第11話 宣戦布告は、静かに始まる
翌日。
教室に入った瞬間、神代悠真は理解した。
――完全に広まってる。
視線の質が、昨日までと違う。
ただの興味ではない。
“確定情報”として見られている視線だ。
「神代……」
「マジで告られたらしいぞ……」
「しかもあの栗原だろ……?」
声は抑えられている。
だが、隠す気はない。
悠真はそのまま席に向かう。
否定する気も、弁解する気も起きなかった。
どうせ説明しても、余計にややこしくなるだけだ。
「おはよ」
席に着いた瞬間、ひよりが声をかけてくる。
いつも通りの笑顔。
だが、昨日までと決定的に違う点が一つ。
距離だ。
迷いがない。
最初から、隣にいる。
「……おはよう」
「びっくりした?」
「まあ、それなりに」
「そっか」
軽く笑う。
そのまま自然に会話が続く。
まるで昨日のことなどなかったかのように。
だが、周囲は違う。
「完全に決まっただろ……」
「もうあれ付き合ってるだろ……」
「いや、返事まだらしいぞ」
情報が正確になっているのが、逆に怖い。
◇
「神代くん」
声がかかる。
九条麗華だ。
だが。
昨日までと違う。
視線に、迷いがない。
「少し、よろしいかしら」
「今ですか」
「ええ」
短く答える。
その声に、周囲の空気が引き締まる。
悠真はひよりを見る。
「行ってくる」
「うん」
ひよりはあっさり頷いた。
止めない。
だが、その目はしっかりとこちらを見ている。
◇
廊下。
窓際。
昨日と同じ場所。
だが、空気は違う。
「単刀直入に言いますわ」
麗華が口を開く。
「昨日の件、把握しています」
「……そうですか」
「ええ」
間違いなく知っている。
むしろ、知らない方がおかしい。
「その上で」
一歩、距離を詰める。
「こちらの立場を明確にしておきますわ」
視線が、真っ直ぐに向く。
「立場?」
「ええ」
小さく頷く。
「わたくしは、引きません」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
◇
「……宣戦布告ってことですか」
悠真が聞く。
「そう受け取っていただいて構いませんわ」
迷いのない返答。
「昨日までは、観察していました」
「はい」
「ですが、状況が変わった以上、傍観する理由がなくなりましたの」
論理は通っている。
だからこそ、厄介だ。
「……なんでそこまで」
思わず聞く。
麗華は一瞬だけ黙った。
そして。
「……気に入らないからですわ」
そう答えた。
「何が」
「あなたの態度も、あの人の言い方も」
少しだけ目を細める。
「全部が、納得できませんの」
感情が、はっきりと乗っている。
◇
「ですが」
麗華は小さく息を吐く。
「それだけではありませんわ」
「……?」
「少なくとも」
ほんのわずかに視線を逸らす。
「あなたと話すこと自体は、嫌ではない」
小さな声だった。
だが、確かに聞こえた。
「だから」
再び視線を戻す。
「距離を詰めますわ」
宣言だった。
◇
「……分かりました」
悠真は頷く。
否定する理由もない。
受け入れるしかない。
「いいですの?」
「止めても無駄そうなので」
「正解ですわ」
ほんの少しだけ、口元が緩んだ。
◇
「ただし」
麗華は続ける。
「勘違いしないでくださいまし」
「何を」
「これは勝負ですわ」
はっきりと言い切る。
「勝負って……」
「どちらが近いか」
シンプルだった。
だが、その分だけ明確だ。
◇
「……なるほど」
悠真は小さく息を吐いた。
状況は理解した。
そして。
面倒だということも、十分に理解した。
◇
「戻りましょうか」
麗華が言う。
「ええ」
二人で教室に戻る。
扉を開けた瞬間。
視線が刺さる。
完全に見られていた。
「……終わったな」
「九条、完全に動いたぞ」
「神代、どうするんだよこれ……」
声が漏れている。
◇
「おかえり」
ひよりが言う。
笑顔は変わらない。
だが。
「話、終わった?」
「終わった」
「そっか」
短い会話。
だが、その間にあるものは軽くない。
◇
「……面白い」
少し離れた席で、篠宮凛が呟く。
視線は三人に向いている。
「完全に構図が固まった」
観察ではない。
分析だ。
◇
放課後。
噂は、さらに形を変えて広がっていた。
「神代、完全に奪い合いだろ……」
「九条も参戦確定だってよ」
「いやもう意味分からん……」
もはや誰も否定しない。
◇
帰り道。
ひよりは、少しだけ歩く速度を落とした。
「……ねえ」
「うん?」
「今の、聞かなくても分かるよ」
「何が」
「宣戦布告でしょ?」
あっさりと言う。
「……まあ」
「そっか」
小さく頷く。
そして。
「じゃあ、いいよ」
「いいって?」
「受けて立つから」
笑った。
いつもと同じ笑顔。
だが、その奥にあるものは違う。
◇
一方で。
九条麗華は、静かに空を見上げていた。
「……勝負、ね」
小さく呟く。
自分で言った言葉。
だが。
「……望むところですわ」
その声には、迷いがなかった。
◇
そして。
神代悠真は、一人でため息をついた。
「……なんでこうなるんだ」
答えは出ない。
ただ一つ確かなのは。
もう、後戻りはできないということだった。




