛だか社員か知らないが、一度館内へ行って、戻ってくると、館内へ入れと、指示した。
要するに、怪しまれたのだ。裏へ行って、中を探ったりしていたから、怪しまれても仕方が無い。
出迎えてくれたのは、若い女性で、なんと、日本語が話せた。
一通り事情を説明すると、彼女は私の持っている地図を示しながら、
「ここは本社です。ミュージアムはモノレールのナショナルスタジアム駅にありますから、この先のサラディーン駅から乗って下さい」
もう、行くのを止めようかと思った。
教えられた駅への道は、また、元の日本人街へ戻る道だった。
? 気が付くと、私の後ろに誰か付いて来ている。
路地を抜けて見ると、同じように曲がって来る。立ち止まっていると、その男は見え隠れに距離を保っていた。再び歩いて道を曲がると、やはり付いて来る。
J・T社の守衛かも知れない、と推測されたが、それはないだろう。それより懸念されたのは日本人だ。
タイの日本人の中には、生活に困窮して日本に帰るにも帰れずに、旅行者の日本人に救いを求める者もいると聞く。或いは?
しかし私は無心する対象には見えないはず。マーケットで施しをされるような貧乏人臭い格好のはずだから。それでも、日本人の旅行者なら、タイに滞在して困窮している者ほどには困っていないであろうとみなして、いくらかでも強請れると狙われるかも知れない。
または強盗? 強引に現金やクレジットカードを要求されては面倒だ。人混みに紛れて体当たりでもされれば、非力な私には成す術はない。躓き倒れたのを助ける振りをして、金を出せ!と、凄まれれるかも。通行人には不審とも見えないであろう。
付けられている、と思うのは、勘違いかも、と、懸念を払拭しようとしたが、それでも確かに、同じ人物と思えた。
駅前で、巻くことにした。駅は高架に有る。その登り階段は屋根に覆われて人の姿は見えなくなる。その階段を上がるように見せかけて、私はすぐ横のマッサージの店へ入った。
そこには悩ましげな看板が目の前に広がっていた。出迎えてくれたのは中年の男だった。
以上、趣味人へ http://smcb.jp/_ps01?post_id=7022124&oid=235598最終章 8 バンコクにて 小説「インドへの旅」
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つづく




