第24話 均衡は、同時に崩れる
放課後。
校内の空気は、どこか落ち着かなかった。
理由は単純だ。
昨日、天城セレスティアが“降りた”。
それだけで、関係の前提が変わった。
そして――
今日。
それが一気に表面化する。
◇
「神代くん」
教室を出た瞬間、九条麗華が声をかけてきた。
「今日、お時間いただけますわね」
「ちょっと待って」
間髪入れずに、ひよりが割り込む。
「今日は私が先約なんだけど」
「先約?」
麗華が目を細める。
「正式な約束でしたかしら」
「してるよ」
ひよりは一歩も引かない。
「昨日の帰りに」
「……」
麗華は一瞬だけ言葉を止める。
だが、すぐに立て直す。
「でしたら、調整が必要ですわね」
「調整って何」
「優先順位です」
静かな火花が散る。
◇
「……二人とも」
悠真が口を挟もうとする。
だが。
「神代」
別の声。
振り向くと、篠宮凛がいた。
「今日は、私も時間ほしい」
「お前もか」
「うん」
短く、迷いなく言う。
「話したいことがある」
その言葉は、昨日までの凛とは違う。
完全に“参加者”の声だった。
◇
「……全員、同じこと考えてるのね」
最後に、セレスティアの声が落ちた。
教室の入口に立ち、静かに全員を見ている。
「当然でしょう?」
麗華が言う。
「ええ」
セレスティアは微笑む。
「だからこそ、面白い」
◇
沈黙。
だが、逃げ道はない。
「……で」
悠真が言う。
「どうするんだよ、これ」
「簡単ですわ」
麗華が即答する。
「順番に決めればいい」
「時間足りないよね」
ひよりが言う。
「なら、同時でいい」
凛が短く言う。
「同時?」
悠真が顔をしかめる。
◇
「ええ」
セレスティアが頷く。
「分ける必要はないわ」
一歩、前に出る。
「むしろ、同じ場に置いた方が早い」
「またそれか」
悠真がため息をつく。
◇
「逃げる?」
ひよりが聞く。
笑っているが、目は真剣だ。
「逃げませんわよね?」
麗華が続く。
「逃げても意味ない」
凛が締める。
「逃げたら、つまらないもの」
セレスティアが言う。
◇
四方向からの圧。
完全に包囲されていた。
「……分かったよ」
悠真は、深く息を吐く。
「どうせ逃げられないなら、まとめて来い」
◇
その一言で、空気が決まる。
「決まりね」
セレスティアが微笑む。
◇
場所は、昨日と同じ喫茶店。
だが、空気はまったく違う。
静かだが、張り詰めている。
誰も軽口を叩かない。
◇
「では」
セレスティアが口を開く。
「順番は不要ね」
「ええ」
麗華が頷く。
「同時で構いませんわ」
「むしろ、その方がいい」
凛も同意する。
「うん」
ひよりも笑う。
◇
「……やりにくいな」
悠真が呟く。
「そう?」
ひよりが首を傾げる。
「分かりやすいと思うけど」
「分かりやすすぎる」
◇
「では」
麗華が、静かに言う。
「一つ、確認しますわ」
視線が、まっすぐ向く。
「あなたは、誰を選ぶつもりですの?」
◇
核心だった。
空気が止まる。
◇
「……まだ決めてない」
悠真は答える。
それしか言えない。
◇
「予想通りですわね」
麗華は小さく頷く。
「でも、それでは終わりません」
◇
「ねえ、悠真くん」
ひよりが続ける。
「選ばないってことはさ」
一拍置く。
「全員と関わり続けるってことだよね?」
「……そうなるな」
◇
「それ、どう思ってる?」
凛が聞く。
「どうって……」
悠真は少しだけ考える。
「面倒だけど」
一拍置く。
「嫌じゃない」
◇
その答えに、全員が反応する。
小さく。
だが確実に。
◇
「……なるほど」
セレスティアが呟く。
「それが答えね」
「何が」
「今の段階の」
◇
「では」
麗華が言う。
「こちらから提示しますわ」
一歩、踏み込む。
「わたくしは、あなたを理解する方向で動きます」
昨日の宣言の延長。
◇
「私は」
ひよりが続く。
「ちゃんと取りに行く」
こちらも変わらない。
◇
「私は」
凛が言う。
「最後まで見る」
短いが重い。
◇
「そして私は」
セレスティアが微笑む。
「変えるわ」
◇
四つの意思。
方向は違う。
だが、全てが同じ一点に向いている。
◇
「……ほんと、面倒だな」
悠真が呟く。
「褒め言葉として受け取るわ」
セレスティアが即答する。
「当然ですわね」
麗華も頷く。
「むしろ今からだよ」
ひよりが笑う。
「ここからが本番」
凛が言う。
◇
そのとき。
「ほんと、バカね」
聞き慣れた声が落ちた。
◇
全員の視線が動く。
店の入口。
神代沙夜が立っていた。
◇
「……来ると思った」
凛が小さく呟く。
「来るに決まってるでしょ」
沙夜はため息をつく。
「ここまで分かりやすく集まってるのに」
◇
「……何しに来たんだよ」
悠真が言う。
「様子見」
即答。
◇
そして、全員を見る。
一人ずつ。
ゆっくりと。
◇
「へえ」
小さく呟く。
「全員、本気になったわけね」
◇
「ええ」
セレスティアが応じる。
「その通りよ」
◇
「……なら」
沙夜は一歩、店内に入る。
「一つだけ言っとく」
◇
空気が、張り詰める。
◇
「アンタ達さ」
静かな声。
「理由なんて、どうでもいいのよ」
◇
全員が黙る。
◇
「好きになるのに理由なんていらない」
一拍置く。
◇
「問題はね」
視線が鋭くなる。
◇
「その後、どう壊れるかよ」
◇
沈黙。
誰も、すぐには言葉を返せない。
◇
夕方の光が、テーブルを照らす。
五人と一人。
それぞれの影が、重なり、ずれる。
◇
均衡は、完全に崩れた。
そして――
ここからは、誰も後戻りできない。




