第17話 同じテーブルの、違う本音
放課後。
五人は駅前の喫茶店に入っていた。
外から見れば、ごく普通の店だ。
木目のテーブルに、落ち着いた照明。静かなBGM。
だが――
「……場違いだな」
神代悠真は、小さく呟いた。
原因ははっきりしている。
テーブルを囲む顔ぶれだ。
栗原ひより、九条麗華、篠宮凛、天城セレスティア。
そして自分。
どう考えても、普通の放課後ではない。
「そうでもないわよ」
セレスティアが楽しそうに言う。
「むしろ、こういう場所の方が本音は出やすいもの」
「それ、絶対ろくな意味じゃないですよね」
「どうかしら」
否定しないあたりが一番怖い。
◇
注文を終え、飲み物が運ばれてくる。
ひよりはミルクティー。
麗華はストレートの紅茶。
凛はブラックコーヒー。
セレスティアはカフェラテ。
そして悠真は、無難にコーヒー。
並んだカップを見て、悠真はどうでもいいことを思った。
――好み、分かりやすいな。
◇
「さて」
最初に口を開いたのは、セレスティアだった。
やはりこの人が主導権を取るらしい。
「せっかく全員揃ったんだもの」
カップに指を添えながら言う。
「少しだけ、整理しましょうか」
「またそれですか」
悠真が顔をしかめる。
「嫌?」
「嫌というか、どうせ面倒になる」
「それも含めてよ」
楽しそうだ。
完全に確信犯だった。
◇
「まず」
セレスティアは視線を巡らせる。
「全員、立ち位置は違うわよね」
その一言で、場の空気が静まる。
「……そうですわね」
麗華が応じる。
「わたくしは、距離を詰める立場」
「私は好きって言ってる側」
ひよりが続く。
「私は、まだ整理中」
凛も短く言う。
「そして私は観察兼管理」
セレスティアが締めた。
全員が自分の立場を言語化した。
それだけで、この場の温度が一段上がる。
◇
「神代くんは?」
セレスティアが聞く。
「……巻き込まれてる側です」
即答だった。
ひよりが吹き出す。
麗華は小さくため息をつく。
凛は無言でコーヒーを飲む。
「それも一つの見方ね」
セレスティアは否定しない。
「でも、中心なのは変わらない」
「やめてください」
「事実よ」
逃げ場がない。
◇
「じゃあさ」
ひよりがカップを持ちながら言う。
「一個だけいい?」
「どうぞ」
セレスティアが促す。
ひよりは、少しだけ息を吸ってから言った。
「悠真くん、今どう思ってる?」
真正面だった。
逃げ道のない質問。
悠真は、少しだけ視線を落とす。
考える。
だが、完全な答えは出ない。
「……分からない」
それが一番近かった。
「何が?」
「全部」
正直な言葉だった。
「急に変わりすぎて、整理できてない」
◇
「正直ですわね」
麗華が言う。
だが、その声に否定はない。
「それでいいと思う」
凛も続ける。
「無理に答え出す方が危ない」
「珍しく優しいな」
「事実」
即答。
そこに感情は乗っていない。
だからこそ信頼できる。
◇
「でも」
ひよりが言う。
さっきまでより少しだけ強い声。
「分からないままでいるってことは」
一拍置く。
「誰も選ばないってことだよね?」
空気が止まる。
それは、全員が分かっていることだった。
◇
「……そうなるな」
悠真は認める。
「現時点では」
「そっか」
ひよりは頷く。
表情は崩れない。
だが、その目の奥が少しだけ揺れる。
◇
「問題はそこですわね」
麗華が口を開く。
「“現時点”がどこまで続くか」
その指摘は正確だった。
「長引けば長引くほど、負担は増える」
「それは同意」
凛が短く言う。
「全員に影響出る」
「そうね」
セレスティアも頷く。
「だから面白いのよ」
「やっぱりそこなんですね」
悠真が呆れる。
◇
「じゃあさ」
ひよりが再び言う。
今度は、少しだけ柔らかく。
「簡単に考えればいいんじゃない?」
「どういう意味?」
「一緒にいて楽しいかどうか」
シンプルだった。
だが、それだけに核心に近い。
◇
「……楽しいか」
悠真は小さく呟く。
考える。
この数日。
正直、疲れている。
だが同時に。
「……楽しくないとは言えない」
それも事実だった。
◇
「それでいいと思う」
ひよりは笑う。
「少なくとも、マイナスじゃないなら」
「単純ですわね」
麗華が言う。
「単純な方がいいよ」
ひよりは肩を竦める。
「難しくすると、余計に分からなくなるし」
◇
「……合理的ではある」
凛がぽつりと呟く。
「感情の判断としては」
「でしょ?」
ひよりが笑う。
◇
「ただし」
麗華がカップを置く。
「それだけでは決まりませんわ」
「なんで?」
「“楽しい”は複数成立するからです」
その言葉に、悠真は黙る。
確かにそうだ。
「だからこそ」
麗華は続ける。
「そこから先が必要になりますの」
視線が、まっすぐ悠真へ向く。
「……先?」
「ええ」
小さく頷く。
「誰と、どういう関係でいたいのか」
それは、避けてきた問いだった。
◇
「……やっぱりそこか」
悠真はため息をつく。
「逃げてた?」
凛が聞く。
「逃げてたつもりはないけど」
一拍置く。
「向き合ってなかったのは確かだな」
◇
「いいんじゃない?」
セレスティアが軽く言う。
「今気づいたなら」
「軽いなあ」
「重くする必要ある?」
逆に聞き返される。
「必要なときだけ重くすればいいのよ」
その言葉は妙に納得できた。
◇
少しだけ、空気が緩む。
さっきまでの張り詰めた感じが、少しだけほどける。
だが。
終わったわけではない。
むしろ――
「……次は私ね」
ひよりが静かに言った。
全員の視線が集まる。
「悠真くん」
「うん?」
「今はまだいいよ」
笑う。
「でも、ちゃんと向き合うタイミングは作ってね」
その言葉は、優しいようでいて、逃がさない。
「……分かった」
悠真は頷く。
それしかできなかった。
◇
「わたくしも同意見ですわ」
麗華が言う。
「待つこと自体は構いません」
そして。
「ただし、曖昧なままにするのは許しませんわ」
こちらも逃げ道はない。
◇
「私も」
凛が短く言う。
「関わる以上、最後まで見る」
その言葉は一番静かで、一番重かった。
◇
「いいわね」
セレスティアが満足そうに頷く。
「ちゃんと形になってきた」
「どこがですか」
「関係が“ゲーム”じゃなくなってきた」
その一言に、全員が少しだけ黙る。
◇
店を出たあと。
夕方の空気の中で、五人は少しだけ無言で歩いた。
誰も急がない。
誰も離れない。
けれど、誰も同じ距離ではない。
それぞれが、それぞれの位置にいる。
「……なんか」
悠真が呟く。
「前より、はっきりしたな」
「そうだね」
ひよりが答える。
「でも、まだ途中」
「ええ」
麗華も頷く。
「ここからですわ」
「ここから」
凛が繰り返す。
「ええ、ここからよ」
セレスティアが締める。
◇
神代悠真は、空を見上げた。
まだ、答えは出ていない。
だが。
逃げ続けることも、もうできない。
「……本当に面倒だな」
そう呟くと。
「今さら」 「今さらですわ」 「今さら」 「今さらね」
四人分の声が、綺麗に重なった。
その瞬間だけは、少しだけ笑えた。




