第9話 女神は、距離を測る
昼休み。
中庭のベンチ。
神代悠真は、弁当を開く前から諦めていた。
昨日と同じ顔ぶれ。
栗原ひより、九条麗華、篠宮凛。
三人とも、当然のようにここにいる。
そして。
「……今日もですのね」
麗華が小さく呟く。
「昨日決まったから」
ひよりがあっさり返す。
「そうでしたわね」
淡々とした応酬。
だが、空気は昨日よりも静かだった。
“慣れ”が生まれている。
「……」
悠真は黙って弁当を開く。
会話がなくても成立する空間。
だが、それが逆に落ち着かない。
そのときだった。
「楽しそうね」
声が落ちた。
静かに、しかし確実に場を変える声。
四人の視線が同時に動く。
そこにいたのは――
「会長……」
篠宮が小さく呟く。
天城セレスティア。
生徒会長。
学園の頂点。
彼女は、ゆっくりと歩いてくる。
無駄のない動き。
視線が自然と集まる。
「……どういうことですの?」
麗華が問いかける。
「見ての通りよ」
セレスティアは微笑む。
「混ぜてもらいに来たの」
さらりと言う。
昨日の篠宮と同じ言葉。
だが、意味が違う。
「……五人、ですか」
悠真が呟く。
「問題ある?」
「問題しかない気がします」
「大丈夫よ」
あっさりと返される。
「席は詰めればいいもの」
そう言って、自然に空いたスペースへ腰を下ろす。
その瞬間。
空気が、変わった。
◇
「……会長」
篠宮が口を開く。
「なぜここに」
「理由は簡単よ」
セレスティアは弁当を広げながら言う。
「興味があるから」
その言葉に、麗華の目が細くなる。
「それは、誰に対してですの?」
「全員」
迷いのない答え。
そして。
「特に、神代くん」
視線が向く。
逃げ場はない。
「……何かしましたか」
「何もしてないわ」
セレスティアは首を振る。
「だから面白いの」
意味が分からない。
だが、彼女の中では結論が出ている。
◇
「神代くん」
「はい」
「一つ聞いていいかしら」
「答えられる範囲で」
「あなた、どうしてここにいるの?」
唐突な質問だった。
「どうしてって……昼だから」
「そうじゃなくて」
少しだけ笑う。
「どうして“この場所”にいるのか、という意味」
言葉の意図が分かりにくい。
だが。
「……流れですかね」
悠真はそう答えた。
「最初はたまたまで、気づいたらこうなってたというか」
「なるほど」
セレスティアは小さく頷く。
「やっぱり、そういう認識なのね」
「違うんですか」
「違わないわ」
だが。
「それだけじゃない」
視線が、四人をなぞる。
「あなたの周りに人が集まるのは、偶然じゃない」
「……」
「無自覚でも、影響は出る」
その言葉は、静かだった。
だが、重い。
◇
「会長」
麗華が口を開く。
「一つよろしいかしら」
「どうぞ」
「あなたは、この状況をどう見ていますの?」
問いは鋭い。
だが、セレスティアは迷わない。
「未完成」
一言だった。
「……未完成?」
「ええ」
小さく頷く。
「関係がまだ定まっていない」
「……」
「だから面白いの」
その言葉に、麗華は一瞬だけ言葉を失う。
◇
「ねえ、会長さん」
ひよりが口を開く。
「それって、どうなるの?」
「どうなるかは、これから決まるわ」
「決まる?」
「ええ」
セレスティアは微笑む。
「誰が、どこまで近づくかで」
その一言で、空気が変わる。
はっきりとした“線”が引かれた。
◇
「……なるほど」
篠宮が小さく呟く。
「最初から、そこまで見てるんですね」
「当たり前でしょう?」
セレスティアは軽く返す。
「でないと、上には立てないもの」
その言葉には、確かな重みがあった。
◇
少し離れた場所。
複数の生徒が、息を呑んでいた。
「……会長まで来たぞ……」
「もう意味分からん……」
「完全に別世界だろあれ……」
噂は、確信に変わりつつある。
◇
「神代くん」
セレスティアが再び呼ぶ。
「はい」
「あなた、自分の立ち位置、分かってる?」
「分かってないです」
「でしょうね」
即答。
「でも、覚えておいた方がいい」
「何を」
「もう外には出られないってこと」
その言葉は、静かだった。
だが、逃げ場を塞ぐには十分だった。
◇
昼休みの終わり。
五人は席を立つ。
「では、また明日」
セレスティアが言う。
当然のように。
「……明日もですか」
悠真が聞く。
「ええ」
微笑む。
「ここまで来たら、最後まで見たいもの」
その言葉に、誰も否定しなかった。
◇
教室に戻ると。
空気は、完全に変わっていた。
「……神代……」
「会長まで……」
「もう誰も止められないだろ……」
もはや噂ではない。
“事実”として認識され始めている。
◇
放課後。
九条麗華は、静かに考えていた。
「……未完成」
会長の言葉が頭に残る。
関係が定まっていない。
だから――
「……なら」
小さく呟く。
「決めればいいだけの話ですわ」
視線が、遠くを見る。
その先にいるのは、一人だけ。
◇
栗原ひよりは、帰り道で空を見上げていた。
「……そっか」
小さく呟く。
ただ一緒にいるだけでは、足りない。
それが分かった。
「じゃあ」
少しだけ笑う。
「もう少し、ちゃんとやろうかな」
その決意は、静かに形になっていく。
◇
篠宮凛は、生徒会室で資料を整理しながら考えていた。
「……未完成、ね」
あの言葉の意味は分かる。
だが。
「放っておくと、どうなるか」
それもまた、興味があった。
◇
そして。
天城セレスティアは、一人で微笑んでいた。
「さて」
小さく呟く。
「ここからが本番ね」




