表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺はただ話を聞いているだけなのに、なぜか学園の女神たちが放っておいてくれない  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/27

第15話 刺さった言葉の、その後で

 義姉――神代沙夜が学園に現れてから、一日が過ぎた。


 たった一日。


 それなのに、神代悠真には、何かが確実に変わったことだけは分かっていた。


 空気だ。


 視線だ。


 そして何より、あの場にいた四人の反応だ。


 誰も、昨日までと同じではない。


「……面倒だな」


 朝、教室へ向かう廊下で、悠真は小さく呟いた。


 だが、その予感は教室に入った瞬間、現実になった。


     ◇


「おはよう、悠真くん」


 栗原ひよりは、いつものように笑った。


 だが、今日は少し違う。


 距離は近いままなのに、押しつける感じが薄い。


 代わりに、妙に落ち着いていた。


「おはよう」


「今日、ちゃんと寝られた?」


「まあ、それなりに」


「そっか」


 それだけ言って、ひよりは無理に距離を詰めてこない。


 昨日までなら、ここで一つ二つ軽口が入ったはずだ。


「……何かあった?」


「ん?」


「いつもより静かだろ」


 そう言うと、ひよりは少しだけ目を丸くして、それからふっと笑った。


「分かるんだ」


「そりゃ分かる」


「そっか」


 それだけで、どこか満足そうだった。


「別に、悪い意味じゃないよ」


「ならいいけど」


「ちょっと考えただけ」


 ひよりは、机の上に指先を軽く置く。


「沙夜さんの言ってたこと」


 その一言で、悠真は少しだけ黙った。


 やはり、全員に残っている。


「……あれか」


「うん」


 ひよりは前を向いたまま言う。


「最初はちょっと悔しかったんだ」


「何が?」


「“誰にでも同じ”って言われたこと」


 言葉は軽い。


 だが、中身は軽くない。


「でも」


 そこで一度、ひよりは息をついた。


「逆に考えたら、そこから先は私次第なんだなって」


「……」


「同じように優しくされても、一番近くにいられるかどうかは、私の方の問題でしょ?」


 その言葉は、昨日よりずっと静かで、ずっと強かった。


 悠真は、返事ができなかった。


 軽く聞き流せるようなものではなかったからだ。


     ◇


「……朝から随分と深い話をしているのね」


 冷たい声が差し込む。


 九条麗華だった。


 だが、彼女もまた昨日までと少し違う。


 敵意はある。


 けれど、それだけではない。


「おはようございます、九条さん」


 ひよりが先に笑顔で返す。


「ええ、おはようございます」


 麗華もまた礼儀として返す。


 そこまでは同じ。


 だが、そのあとが違った。


「昨日の件、少し考えましたの」


 視線はひよりではなく、悠真に向いている。


「昨日?」


「あなたのお義姉さまのお話ですわ」


 そこだけ妙に丁寧だった。


「……何を」


「少なくとも」


 麗華は少しだけ言葉を選ぶ。


「わたくし、自分の感情を勝ち負けだけで処理していたかもしれないと、そう思いましたの」


 それは、彼女にしては珍しい自己開示だった。


 悠真だけでなく、ひよりまで一瞬言葉を失う。


「……意外ですわね、という顔をしていますわね」


「いや、まあ」


 正直だった。


 麗華は小さく息を吐いた。


「失礼ですわ」


「すみません」


「謝るのも違います」


 いつものやり取り。


 なのに、昨日までとは違って少しだけ柔らかい。


「ですが」


 麗華は続ける。


「だからといって、引くつもりはありませんわ」


「それは変わらないんだな」


「当然です」


 迷いのない即答。


「ただ」


 そこで、ほんの少しだけ目を細めた。


「あなたを“勝ち取る対象”として見るのは、やめます」


 その一言には、確かな変化があった。


     ◇


「……いい傾向」


 離れた位置から、篠宮凛が小さく呟いた。


 窓際に立ったまま、こちらを見ている。


「何が?」


 悠真が聞くと、凛は視線を逸らさずに答えた。


「表面の対立から、一段深いところに降り始めてる」


「それ、良いことなのか?」


「少なくとも、雑じゃなくなった」


 淡々とした答え。


 だが、その言葉にはどこか本気があった。


 そして彼女自身もまた、昨日の沙夜の言葉を引きずっているのが分かる。


 見てるだけじゃ意味ない。


 その一言が、思った以上に凛の中に残っているのだろう。


     ◇


 昼休み。


 中庭のベンチには、今日も五人が集まっていた。


 だが、昨日と違って妙な緊張は薄い。


 その代わりに、それぞれがそれぞれの距離を測っているような空気があった。


「今日は少し静かね」


 セレスティアが楽しそうに言う。


「全員、昨日の余韻を引きずってるもの」


「会長は引きずってないんですか」


 悠真が聞く。


「いい刺激だったわ」


 即答だった。


「家族の言葉って、外からの評価よりずっと重いのよ」


 そう言って、セレスティアは視線を順に流す。


 ひより、麗華、凛。


「実際、刺さってるみたいだし」


 誰も否定しなかった。


     ◇


「……あなたは、どうだったんですの?」


 麗華が唐突に聞いた。


 問いの先は、セレスティアだ。


「わたくし?」


「ええ」


 麗華はまっすぐに言う。


「昨日の言葉を聞いて、何も変わらなかったわけではないのでしょう?」


 その問いに、セレスティアは少しだけ目を細めた。


「そうね」


 短く笑う。


「一つだけ、確信したことはあるわ」


「何を?」


 今度はひよりが聞く。


 セレスティアは視線を悠真へ向けた。


「神代くんは、誰か一人に簡単に寄りかかるタイプじゃない」


 その一言で、空気が少しだけ静まる。


「だから、押すだけじゃ意味がない」


「……」


「でも、引いても来ない」


 そこで、ふっと笑う。


「面倒ね」


「今さらすぎません?」


 悠真が言うと、セレスティアは小さく肩を竦めた。


「だから面白いのよ」


 その答えだけは、一切ぶれない。


     ◇


「……神代くん」


 凛が口を開いた。


「何」


「一つ、聞いてもいい?」


「またそれか」


「今度は本当に短いから」


 そう前置きしてから、凛は言った。


「昨日、お義姉さんに言われたこと、どう思った?」


 真正面からの問いだった。


 全員の視線が集まる。


 悠真は一瞬だけ黙る。


 考えてから答えようとして、思ったより答えが出ないことに気づいた。


「……正直」


 口を開く。


「半分くらいは意味分からなかった」


 それが本音だった。


 ひよりが少し笑う。


 麗華も呆れたように息を吐いた。


 凛だけは真顔のままだった。


「でも」


 悠真は続ける。


「沙夜姉がああいう言い方をするとき、大体は本気なんだよ」


「……」


「だから、多分……俺が思ってるより、色々見えてるんだろうなって」


 それは、義姉への理解としては精一杯の言葉だった。


「なるほどね」


 セレスティアが小さく笑う。


「信頼してるのね」


「してます?」


 自分で言っておいて、悠真は首を傾げた。


「してるわよ」


 セレスティアは即答する。


「そうじゃなければ、今みたいな言い方はしないもの」


 そう言われると、そんな気もしてくる。


     ◇


 そのとき、ひよりがそっと口を開いた。


「ねえ」


「ん?」


「私、ちょっと分かったかも」


「何が」


「悠真くんが、なんでそういう感じなのか」


「どういう感じだよ」


 少し笑いながら聞くと、ひよりは真面目な顔で返した。


「ちゃんと見てくれてるのに、自分ではそれを大したことだと思ってない感じ」


 その言葉に、悠真は返事を失った。


「多分」


 ひよりは続ける。


「家でずっと、それが普通だったんだよね」


 義母がいて、父がいて、義姉がいて。


 空気を見て、言葉を選んで、誰かの機嫌や気分の変化を先に拾う。


 それが当たり前だった。


 だから、自分では特別だと思っていない。


 ひよりの言葉は、そこをまっすぐに突いていた。


「……かもしれない」


 ようやく出た答えは、それだった。


     ◇


 麗華はそのやり取りを聞きながら、静かに考えていた。


 理解する、ということ。


 近づく、ということ。


 昨日まで、自分は距離を詰めることばかり考えていた。


 けれど、本当に必要なのは、相手の“普通”がどこから来ているのかを知ることなのかもしれない。


「……厄介ですわね」


 ぽつりと漏らす。


「誰が?」


 悠真が聞く。


「あなたですわ」


 即答だった。


「知れば知るほど、単純ではありませんもの」


「悪かったな」


「褒めてますのよ」


 少し前なら絶対に認めなかっただろう言い方だった。


     ◇


 少し離れた場所では、今日もまた何人かの生徒が中庭を見ていた。


「なんか昨日と空気違くない?」 「いや、逆に深刻じゃね?」 「神代の姉、何言ったんだよ……」


 噂は噂のまま広がる。


 だが、その中心にいる五人の間で起きている変化は、外側から簡単に見えるものではなくなり始めていた。


     ◇


 放課後。


 教室に残る生徒が減っていく中、悠真は窓の外を見ていた。


 何かが変わった。


 確かに変わった。


 けれど、それが良い方向なのか悪い方向なのか、まだ分からない。


「……神代くん」


 静かな声。


 振り向くと、篠宮凛が立っていた。


「副会長」


「その呼び方、そろそろやめて」


「じゃあ何て呼べばいいんだよ」


「凛でいい」


 短く、しかし迷いなく言う。


 悠真が一瞬黙る。


「……急だな」


「昨日、見てるだけじゃ意味ないって言われたから」


 沙夜の言葉だ。


「だから?」


「少し変える」


 それだけ言って、凛はほんのわずかに視線を逸らした。


 照れているのかどうかまでは分からない。


 だが、彼女なりに一歩踏み込んだのは明らかだった。


「……分かった」


「うん」


 短いやり取り。


 けれど、それだけで空気が変わる。


 そこへ。


「へえ」


 教室の入口から、ひよりの声がした。


 続いて、麗華の姿も見える。


「そういう感じなんだ」


 ひよりは笑っている。


 だが、笑顔の意味は一つではない。


「……なるほど」


 麗華は小さく目を細めた。


「あなたも、ようやく線の内側に入る気になりましたのね」


 凛は静かに二人を見返す。


「最初から外にいたつもりはない」


「でも、そう見えていたのよ」


 ひよりが言う。


 それは責める口調ではなかった。


 ただの事実確認のように。


 そして、その瞬間。


 悠真は悟った。


 義姉の言葉は、刺さっただけじゃない。


 全員を、前に進ませたのだと。


 それぞれ違う方向へ。


 違う温度で。


 違う覚悟で。


「……本当に面倒なことになってきたな」


 誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが。


「今さらですわね」 「今さらだね」 「今さら」 「ええ、今さらね」


 四人分の声が、きっちり返ってきた。


 逃げ場は、やはりなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ