第13話 選ばないという選択の代償
翌日。
神代悠真は、教室に入る前から疲れていた。
理由は明確だ。
ここ数日で、状況が一気に変わりすぎた。
そして――その変化が、止まる気配がない。
「……はあ」
小さく息を吐く。
逃げたい。
だが、逃げ場はない。
分かっている。
だから、扉を開ける。
◇
「おはよ」
ひよりが、すぐに声をかけてくる。
昨日と同じ。
いや、昨日以上に自然な距離。
「おはよう」
短く返す。
それだけで、周囲の視線が集まる。
もはや日常だ。
「今日も一緒に帰ろ?」
「……ああ」
反射的に頷く。
考える余裕がない。
「約束ね」
ひよりは笑う。
その笑顔は変わらない。
だが、その裏にある“確定”は、確実に増えている。
◇
「神代くん」
別の声。
九条麗華だ。
今日は迷いがない。
「昨日の件、感謝しますわ」
「昨日?」
「ええ」
小さく頷く。
「正直に答えていただいたこと」
「……ああ」
思い出す。
“分からない”と答えたこと。
「それで?」
「それで、ですわ」
一歩、距離を詰める。
「状況は把握しました」
「何の?」
「あなたが、どちらにも明確な答えを出していないということ」
その通りだ。
「だから?」
「だからこそ、ですわ」
はっきりと言う。
「まだ、勝負は成立しています」
◇
「……なるほど」
悠真は小さく息を吐く。
理解はできる。
だが。
「負担が増えるな」
「当然ですわ」
即答。
「それを承知で、曖昧にしているのはあなたですもの」
正論だった。
◇
その様子を、篠宮凛は静かに見ていた。
「……完全に圧がかかってる」
小さく呟く。
観察ではなく、分析。
「しかも、本人が一番理解してない」
「そうね」
背後から声がする。
天城セレスティアだ。
「だから面白いのよ」
楽しそうに言う。
◇
昼休み。
中庭。
いつもの場所。
だが、今日は少し違う。
空気が、重い。
「……神代くん」
セレスティアが口を開く。
「はい」
「一つ、提案があるのだけど」
「提案?」
「ええ」
微笑む。
「少し、場所を変えない?」
予想外だった。
「場所?」
「ここだと、落ち着いて話ができないでしょう?」
視線が、周囲に向く。
確かに。
少し離れた場所には、何人かの生徒がいる。
完全に“観察対象”になっている。
「……まあ」
否定はできない。
「じゃあ、決まりね」
セレスティアは立ち上がる。
「生徒会室に来なさい」
逃げ場が消えた。
◇
生徒会室。
扉が閉まる。
外の視線はない。
だが、その分だけ空気は濃い。
「さて」
セレスティアが椅子に座る。
「ここなら、ちゃんと話せるわね」
「何をですか」
「決まってるでしょう?」
視線が集まる。
「関係の整理よ」
◇
「……整理」
悠真が呟く。
「ええ」
セレスティアは頷く。
「今のままだと、全員が消耗する」
「……」
「だから、一度立ち止まって考える必要がある」
正論だ。
だが。
「それって、結論出せってことですよね」
「そうとも言うわね」
あっさり認める。
◇
「……無理だな」
悠真は、そう言った。
全員の視線が集まる。
「今は決められない」
正直な言葉。
「……理由は?」
篠宮が聞く。
「どっちも間違ってないから」
シンプルだった。
「だから、どっちか選ぶっていうのが……しっくりこない」
◇
沈黙。
そして。
「……なるほど」
セレスティアが小さく頷く。
「やっぱり、そういう答えになるのね」
予想通り、という顔だった。
◇
「ですが」
麗華が口を開く。
「それは“現状維持”を選んでいるだけですわ」
「……そうかもな」
否定しない。
「ですが」
ひよりが続ける。
「それでもいいと思うよ」
視線が集まる。
「悠真くんがそう思うなら」
柔らかい声。
だが、その奥は強い。
「……いいのか?」
「うん」
頷く。
「でも」
一拍置く。
「その代わり、私はちゃんとやるから」
静かな宣言。
◇
「……こちらも同じですわ」
麗華が言う。
「曖昧なままでも、距離は詰めます」
こちらも変わらない。
◇
「……結局」
篠宮が呟く。
「何も解決してない」
「いいのよ、それで」
セレスティアが笑う。
「これは“過程”なんだから」
その言葉は、妙に納得できた。
◇
帰り道。
悠真は一人で歩いていた。
今日は、ひよりとも麗華とも時間が合わなかった。
珍しく、誰もいない。
「……楽だな」
ぽつりと呟く。
だが、その直後。
「……楽すぎるのも、変だな」
少しだけ違和感が残る。
◇
一方で。
ひよりは、自室で考えていた。
「……まだ足りない」
小さく呟く。
ただ一緒にいるだけでは、足りない。
もっと、明確にしなければ。
◇
九条麗華もまた、机に向かっていた。
「……選ばせる必要はありませんわね」
静かに考える。
選ばせるのではなく。
「選ばざるを得ない状況を作る」
その方が、確実だ。
◇
そして。
天城セレスティアは、静かに微笑んでいた。
「いい流れね」
小さく呟く。
「崩れ始めてる」
均衡は、長くは続かない。
だからこそ――
「ここからが、本当の意味での“選択”よ」




