第8話 観察者は、線の内側へ
昼休み。
神代悠真は、弁当を持ったまま廊下に立っていた。
教室に残るか、中庭に行くか。
昨日の流れを考えれば、どちらを選んでも“何か”が起きるのは確実だ。
「……はあ」
ため息が出る。
逃げ場がない。
「神代くん」
そのとき、横から声がかかった。
振り向くと、篠宮凛が立っていた。
「……副会長」
「少し時間ある?」
「昼休みですし」
「じゃあちょうどいい」
あっさりと頷く。
嫌な予感しかしない。
「どこ行くつもりだったの?」
「まだ決めてないです」
「じゃあ一緒に来て」
「断る選択肢は?」
「あると思う?」
「ないですね」
即答すると、篠宮は小さく頷いた。
「正解」
そのまま歩き出す。
行き先は――中庭。
◇
ベンチ。
昨日と同じ場所。
そして、当然のように。
「……あら」
九条麗華がいた。
すでに座っている。
「神代くん、遅いですわね」
「すみません」
反射的に謝る。
その直後。
「……どういうことですの?」
麗華の視線が、悠真の後ろへ向いた。
篠宮凛。
副会長が、当たり前のようにその場に立っている。
「私も混ぜてもらおうと思って」
さらりと言う。
「は?」
思わず声が出たのは悠真だった。
「いや、聞いてないですけど」
「今言った」
「そういう問題じゃなくて」
「問題ないでしょ」
淡々とした返答。
そして。
「四人でも席は足りる」
当然のように言う。
四人。
その言葉に、悠真は一瞬だけ固まる。
「……四人?」
振り向く。
そこには。
「おまたせ」
ひよりが立っていた。
弁当を持って、少しだけ息を弾ませている。
「やっぱりここだと思った」
にこっと笑う。
完全に読まれている。
「……なんで分かるんだよ」
「なんとなく」
軽く答える。
そして、そのまま悠真の隣に座る。
自然な動きだった。
「……なるほど」
篠宮が小さく呟く。
観察するような視線が、三人を順に追う。
「これが今の構図」
「構図って言うな」
悠真が突っ込む。
だが、誰も否定しない。
◇
四人での昼食。
成立しているようで、していない。
空気は静かだが、緊張は確実にある。
「……副会長」
先に口を開いたのは麗華だった。
「あなたがここにいる理由を聞いても?」
「興味」
即答。
「それだけですの?」
「それだけ」
嘘はない。
だが、それだけではないことも分かる。
「観察してたけど」
篠宮は続ける。
「外から見てても分からないことが多いから」
「……中に入ると?」
「分かることもある」
視線が、悠真に向く。
そのまま、ひよりへ。
そして麗華へ。
「少なくとも、想像より複雑」
淡々とした分析。
だが、その言葉には確かな実感があった。
◇
「ねえ、副会長さん」
ひよりが口を開く。
「それって、楽しいの?」
「何が」
「観察するの」
少しだけ首を傾げる。
篠宮は一瞬だけ考えた。
「楽しいかどうかで言えば、楽しくはない」
「そうなんだ」
「でも」
少しだけ視線を細める。
「興味はある」
その言葉は、静かだった。
だが、はっきりとした意思があった。
◇
「……神代くん」
麗華が呼ぶ。
「はい」
「あなた、よくこの状況で平然としていられますわね」
「平然としてるように見えるなら、それでいいです」
「本音は?」
「帰りたい」
即答。
一瞬の沈黙。
そして。
「……正直ですわね」
麗華が小さく笑った。
初めて、はっきりと。
◇
その様子を見て、ひよりも笑う。
「分かる。ちょっと面倒だよね」
「ちょっとじゃない」
「でもさ」
ひよりは、弁当を一口食べてから言う。
「嫌じゃないでしょ?」
「……まあ」
完全否定はできない。
それを聞いて、ひよりは満足そうに頷いた。
◇
「……やっぱり」
篠宮が小さく呟く。
「中心にいる」
「誰がですか」
悠真が聞く。
「自覚ないの?」
「ないです」
「でしょうね」
あっさりと返される。
「でも事実」
その言葉は、はっきりしていた。
◇
少し離れた場所。
数人の生徒が、息を潜めていた。
「……見たか?」
「副会長までいるぞ……」
「四人ってどういうことだよ……」
「もう完全に別世界だろあれ……」
声は抑えている。
だが、興奮は隠せない。
◇
「……面白いですわね」
麗華がぽつりと呟く。
昨日と同じ言葉。
だが、意味が違う。
「何が」
悠真が聞く。
「この関係ですわ」
視線を三人に向ける。
「普通なら成立しませんもの」
「さっきも言ってたな」
「ええ」
小さく頷く。
「ですが」
少しだけ口元が緩む。
「悪くありませんわ」
◇
「じゃあさ」
ひよりが言う。
「明日もここで食べよっか」
軽い調子。
だが、その意味は重い。
「いいですわよ」
麗華が即答する。
「問題ありません」
篠宮も続く。
三人の視線が、悠真に集まる。
「……拒否権は?」
「あると思う?」
三人同時だった。
悠真は、ゆっくりと視線を逸らした。
「……ないな」
諦めた。
◇
昼休み終了後。
教室に戻ると、空気は完全に変わっていた。
「神代……何者だよ……」
「四人って……意味分からん……」
「副会長まで巻き込んでるぞ……」
もはや説明不能な領域に入っている。
◇
生徒会室。
「……なるほど」
天城セレスティアは、報告を受けて小さく笑った。
「篠宮さん、入ったのね」
「はい」
「どうだった?」
「予想以上に、中心でした」
「でしょう?」
楽しそうに目を細める。
「だから言ったのよ」
窓の外を見る。
「――あの子は、放っておいても中心になる」
その言葉には、確信しかなかった。




