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俺はただ話を聞いているだけなのに、なぜか学園の女神たちが放っておいてくれない  作者: 玉響すばる


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第6話 お嬢様は、距離を詰める

 翌朝。


 神代悠真は、教室の扉の前で一瞬だけ足を止めた。


 理由ははっきりしている。


 昨日までの流れを考えれば、何も起きない方がおかしい。


 そして、大体こういう予感は当たる。


「……はあ」


 小さく息を吐いてから、扉を開ける。


 視線。


 もはや隠そうともしないそれが、いくつも向けられる。


「来たぞ」


「今日どうなるんだろうな」


「九条、動くって噂だけど……」


 聞こえている。


 だが、気にしても仕方がない。


 悠真はそのまま自席へ向かう――はずだった。


「おはようございます、神代くん」


 先に声をかけられる。


 しかも、予想していた相手よりも、さらに面倒な人物に。


 九条麗華。


 彼女はすでに席を立ち、こちらへ歩み寄ってきていた。


「……おはようございます」


 自然と敬語になる。


 それだけの圧がある。


「少し、よろしいかしら」


「今ですか」


「ええ、今ですわ」


 周囲の空気が一気に張り詰める。


 断れる状況ではない。


「……分かりました」


 ひよりの方を見ると、すでにこちらを見ていた。


 笑っているが、目が笑っていない。


 逃げ場はない。


     ◇


 教室の外。


 廊下の窓際。


 麗華は立ち止まり、振り返る。


「単刀直入に言いますわ」


「はい」


「あなた、昼休みは空いていますの?」


 予想よりもずっと直球だった。


「……まあ、特に予定はないですけど」


「では、ご一緒していただけます?」


 その言葉に、悠真は一瞬だけ黙る。


「……昨日と真逆のこと言ってません?」


「ええ」


 あっさり認めた。


「考えが変わりましたの」


「急ですね」


「そういうこともありますわ」


 麗華はわずかに顎を上げる。


「それとも、誰かと約束でも?」


「いや、特には」


 言いかけて、ひよりの顔が浮かぶ。


 だが、明確な約束はしていない。


「でしたら問題ありませんわね」


 逃げ道を塞がれた。


「……断ったら?」


「別に構いませんわ」


 麗華は微笑む。


 だが、その目は全く笑っていない。


「ただ、その場合は“そういうこと”だと理解しますので」


「どういうことですか」


「さあ」


 わざとらしく首を傾げる。


「ご想像にお任せしますわ」


 面倒だ。


 だが、このまま断れば、確実に別の方向で面倒が増える。


 悠真は小さく息を吐いた。


「……分かりました。一緒に食べます」


「結構ですわ」


 満足そうに頷く。


 その表情は、昨日までとは明らかに違っていた。


「では、昼休みに」


「はい」


 それだけ言って、麗華は教室へ戻っていく。


     ◇


「……で?」


 席に戻った瞬間、ひよりが声をかけてきた。


「何話してたの?」


「昼、一緒に食べることになった」


「へえ」


 短い返事。


 だが、その裏にあるものは分かる。


「断らなかったんだ」


「断ると面倒そうだったから」


「……そっか」


 ひよりは小さく頷く。


 それ以上は何も言わない。


 だが。


 距離が、ほんの少しだけ離れた気がした。


     ◇


 昼休み。


 教室の空気は、朝以上に張り詰めていた。


 理由は単純だ。


 九条麗華が、自分の席から立ち上がり、まっすぐこちらへ歩いてきたからだ。


「神代くん」


「……はい」


「行きましょう」


 当然のように言う。


 周囲の視線が一斉に集まる。


 ひよりは席に座ったまま、こちらを見ている。


 その視線を一瞬だけ受けて、悠真は立ち上がった。


     ◇


 中庭。


 昨日とは別のベンチ。


 麗華は無駄のない動きで座り、向かいを示す。


「どうぞ」


「失礼します」


 向かいに座る。


 距離は適切。


 だが、教室よりもずっと静かで、逃げ場がない。


「まず一つ」


 弁当を開きながら、麗華が口を開く。


「昨日の件、訂正しますわ」


「昨日の?」


「あなたが誰にでも同じように接している、という認識」


「違うんですか」


「違いますわね」


 はっきりと言い切る。


「正確には、“同じように見えるだけ”ですわ」


「……そうですか」


 自覚はない。


 だが、否定する材料もない。


「少なくとも、あなたは相手に合わせている」


「無意識ですけど」


「でしょうね」


 即答。


 少しだけ口元が緩む。


「だから厄介なんですの」


「それ、よく言われます」


「でしょうね」


 短いやり取り。


 だが、不思議と会話は途切れない。


「もう一つ」


 麗華は箸を止める。


「あなた、昨日言いましたわね」


「何を」


「特別じゃなくてもいい、と」


「ああ」


「……あれは、本心ですの?」


 視線が、真っ直ぐに向けられる。


 試すような目だった。


「本心ですけど」


 迷いはない。


 その答えに、麗華は一瞬だけ言葉を失う。


 だが、すぐに小さく息を吐いた。


「……やっぱり、理解できませんわ」


「そうですか」


「ええ」


 だが、その声には昨日ほどの棘はなかった。


「ですが」


 少しだけ視線を逸らす。


「悪くはないと思いましたわ」


「ありがとうございます?」


「褒めてませんわ」


 反射的に否定する。


 だが、その直後。


「……いえ、少しは褒めているかもしれませんわね」


 小さく付け加えた。


     ◇


 一方、教室。


「……」


 ひよりは、弁当を開いたまま手を止めていた。


 目の前の席は空いている。


 当たり前だ。


 悠真はここにいない。


「へえ……」


 小さく呟く。


 怒っているわけではない。


 だが、落ち着かない。


 胸の奥が、少しだけざわつく。


「……そういう感じなんだ」


 誰に聞かせるでもない言葉。


 そして、ゆっくりと弁当を口に運ぶ。


 味は、よく分からなかった。


     ◇


 放課後。


「神代、やっぱ九条と飯食ってたらしいぞ」


「マジで? 昨日あんだけやり合ってたのに?」


「完全に手玉に取ってるだろ……」


「いや逆じゃね?」


 噂は、さらに複雑になっていた。


     ◇


 帰り道。


 悠真は、ひよりと並んで歩いていた。


 だが。


 いつもより、ほんの少しだけ距離がある。


「……どうだった?」


 ひよりが聞く。


「普通に話しただけ」


「ふーん」


 短い返事。


 それ以上は聞いてこない。


 だが、その沈黙が、逆に重かった。


「……ひより」


「ん?」


「明日も一緒に食べるか?」


 何となく、そう言った。


 理由は分からない。


 ただ、このままだとよくない気がした。


 ひよりは一瞬だけ驚いた顔をして、それから笑った。


「うん、いいよ」


 そして、少しだけ距離を詰める。


「でも」


「うん?」


「今度は、ちゃんと最初からね」


「……分かった」


 そのやり取りを、少し離れた場所から見ている影があった。


 九条麗華は、足を止めていた。


「……なるほど」


 小さく呟く。


 昼の会話。


 そして今の距離。


 見えてくるものがある。


「……面白いですわね」


 その声には、はっきりとした意思があった。


「でしたら」


 視線を前に戻す。


「もう少し、近づいてみましょうか」


 その一歩が、さらに関係を動かしていく。

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