37・メイドの休日2
思い返せば数ヶ月前、ティアルがこの屋敷にやって来た時、
屋敷の防犯対策の為、トラップ作業に目覚めていた私は、
リーディナに防犯用の魔法具の開発を頼んでおりました。
その時に彼女はこう言っていたのです。
「追っ手から逃れる為、また金目の物がなかった腹いせに、
泥棒が家に火を放つ事もあるそうだから、防犯と消火作用のある魔法具を作るわね?」
……それから数ヵ月後、お見舞いがてらに製品が出来た事の報告と、
その品を早速、お屋敷の各所に取り付けて行ってくれていましたよね。
彼女もまた、私の脳裏でVサインをしている姿が思い浮かびましたよ。
(まさか、それがこんなにも作用するとは……。
これは改善の余地ありです。リーディナ、お掃除も大変そうですよ?)
ええ、確かにコントみたいな、泥水さっぷーんをやりたいなと、
心の中でほんの少し、ほんの少し思ってましたけどもね?
後で皆様に、お手数をお掛けした事を謝らなくては。
ですが、まずはお掃除の前に、王子様への対応が優先です。
王子様の襲撃、ならびに訪問でのパニックを起こした私。
事態を収拾する所か、冷静な判断能力を失った私は余計な事をやりまくり、
王子様達を水攻め、簀巻き、まっきまきの刑にさせてしまいました。
ただでさえ、ホラーゲームが大嫌いな私です。
先日の一件は、リアルホラーゲームの体験とでも言うべき出来事でした。
あの時は気を張っていたけれど、後でぼろ泣きする程に怖かったです。
気付かぬうちに、私の心に相当な恐怖心を植えつけたらしく、
何時もならば、これほどパニックにはならずに対応できるのですが、
流石に、一度命のやり取りをした相手を直視するには、
まだ気持ちの整理が難しくてですね……。
「リファ……」
「クウン、クウン……」
おじ様達に王子様の解放を頼んだ後、
私が、リファの素晴らしい胸元にある白銀色の長い毛に顔を埋め、
ふわふわな感触に慰めて貰い、思いっきりすりすりして、
精神安定をしておりました。
そんな私を慰めてくれようと、リファは全身でふわりと包み込んでくれます。
ええ、リファは、
「(王子様なんて放って置いて、このまま寝ちゃいなさい?
アタシが見ていてあげますからね?)」
……なんて言ってくれている感じがします。
一方これまで、私の為に沢山気を使ってくださったおじサマーズ、
そしておじいちゃマーズにとって先日の件は、許せるレベルをとうに超えておりました。
その為、王子様の解放に、結構な時間が過ぎたのは言うまでもありません。
私に問答無用! で危害を加えようとした事はローディナの話から、
人から人へ伝わり、尾ひれ、背びれまで付きまくり……。
「アデルバード様のお屋敷に、新しくメイドの女の子が来たから、
王子達が競って手をつけるべく、強行した」
……と、判断されたようです。此処まで飛躍すると凄いですね。
家臣の家のメイドを狙うとはと、かなり警戒されましたよ。
ユーディ、イーアも狙われる! という事で二人は緊急避難。
おじいちゃマーズ達が、掃除用具片手に護衛に当たってくれました。
「うう……国民に、それもかつては、この私に仕えていた使用人達に怒られるなんて」
そんな中、しくしく泣くライオルディ……ルディ王子様。
次代の王様なのに……こんな事をして大丈夫でしょうか?
アデル様だけでなく、ルディ王子様もガヤのおじ様達に負けました。
……攻略キャラよりも、脇役の方が強いとは、どういう事でしょうね?
ヒーロー属性……ますます謎です。
ある意味、おじサマーズ最強説が浮上しそうですよ。
「うう、怖かった……」
「全く……なんで私がこんな目に……」
前者、ルディ王子様、後者、リハエル王子様がそう言ってうな垂れる。
二人のキンピカ王子サマーズは、
シーツの簀巻き状態から、ようやく解放されました。
流石に、お城の前に捨てて行くのもあれですが、
それを街の往来の道を通って、さらし者にするのも駄目ですよね。
ダメンズだったとしても、王家としてのプライドとメンツもありますし、
特に次代の王様であるルディ王子様が、国民にそんな事されたとなれば大事ですから。
ティアルは、「ミノムシ、ミノムシ」と言って、
王子様達を、お屋敷の2階からぶら下げて欲しいとか、
目を輝かしておじ様達に頼んでいたので、それも止めました。
遊びじゃないんだよ? ティアル。
真似っこでお友達にこんな事とかしちゃだめだからね?
そう言ったら、素直にこくこく頷いてくれたので安堵します。
「みい、ティアル、イイコナノ」
おじ様達は「ユリアちゃんがそう言うなら……」と渋々止めてくれたものの、
二人を応接間へ案内してから、ずーっと、ずううう~っと皆様は付いてきて、
私に不埒な真似をしないようにと、手にタワシとかを持って構えております。
そして王子様達に目を見開いて、くわっ!っと睨んでおりますよ。
ええ、部屋の入り口、壁際にずら~っと整列する様に並んで、
王子様達を取り囲んで居ました。
でも……あの、言って良いですか?
このお二人って、かつての皆様方のご主人様だった筈ですが?
(元々は王子様の所有物だったお屋敷をアデル様に譲った際に、
其処で働いていた方達も、引き続き雇用されたと聞きましたが?)
ただ、その際に女性のメイドは……皆さん逃げてしまったそうですが。
そう考えると、かつてこのお屋敷で働いていたメイドさんって、
お城と同等位の、ハイレベルな人達も沢山いらっしゃったと思います。
……その方達に教わりたかったですよ! とても残念です。
(……あれ? もしかして、ルディ王子様達って、
アデル様が此処へ来る前から信用が無いのかな……?)
……と、思ったら、おじ様達は「リハエル王子様まで……」と言っているので、
彼は真面目に過ごしていた様ですね。
私と出会う前までは。ごめんなさいリハエル王子様。
(とにかく、タオルを用意して着替えを……)
ああ、一応湯を沸かして貰って、沐浴をして、
体を温めた方がいいのかも。
早速、厨房の人達に頼んで、沸くまで暖炉に火を……。
そうだ! 着替えはどうしよう?
お二人とも体格がいいから、それ相応のだと……?
(アデル様の服位だろうなあ、着られる服って言うと)
でも彼は人間嫌い。人に自分の身に着けるものを使われるのは凄く嫌がる。
服に人の匂いが付いてしまうからだ。所有意識もかなり強いので、
主人の許可無く、勝手に貸し出すのも出来ないだろう。
石鹸も動物性の物だと、不快に感じて植物性に切り替えた位で、
お借りして後で洗えばいいか……と言う事は出来なくて。
「あの……大変申し上げにくいのですが、
殿下が着られる服が此方ではご用意できないので、
私、急いでお二人のお召し替えをお城に取りに行って参ります。
どなたか、急いで暖炉に火と沐浴のご用意を……」
「――いや、それには及ばないよ。リイ」
「はい、兄上」
リハエル……リイ王子様は兄の声に応えるや、
指をパチンと鳴らし、自分とルディ王子様の体に付いた水分を掌に集め、
炎を加える事で蒸発させた。水と炎の連携魔法だ。
一瞬にして、水浸しの王子様達は元の姿に戻った。
すごい……こんな事も出来るんですね。
上級魔法が扱える人の凄さを思い知りましたよ。
リイ王子様は、水浸しの床の水も集めて窓の外へと出した。
今度は詠唱と共に、指先で何かを指示するように彼の手が動く。
すると雨粒となって広い庭一面を潤して行った……。
戦闘と料理以外で魔法を見たのは、これが初めてだった。
思わず外の雨を見つめていると、ハッと我に返る。
見とれている場合じゃなかったっ!!
「と……取り乱して大変申し訳ございませんでした」
メイドとして、これはありえない行為です。まだまだ未熟な証拠ですね。
この国の王子様を見て、絶叫するなどと……。
一流のメイドは、どんな時でも慌てず騒がす、ですのに。
どんな変態……いえ、変人……違った。
変わった方に出くわしても、落ち着いて対応をしないとですね。
……あれ? 結局変わってないな。なぜ?
「いやいや、この屋敷の独特な歓迎方法だと思って水に流すよ。
……っていうか、流されたけどね実際」
そう笑って言ってくれるのは、ルディ王子様。
「……酷い目にあった」
そう言ってしかめっ面をするのは、へんた……いえ、
この世界の秩序を守る監視者リイ王子様。
以前、大鎌を持っていた姿は、私には死神にしか見えませんでした。
その為、ついついリファに顔を埋めて逃げ出したくなりまして、
リファもさっきから、リイ王子を見ながら牙の手入れをしたり、
爪をしゃっき~んと伸ばしたりして、何時でも攻撃出来るように……。
(――って、リファ! それは駄目ですからね!?)
ぎゅっと抱きついて、お願いしておきました。
危ない危ない、あの件で怒っていたのは、おじ様達だけじゃありませんでした。
こうして見ると、本当に双子のようですが……。
ルディ王子の方が、体格はよろしいですね。背も高いし。
比べると、少し小柄に見える弟のリイ王子様も、20代前半の青年です。
良くこの体格で、あんな大鎌を振り回していたなと驚きますよ。
それはそうと、大事な話をルディ王子様にしなくては……。
「あの、実はティアルが、お城のお花を勝手に持って来てしまって、
ちょうど、お詫びにお伺いしようと思っていたんです」
「うん? ティアルなら私に貰っていいか聞いてきたよ? 可愛い人、
早朝アデルバードが、出勤の際に私の元へ連れて来たんだ。
それで君の様子を聞いて、こうして見舞いに来たんだよ」
「へ?」
「ああ、きっと手違いで伝達が庭師達に遅れてしまったんだね。
先日、前任の庭師が高齢になったんで、新しく代わったんだよ。
まだ引継ぎが上手く行ってないらしいな」
「みい、カエリ、アデルイタ、ミマワリ、オクッテモラッタ~みいみい」
なんと! じゃあティアルは、ちゃんと頼んでから貰ってきたのですね!?
では、この子が裁かれる事はない訳です。少し安堵しました。
でも、追いかけられて、よく捕まらなかったなと思っていたら、
「オホシサマダシタ」と言うので、前回のあのお星様を出して、
目くらましをした上で逃げたという事です。
それは……謝らないといけません。
ティアルの頭に手を添えて、一緒に頭をぺこりと下げました。
「いやいや、そんな面白い事になっていたのか……私も見たかったよティアル。
くく……っ、あの者達が血相を変えて、子猫を必死で追いかけていたのか。
今度は私も一緒に付いて行こうかな?」
「兄上、笑い事では……」
「いやいや、ティアルの遊び相手になって貰ったんだ。
後で私から、お礼と詫びも込めて話を通しておくよ。安心してくれ」
ルディ王子様から、他の者に言って置くと言って下さったので、
ティアルの件はこれで決着がつきました。
よく考えて見れば、本来、ティアルの飼い主はルディ王子様です。
つまりティアルにとっては、自分のお家のお庭で遊んでいただけなので、
別におかしい事じゃありませんでしたね。
それに、まだ一人……いえ、一匹でお城に帰るのは難しいので、
誰かが送り迎えしてくれないと無理ですよね。早とちりしましたよ。
私はティアルに叱った事を謝りました。
「みいみい、イイヨ~」
ティアルは別に気にしてないようです。良かった。
気付けばもう昼過ぎ……私が沢山寝すぎて体内時計が狂っている間、
アデル様はティアルの送迎を仕事の合間にしてくれた様でした。
ティアルは、殆ど此方で寝泊りも食事もしているので、
すっかり忘れていましたよ。あっちが実家だという事に。
まあ、あちらにティアルが居ても、ルディ王子様はご公務があるし、
構って貰える事が少ないから、此方に居る方が寂しくないのですが。
「あの……それと私、先日はリハエル王子様に大変失礼な事をしてしまい、
先ほどの事も合わせて、本当に何とお詫びしたら良いか……。
大変、申し訳ございませんでした……」
お二人に、温かいお茶と茶菓子を出して応対する私は、
申し訳ないと、トレイを持ったまま何度も頭を下げる。
もし、何らかの処罰を受けるのであれば、私だけの責任だからと言おう。
皆は、私の悲鳴に反応したせいなのだから……。
せめて皆には咎が行かないようにしなくちゃと、そんな事を考えていると、
ゴン! と何かが盛大にぶつかる音を聞き、驚いて私は顔を上げる。
其処には、ルディ王子様の隣でテーブルに頭を突っ伏したリイ王子様が居た。
「いやいやいや? 謝るのは私の愚弟の方だよ? 可愛い人。
あ、うちの愚弟の事はリイと気軽に呼んでくれたまえ。
実はね。先日の話をローディナ君より聞かせて貰ったんだ。
いや実に嘆かわしい! 我が愚弟ながら本当にすまない事をしたね……。
私の笑顔と、弟の首に免じて、此処は許してくれないかい?」
「ぐ……っ、あに……うえ……っ!?」
「襲われたショックで、熱を出して臥せっていると聞いて、見舞いに来たんだ。
もしかしたら、傷口から菌が入ってしまったのかも知 れないね。
良ければ私の知り合いの医師を一人紹介しよう、女医だから安心していいよ。
ああ、あと滋養に良い果実と薬草も手配したんだ。見舞いの品として受け取ってくれるかい?」
ニッコリと、満面の笑顔を此方に向けるルディ王子は、
自分の弟である、リハエル王子の後頭部を片手でぎりぎりとわし掴み、
テーブルに押し付けるというか、思い切りぶつける形で謝罪の形を取らせていた。
なんか……先ほどからもがいていますけど? リハエル……リイ王子様が。
――というか、今、なんて? ……ええと? 首!?
「うああああ――っ!! あにっ、兄上――っ!?」
その時、みしみしという音が聞こえて、リイ王子様が悲鳴を上げた。
何か、テーブルが……その、歪みそうなんですけど?
もしかして、ルディ王子様って見た目に反して凄い怪力の持ち主なんじゃ……?
そして、リイ王子様よりも実は遥かに強いんじゃないだろうか?
あれ程に、自分が苦戦した相手が目の前で、
ルディ王子様に手も足も出ていないような?
(――……あ、そう言えば先日、楽器を振り回して魔物と……)
闘っていたよねと思うと、何だか納得が出来た。
ルディ王子様の愛用の楽器、先日、触らせて貰ったけれど凄く重かったんだ。
一体何をどうしたらあんなに重くなるのか、本当に不思議だったよ。
あれがきっと、鉄アレイ代わりなのかな?
「いやはや、我が弟ながら本当に申し訳なかった。
自分の権力を乱用して、怯えるかよわき女性を無理やり押し倒し、
脅して乱暴をしようとしていたなんて……実に嘆かわしいっ!」
「いえ、あの……?」
其処まではしていない……のだが?
ルディ王子様は、もう片方の手で額に手を当てて首を振っていた。
「女性はこの国の至宝だというのに! それも私の側室1号のユリア君に!
処刑は明日の早朝、その前に弟の口から直に謝罪をさせようと思ってね。
何だったら、今、この場で君が止めを刺しても構わないよ?
良ければ私の剣を君に貸そう、なに、遠慮はいらないよ?」
「は!? 兄上ええーっ!?」
「――貴様は黙っていろ、リイ」
それまでにこやかに笑っていた筈のルディ王子様だったが、
一瞬、リイ王子様に向けた瞳は、まるで別人のようだった。
声もまるで……凍てつく様な威圧的な話し方。
……え、ルディ王子様って……こんな人でしたっけ?
それに、あの……今、不穏な言葉が。
「処刑って……首って……はいいいっ!?」
「憂いは断ち切らないと生涯の傷になる事もある。
ましてやそれが、嫁入り前の娘の心と体を傷つけたとなると……。
王族は常に、己の行動に責任を持たなくてはならないんだよ。
リイが、街娘に危害を加えた。王族が守るべき国民にだ。
その事実は変わらない……これは、至極、当然の処置だよ」
満面の笑顔に戻ったルディ王子様は、
尚もぎりぎりと、弟の頭をテーブルに押し付ける。
さっきから、言っている内容と表情が一向にかみ合わないんですが王子様。
……さっきから必死に抵抗するリイ王子様だが、全然お兄さんに敵わない状況だ。
無表情だったり、不機嫌だったりな弟王子様ですが、
流石にこんな状況ですから、酷く焦って抵抗しておりました。
……っというか、そんな物騒な事、
爽やかな笑顔で言わないで下さいよ。お兄さん。冗談ですよね? ねっ!?
ローザンレイツ流のジョークって奴ですよね!?
「かっ、彼女は、兄上の側室予定の娘だったのかっ!?」
「違います違います! そんな事ありませんから!!」
「ユリアちゃんが側室~っ!?」
顔を青ざめ、動揺する弟のリイ王子様。そして悲鳴をあげるおじサマーズ。
リイ王子様は今、脳内で兄の側室に手を出そうとした不貞の弟。
……と勘違いされた事に、ショックを受けている。
そう、顔が全てを物語っているようだ。
真面目そうに見えるからねえ、この人……。
リーディナ達の、「変態王子様」のあだ名に、凄い落ち込んでいましたし。
「リハ……ええとリイ王子様……あの力を持っていらっしゃるのなら、
ルディ王子様の考えていらっしゃる事を分からないのですか?」
そう、リイ王子様は神聖能力の「魂の目」がある。
全てを見通す魂の瞳の所有者。彼の前では隠し事は通用しない筈。
だから、頭で考えている読心術なんて、きっとお手の物だろうに……。
お兄さんの冗談というか思い込み? を、なぜ見破れないのだろうか?
「はははっ! この俺には、弟の力は通用しないよ。可愛い人。
他国の王族や貴族達と渡りあう為には、それを封じる力も必要だからね。
俺と父には弟の目が通用しないんだ。全ての中には俺達だけは対象に含まれない。
まあ、それも王位を継ぐに必要なんだよ」
――……あれ?
「えっと……“俺”?」
何時もルディ王子様は、“私”と言っていた筈なんだけれど……?
すると、「おっと」と、舌をぺろりと出したルディ王子が笑っていた。
「すまない、気にしないでくれたまえ、昔の悪い癖が残っていてね。ははは」
「……ああ、もう、兄上が居るとまともに話せないな」
リイ王子様はテーブルに突っ伏した形のままで、指をパチンと鳴らす。
すると、一瞬何かが部屋の空間を覆いつくすような感覚が広がっていき、
周りを見たら、再びあの時のように時間が止まって――……。
――……あれ? なんかデジャヴュ……!?
此処で脳裏に浮んだのは、究極の選択肢。
1、逃げる。とにかく逃げて逃げて逃げまくる。
2、いたいけな子猫フォームになって、
愛くるしい姿で相手を翻弄して逃げる。みにゃー!
3、玉砕覚悟で先手必勝! 此方から戦いを挑む。
4、命ごい……?
其処で私は、顔をさーっと青ざめて、くるっと振り返って方向転換。
(3と4は駄目だリスクが高そう! 高確率で逃げた方が、良さそうです~っ!!)
――逃げるが勝ち! ユリアは逃げ出す事にする!
全力で逃げ出そうと慌てて走り――……出そうとしていたら、
慌てて追いかけて来たリイ王子様によって、
私の襟首をがしっ!と、掴まれて制止させられた。
「ふぎゃああああ――っ!!」
捕獲されたああああ――っ!!
「アデル様! アデル様――っ!!」
私、またも……大・号・泣!
じたばたともがいて、「ごめんなさい」と連呼して、
尚も逃げようと必死でいる私にリイ王子様は……。
「いや、本当にもうしないから怯えないでくれ」……と、
疲れた顔で言われ、溜息を吐かれました。
彼、曰く……「女性に泣き叫ばれながら、逃げられたのは初めてだ」
と、かなり衝撃を受けて落ち込んでおりましたよ。
あれ? なんかこの人……もしかしたら、アデル様と気が合うかも……?
ご主人様はね、それ、毎日されていたのですよ?
※ ※ ※ ※
「――……時間を止めたのは、君を襲う為じゃない。
兄上や他の使用人に知られるのを、君はとても嫌がるだろうから止めたんだ。
ああ、神の目は兄上には通じないが、流石にこの空間では動けないよ」
リイ王子様はそう言って、出されたお茶の入るカップに口をつけた。
……一瞬、顔をしかめたのは気のせいじゃ無いはずだ。
やはりこの人……普段から良い茶葉のお茶を何時も当たり前に飲んでいますね?
まあ、相手は王子様ですもの、教会でも大事にされている筈ですよね。
(健康薬草茶ブレンド、凄い匂いですが、お肌がつやつやになるし、
体調を良くするので重宝しているのですが……)
お茶と言うよりも、薬湯に近いお味ですが、病み上がりの私にはありがたい飲み物なんです。
皆様の健康管理の為にも、皆で飲んでいるのですよ。
あ、ちなみに此方のお茶は、アデル様にはお勧めできません。
前に飲んで即効でぶっ倒れていましたから。
(アデル様……人の飲んでいるものが気になるのは分かりますが、
鼻の利く龍には刺激が強いから、一言、私に言って欲しかったですよ)
まさか、時間を掛けて蒸らしていたお茶を、勝手に飲むとは思わなかった。
ああ見えて、好奇心が旺盛な龍のお兄さんなので、
よくよく言って聞かせようと思います。だってほら、誰かに盛られていたら怖いじゃないですか。
「あの……ところで、お話って……?」
私はリファの首元にしがみ付いて、未だに警戒中です。
だって……あんな事があったのだから当然だろう。
許したとはいえ、こうして一対一で話すのはまだ怖い。
しかも、今現在、時間を止められてしまったので周りには味方が一人も居ない状態だ。
同じ状況下に置かれているのに冷静で居られるだろうか? いや、私だったらありえないと思う。
今此処で、「うっそぴょーん!」と、言ってくれない限り信用できまい。
……リイ王子様がやってくれないとは分かってはいるけれど。
彼らを屋敷の中に入れるのは、本当は嫌だったのだが。
もう既に中に入っているし仕方ないのかな……。
……ん? 入って?
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、この屋敷へはどうやって……?」
既に彼らは屋敷の建物の中に入っていた。
それなのに、彼らが来た事を使用人の誰も知らなかったのは問題だと思う。
玄関から来たのならば、おじ様達は私に会わせずに追い返した気がするし。
何より、ルディ王子様が来訪する際には、使用人全員に伝令が来る様になっている。
女性使用人を一人にしない事、出来るだけ彼女達を隠す様にとしているのだ。
それが、今回無いと言う事は……?
「ああ、それは兄がこの屋敷の隠し通路を勧めて来た。
教会と城からは、直通で行ける様に地下から――」
隠し通路……まだあったのか!?
あんなに、ティアルとリファとおじサマーズ達も総動員して、
こちら側から隠し通路を探しまくって、板で打ち付けて封じたのに!!
万一、お城とかで不穏な事をする人達が来たら、どうしてくれるのさ!?
正座をさせて、お説教をしてやりたい気分ですよ。
でも今はまず逃げたい! 怖いから!!
「頼むから……そう逃げないでくれ」
「無理です!」
「はあ……いや、本当に先日は申し訳なかった。
私のせいで熱を出したというので、何度か見舞いに来ようとしていたんだが」
その先の事は良く分かっております。
アデル様をはじめ、リファ、ローディナ達、ラミスさんまでもがガードして、
私に近づけまいと門前で追い払っていた事を。
……で、仕方ないから抜け道からやって来たと。
「……リイ王子様、大変失礼ながら申し上げますとそれは礼儀以前の問題では?
訪問時の先触れは勿論の事、相手の都合や意思を聞き、
何があっても表玄関からいらっしゃるのが筋ではないでしょうか?
以前は殿下所有のお屋敷だったとは思いますが……」
時期を見て会いに来るとか、手紙を寄越すとかも出来た筈ですよ?
「……ああ、それはすまないと思った。実は私を無理やり連れて来たのは兄上なんだ」
謝罪させる気だったルディ王子様は、リイ王子様の横で、
実に爽やかスマイルのまま固まっております。
……確かに、リイ王子様が本気で会おうと思えば壁をすり抜けて来られますよね。
アカデミーでもやってのけていたのに、それをやらないと言う事は、
一応、礼儀をわきまえていたと言う事なんだろう……。
(兄王子様よ……貴方はそれでいいのですか?)
私にも兄が居ますが、きちんとそう言うのを私に教えてくれる人でした。
まさか兄自らがそれを行うので、リイ王子様の苦労は計り知れない気がしますよ。
何だか少しだけ、弟さんのご苦労が分かった気がしました。
どちらかと言うと、お兄様、やんちゃ王子って感じですものね。
そんな訳で、私とリイ王子様の密談が開かれる事となりました。




