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俺はただ話を聞いているだけなのに、なぜか学園の女神たちが放っておいてくれない  作者: 玉響すばる


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第14話 義姉は、外から壊しに来る

 その日、神代悠真は朝から落ち着かなかった。


 理由ははっきりしている。


 義姉の神代沙夜が、珍しく昨夜の時点でこう言っていたからだ。


『明日、アンタの学校に行くから』


 それだけ。


 理由も言わず、時間も言わず、当然のように言い放ってきた。


 問い詰めても、


『用事があるのよ』


 の一点張り。


 嫌な予感しかしない。


「……はあ」


 教室の窓際に立ち、悠真は小さく息を吐いた。


「朝からため息なんて珍しいね」


 背後から声がして、振り向く。


 栗原ひよりだった。


「おはよ」


「おはよう」


「どうしたの?」


「いや、ちょっと家のことで」


「ふーん」


 ひよりは軽く首を傾げたあと、悠真の顔を覗き込むように見た。


「寝不足っぽい」


「そう見えるか?」


「うん。ちょっとだけ」


 やはり分かるのか、と内心で思う。


 この幼馴染は、距離が近いだけではない。昔から妙なところで勘が鋭い。


「大丈夫?」


「まあ、多分」


「多分なんだ」


 くすっと笑う。


 その笑顔に少しだけ気が緩んだ、そのとき。


「……朝から随分と余裕ですのね」


 冷えた声が割り込んだ。


 九条麗華だ。


「おはようございます、九条さん」


 ひよりが先に笑顔で返す。


「ええ、おはようございます」


 麗華も礼儀としては返す。だが、その視線は悠真から外れない。


「神代くん」


「はい」


「本日のお昼も、例の場所でよろしいですわね?」


「多分、大丈夫だと思う」


「“多分”?」


 麗華の眉がわずかに動く。


「珍しい曖昧さですわね」


「ちょっと今日は読めないことがあって」


「読めない、ですの?」


 そこで会話が一瞬途切れる。


 説明するべきか迷ったが、どうせ後で分かる気がして、悠真は正直に言った。


「義姉が来るかもしれない」


 その一言で、空気が変わった。


「……義姉?」


 ひよりが目を瞬かせる。


 麗華もまた、小さく目を細めた。


「お姉さんがいらっしゃるんですの?」


「義姉だけどな」


「へえ」


 ひよりが少しだけ面白そうに笑う。


「見てみたいかも」


「やめとけ」


「なんで?」


「面倒だから」


 即答だった。


 そのときだった。


「……それは、あなた基準での話?」


 教室の入口近くから、静かな声がした。


 篠宮凛。


 いつもの無表情に近い顔で、こちらを見ている。


「副会長まで来るのかよ」


「通りかかっただけ」


 そう言いながら、完全に足を止めている時点で説得力はない。


「義姉、ですか」


 篠宮は短く繰り返した。


「……少し興味ある」


「やめろって」


「無理」


 即答された。


     ◇


 結局、午前中の授業中ずっと、悠真は妙に落ち着かなかった。


 もし本当に来るなら、どのタイミングか。


 昼か、放課後か。


 それとも、来ないのか。


 そして、もし来た場合。


 今の状況を見たら、沙夜は何と言うのか。


 いや、何と言うかは大体分かる。


 問題は、どこまで言うかだ。


 そこが怖い。


     ◇


 昼休み。


 中庭のベンチには、いつも通りの面子が集まっていた。


 ひより。麗華。篠宮凛。そして天城セレスティア。


 生徒会長は今日も当然のようにいる。


「今日は少し落ち着かない顔ね、神代くん」


 セレスティアが柔らかく言う。


「そう見えます?」


「ええ。珍しく、ね」


「……まあ」


 否定はできない。


「義姉の件かしら」


「もう知ってるんですか」


「篠宮さんが少しだけ」


 横を見ると、凛は特に悪びれた様子もなく弁当を開いていた。


「共有しておいた方が面白いと思って」


「面白さで動くなよ……」


「でも気になるじゃない」


 セレスティアが笑う。


「あなたを一番近くで見てきた人でしょう?」


 その言い方に、ひよりと麗華の視線がわずかに動く。


 確かに、その通りだ。


 家族という意味でも、悠真の素の姿を最も知っている存在でも。


「……あまり会わせたくないんだけどな」


「それはなぜですの?」


 麗華が聞く。


「言葉がきついから」


「厳しい方、ということですか」


 ひよりが首を傾げる。


「まあ、それもある」


「でも」


 セレスティアが小さく笑う。


「そういう人ほど、本質を見ていることも多いわ」


 その言葉に、悠真は妙に嫌な予感を強くした。


 そして。


 その予感は、すぐに当たった。


「やっぱりここにいた」


 聞き慣れた声が、中庭に落ちた。


 全員の視線が一斉に動く。


 そこに立っていたのは――神代沙夜だった。


     ◇


 制服姿ではない。


 大人びた白いブラウスに、細身の黒いパンツ。肩にかかる長い黒髪はいつも通り乱れなく、背筋は真っ直ぐで、ただ立っているだけで妙に目を引く。


 学園の生徒ではない。


 それなのに、この場で一番空気を変えたのは彼女だった。


「……なんで本当に来るんだよ」


 悠真の口から本音が漏れる。


 沙夜は呆れたように片眉を上げた。


「行くって言ったでしょ」


「言ったけど」


「だったら驚くところじゃないわよ」


 正論だが、そういう話ではない。


 そして沙夜は、ベンチの面々をゆっくり見渡した。


 ひより。麗華。凛。セレスティア。


 その視線は露骨ではないのに、妙に見抜かれている感じがする。


「へえ」


 小さく、しかしはっきりと沙夜は言った。


「思ったより面倒なことになってるわね」


 最初の一言がそれだった。


「沙夜姉」


「何」


「せめてもう少しオブラートに包めよ」


「包んだわよ、これでも」


 まったく包んでいるようには見えない。


 だが、彼女にとってはこれがかなり抑えた表現なのだと、悠真は知っていた。


     ◇


「初めまして」


 最初に口を開いたのは、セレスティアだった。


 立ち上がり、自然な所作で一礼する。


「天城セレスティアと申します」


「知ってるわ」


 沙夜は即答した。


「有名だもの、あなた」


 一瞬、空気が止まる。


 だがセレスティアは笑みを崩さない。


「それは光栄ね」


「褒めてるわけじゃないわよ」


「ええ、分かってるわ」


 静かな応酬。


 だが、この二人だけ空気の層が違う。


 どちらも引かない。


 そして、その緊張を割るように、ひよりが口を開いた。


「えっと、初めまして。栗原ひよりです」


 にこっと笑う。


「悠真くんとは幼馴染で――」


「へえ。この子がそう」


 沙夜の目が少し細くなる。


「……例の近すぎる子」


「ちょっと待て」


 悠真が止める。


「何その評価」


「事実でしょ」


「そこまで言う?」


「言うわよ」


 あっさりと返される。


 ひよりは一瞬だけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。


「面白いね、お姉さん」


「義姉よ」


「じゃあ、沙夜さん」


「距離詰めるの早いわね」


「ダメ?」


「別に」


 そう言いながらも、沙夜の視線はどこか測るようだった。


     ◇


「九条麗華ですわ」


 麗華も立ち上がる。


「神代くんとは同級生ですの」


「そう」


 沙夜は短く返す。


 だが、次の一言が早かった。


「あなた、プライド高いでしょう」


 麗華の眉がぴくりと動く。


「……初対面で随分と失礼ですわね」


「事実を言っただけよ」


「それを失礼と呼ぶのですわ」


「でしょうね」


 沙夜は肩を竦める。


「でも、そういうタイプが一番こいつに引っかかるのよ」


「……何の話ですの?」


「競争で距離詰めようとするでしょ、あなた」


 麗華は言葉に詰まった。


 図星だったからだ。


 その沈黙だけで、沙夜には十分だったらしい。


「やっぱり」


 小さく息を吐く。


「面倒」


「おい」


 悠真が止める。


「面と向かって言うなよ」


「面と向かって言わないと伝わらないでしょ」


 それは、悲しいほど正しい。


     ◇


「……篠宮凛です」


 凛は座ったまま、簡潔に名乗った。


「副会長をしています」


「あなたが一番厄介ね」


 沙夜は迷いなく言った。


 凛が、ほんのわずかに目を細める。


「理由を聞いても?」


「見てるだけで満足してない顔してるから」


 短い沈黙。


「観察者のままでいられなくなったら、一番深く刺さるわよ」


 その一言に、凛は何も返さなかった。


 だが、否定もしなかった。


「……評価、どうも」


 やや遅れて出た言葉は、皮肉にも聞こえたし、礼にも聞こえた。


     ◇


 そして最後に、沙夜の視線はセレスティアへ戻る。


「あなたは分かってる顔してるわね」


「少しはね」


「少しじゃないでしょ」


 即座に切り返す。


「管理できると思ってるなら甘いわよ」


 場の空気がまた変わる。


 セレスティアは笑ったまま、わずかに目を細めた。


「そうかもしれないわ」


「かもしれない、じゃない」


 沙夜の声は冷たかった。


「こいつ、扱えるタイプじゃないのよ」


「……」


「勝手に人の心に入るくせに、自分はその重さを理解してない。だから余計に質が悪い」


 そこまで言ってから、沙夜は小さく息を吐く。


「アンタ達さ、勘違いしてるわよ」


 視線が四人に向く。


「こいつが特別なんじゃない」


「こいつがやってることが、全部同じなの」


 ひよりの表情が少しだけ揺れる。


 麗華もまた、真顔のまま沙夜を見ていた。


 凛は無言。


 セレスティアだけが、興味深そうに続きを待っている。


「誰にでも同じように話して、同じように気を回して、同じように受け止める」


 沙夜は言葉を切る。


「でもね」


 その声は静かだった。


「それで壊れる奴は、結構いるのよ」


     ◇


 風が吹いた。


 誰もすぐには口を開かなかった。


 その沈黙を破ったのは、ひよりだった。


「……じゃあ」


 小さな声。


「沙夜さんは、ずっと見てきたんだよね」


「そうね」


「それで、どうして放っておくの?」


 まっすぐな問いだった。


 沙夜は一瞬だけ視線を悠真へ向け、それから戻す。


「放っておいてないわよ」


 答えは短い。


「ただ、こいつは止めても止まらないだけ」


「そんな言い方あるか?」


「あるわよ」


 即答だった。


「アンタ、自分で思ってるよりずっと面倒なの」


 厳しい言葉。


 だが、その声音はほんの少しだけ柔らかかった。


「だから、近づくならちゃんと覚悟しなさいって言ってるの」


 今度は四人へ向けて。


「好きになるのは勝手。でも、自分の都合だけで近づくと痛い目見るわよ」


 その言葉には、妙な重みがあった。


     ◇


「……なるほど」


 最初に頷いたのは、セレスティアだった。


「あなたが一番、神代くんを理解している理由が分かったわ」


「別に理解したくてしてるわけじゃない」


「そういうところも含めて、ね」


 沙夜は露骨に嫌そうな顔をした。


「あなた、嫌いだわ」


「光栄ね」


「やっぱり嫌い」


 即答だった。


 だが、その応酬を見て、悠真は頭を抱えたくなる。


 相性が悪いのか、良いのか分からない。


     ◇


「でも」


 麗華が静かに口を開いた。


「今のお話、半分は納得できますわ」


 沙夜がそちらを見る。


「半分?」


「ええ」


 麗華はまっすぐに言った。


「誰にでも同じ、という点は」


 そして。


「ですが、それでも差は出ますわ」


 その一言に、ひよりが視線を向ける。


「受け取る側が、同じではありませんもの」


 麗華の声は静かだったが、強かった。


「同じように接しているからこそ、そこに意味を見出すかどうかは、人による」


 沙夜は少しだけ目を細めた。


「……意外とちゃんと考えてるのね」


「失礼ですわ」


「褒めてるのよ」


 それが褒め言葉なのかは怪しいが、少なくとも先ほどまでよりは評価が上がったらしい。


     ◇


「私は」


 次にひよりが言う。


 いつもより少し低い声。


「それでもいいかなって思う」


 全員の視線が集まる。


「誰にでも優しくても。誰にでもちゃんと向き合ってても」


 ひよりは、悠真を見た。


「その中で、一番近くにいられればいいから」


 その言葉は真っ直ぐだった。


 揺れない。


 昨日までより、さらに。


「……へえ」


 沙夜が小さく呟く。


「思ったより強いのね、あなた」


「そうでもないよ」


 ひよりは笑う。


「でも、譲る気はないかな」


     ◇


「観察だけでは足りない、か」


 凛が小さく言った。


 誰に向けた言葉でもない。


 だが、沙夜はそれを拾った。


「足りないでしょうね」


「そう」


 凛はそれだけ答えた。


 表情は変わらない。


 けれど、その目だけが少し深くなっている。


     ◇


 そこで、予鈴が鳴った。


 昼休みの終わりを告げる音。


「……最悪のタイミングだな」


 悠真が呟く。


「むしろ助かったんじゃない?」


 沙夜はあっさりと言う。


「これ以上続けたら、アンタたぶん黙るでしょ」


「よく分かってるな」


「家族だもの」


 それが当然のように返される。


 そして沙夜は立ち上がった。


「用事は済んだから帰るわ」


「本当にそれだけのために来たのかよ」


「それだけ、じゃないわよ」


 そう言ってから、沙夜は一瞬だけ視線を緩めた。


 ほんの一瞬だけ。


「アンタがちゃんと面倒に巻き込まれてるの、確認しに来たの」


「確認してどうするんだよ」


「別に」


 沙夜は肩を竦める。


「必要なら、また口出すだけ」


 それだけ言って、踵を返す。


 だが数歩進んだところで、ふと思い出したように止まった。


「悠真」


「何」


 振り向いた先で、沙夜はいつも通り少し厳しい顔をしていた。


「アンタを好きになる奴は多いでしょうね」


 中庭の空気が、また静まる。


「でもね」


 その言葉は、ひどく静かだった。


「アンタを壊さない奴は、そんなにいないわよ」


 言い終えて、今度こそ沙夜は歩き出す。


 呼び止める暇もなかった。


     ◇


 残された四人と一人。


 誰もすぐには口を開かなかった。


 最初に動いたのは、セレスティアだった。


「……とてもいいお姉さんね」


「義姉ですけど」


「ええ、そうね」


 小さく笑う。


「でも、愛されているのはよく分かったわ」


 その一言に、悠真は一瞬だけ返事を失った。


 麗華は静かに考え込んでいる。


 ひよりもまた、さっきまでの勢いとは少し違う顔をしていた。


 凛は、ただ黙って沙夜が去った方向を見ている。


「……厄介」


 ぽつりと漏れたのは、彼女だった。


「誰が?」


 悠真が聞く。


「全員」


 即答だった。


     ◇


 教室へ戻る途中。


 ひよりが悠真の横に並ぶ。


「ねえ」


「うん?」


「沙夜さん、怖いけど嫌いじゃないかも」


「それは珍しい評価だな」


「だって、本気だったし」


 ひよりは前を向いたまま言う。


「守ろうとしてるの、分かったから」


 その言葉に、悠真は少しだけ黙る。


 自分では、そこまで明確に考えたことがなかった。


 沙夜はいつも厳しい。


 口も悪い。


 容赦もない。


 だが――


「……そう見えるのか」


「うん」


 ひよりはあっさり頷いた。


「すごく」


     ◇


 一方で、麗華は少し後ろを歩きながら考えていた。


 あの義姉は、自分たちを値踏みした。


 そして、神代悠真の危うさも、厄介さも、全部理解した上でここに来た。


「……面白いですわね」


 小さく呟く。


 勝負の相手は、ひよりだけではないのかもしれない。


 少なくとも、“理解”の深さという意味では。


     ◇


 生徒会室に戻ったあと、凛は短く息を吐いた。


「……見てるだけじゃ意味ない、か」


 沙夜の言葉が残っている。


 妙に、刺さった。


「どうだった?」


 セレスティアが聞く。


「想像以上でした」


「でしょうね」


「外から来たのに、一番核心を突いていった」


 凛の言葉に、セレスティアは楽しそうに笑う。


「だから家族は厄介なのよ」


 そして、窓の外へ目を向ける。


「でも、これでまた少し動くわ」


 その読みは、正しかった。


     ◇


 その日の放課後。


 校内では、別の意味で噂が広がっていた。


「神代の姉、めちゃくちゃ美人だったらしいぞ」 「しかも会長たちと普通にやり合ったって」 「何なんだよあの家族……」


 尾ひれはついていたが、一つだけ事実がある。


 神代悠真を巡る関係は、また一段深くなった。


 そして。


 その中心にいる本人だけが、ますます状況を把握できなくなっていた。

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