第23話 上にいる者の、降り方
放課後。
生徒会室の窓から差し込む光は、いつもより長く、ゆっくりと床を這っていた。
その中心に、天城セレスティアは立っている。
背筋は伸び、視線は静かで、表情には一切の迷いがない。
「……揃ったわね」
その一言で、場が締まる。
神代悠真、栗原ひより、九条麗華、篠宮凛。
全員が、自然と彼女の方を見ていた。
◇
「今日は、少しだけ整理するわ」
「またですか」
悠真がため息混じりに言う。
「ええ」
セレスティアは笑う。
「ただし、今までとは少し違う」
◇
「どう違うんですの?」
麗華が問う。
セレスティアは、ほんの少しだけ間を置いた。
「私が、降りるの」
その言葉に、全員の動きが止まる。
◇
「……降りる?」
ひよりが小さく聞き返す。
「ええ」
セレスティアは頷く。
「今までは、上から見ていた」
一歩、前に出る。
「でも、それだと分からないものがある」
◇
「……今さらですわね」
麗華が言う。
「ええ、今さらよ」
あっさり認める。
「でも、今が一番面白いタイミングでもある」
その言い方は変わらない。
だが、そこに乗る温度が違う。
◇
「……何する気だ」
悠真が聞く。
「簡単よ」
セレスティアは、まっすぐに言う。
「私も“選ぶ側”になる」
◇
空気が変わる。
ひよりの表情がわずかに引き締まる。
麗華の目が細くなる。
凛は無言で、その言葉を受け止める。
「……今まで違ったのか?」
悠真が言う。
「違うわね」
セレスティアは即答した。
「今までは、“流れを見る側”だった」
◇
「それで十分じゃないのか」
「十分だったわ」
一拍置く。
「でも」
視線が、悠真へ向く。
「それでは“足りない”と思った」
◇
その言葉は、凛のそれと似ていた。
観察では足りない。
外側では足りない。
◇
「……理由は?」
凛が聞く。
セレスティアは、少しだけ考える。
そして。
「分からないわ」
そう答えた。
◇
沈黙。
だが、それは否定ではない。
むしろ――
「……やっぱりそうなるのね」
麗華が小さく呟く。
◇
「理由なんて、後からつければいいのよ」
セレスティアは軽く肩を竦める。
「登山家が、いちいち理由を説明しないのと同じ」
「またその話か」
悠真が言う。
「ええ」
笑う。
「でも、今回は少し違う」
◇
「どう違うんだ」
「私は」
一歩、距離を詰める。
「登るかどうか、選んでいる最中なの」
◇
その言葉に、ひよりがわずかに息を飲む。
麗華も、凛も、視線を逸らさない。
これは、ただの観察ではない。
宣言だ。
◇
「……つまり」
ひよりが言う。
「本気ってこと?」
「そうね」
セレスティアは微笑む。
「今までも本気ではあったけれど」
一拍置く。
「方向が違っただけ」
◇
「厄介ですわね」
麗華が言う。
「ええ」
セレスティアは頷く。
「自覚はあるわ」
その言い方は、どこまでも余裕がある。
◇
「……神代くん」
セレスティアが、改めて向き直る。
「なに」
「一つだけ、確認させて」
「またか」
「最後にするわ」
その言葉には、嘘がなかった。
◇
「今」
セレスティアは静かに言う。
「私といるとき、どう感じてる?」
◇
全員の視線が集まる。
この問いは、これまでにも何度もあった。
だが、今のそれは重さが違う。
逃げられない。
誤魔化せない。
◇
「……」
悠真は、少しだけ考える。
ひよりのとき。
麗華のとき。
凛のとき。
それぞれ違った。
そして――
「……楽じゃない」
まず、それが出た。
◇
セレスティアは、わずかに目を細める。
「続けて」
「……でも」
一拍置く。
「嫌でもない」
それが、正直な答えだった。
◇
「……なるほど」
セレスティアは、小さく頷いた。
その顔に、初めてわずかな満足が浮かぶ。
◇
「じゃあ、十分ね」
「何が」
「条件」
軽く言う。
「楽なだけの関係なら、興味ないもの」
◇
その言葉は、麗華のそれと重なる。
だが、意味は少し違う。
これは――
選別だ。
◇
「ねえ、神代くん」
「うん?」
「これから、少しだけ変わるわよ」
セレスティアは言う。
「何が」
「私が」
それだけ。
それだけなのに、空気が一段重くなる。
◇
「……楽しそうだな」
悠真が呟く。
「ええ」
セレスティアは笑う。
「とても」
◇
「一つだけ」
セレスティアは続ける。
「安心していいわ」
「何を」
「壊すつもりはない」
その言葉に、凛がわずかに反応する。
◇
「でも」
一拍置く。
「変えることはあるかもしれない」
◇
その一言で、場の全員が理解した。
これは、ただの参加ではない。
介入だ。
◇
「……本当に厄介ですわね」
麗華が言う。
「ええ」
セレスティアは頷く。
「だから面白いのよ」
◇
夕方の光が、五人を照らす。
それぞれの影が、床に伸びる。
重なりそうで、重ならない。
だが。
確実に、同じ場所に集まり始めている。
◇
天城セレスティアは、“上から見る者”であることをやめた。
そして。
“選ぶ側”として、この関係に踏み込んだ。
それは――
均衡が、完全に崩れる瞬間だった。




