38・メイドの休日3
リイ王子様は、一つ咳払いをして話し始めた。
「さて、本題に入ろうか、ミカミ・ユリアよ。いや、ユリア・ミカミ……か?」
「あ、どちらでも結構です」
そうでした……彼が此処へきたと言う事は、
監視者として、私の事を調べる必要もありますよね。
ユリア・ハーシェスの偽者である事を、皆にバラされる事もなく、
彼は、この件を私の意志も尊重してくれたのか、
時間を止める事で、周りに悟らせないようにとしてくれたようです。
「あの時は、落ち着いて話しをするような状況でもなかったからな。
どうぞ掛けてくれ、具合の悪い女性を立たせたまま話す気は無い。
私の役目として、君の素性と状況を詳しく把握しておきたいんだ」
「はい……失礼致します」
椅子に腰掛けて、ぐっと両手を膝の上に握る。
いったい何を言われるのだろうか? まさか、この世界から早々に立ち去れとか?
彼がその気になれば、自分のあらゆる事が露にされるだろう。
それが私には、得体のしれない力に見えて、とても怖かった。
まるで自分の中に入って、あらゆる情報を無理やり引き出されていくみたいで。
覗かれているような感覚で、居心地が悪い。
「……そう固くならなくていい。君がどうしても嫌だと思う内容は、あの鏡が無効化するようだ。
先日での一件を考えて、考えが読めない人間は稀に居るんだが、
君はそれには該当しないな」
「該当?」
「何も考えてない、もしくは頭で考えるよりも行動の方が早い、
それ以外で言うのならば、中身が読めない兄のような特殊な存在、
でもそれでもないと思えたのは……君が疲れて集中力が途切れた時だ。
それまでの間は、全く読めなかったんで警戒したが……」
それでは、途中までの演技は見事、彼を騙せていたようですね。
もし神の目が使える人だと私が知っていたら、打つ手は無いと思っただろう。
けれど、途中までは上手くいっていたと、リイ王子様は言う。
「どうやら、あの鏡が君の思いの強さに反応して、心の声を隠していたのだろう」
こちらの作戦なんてリイ王子様は簡単に読めた筈なのに、
あの時は、どうして見破られなかったのだろうと不思議に思っていた。
そうか、あの鏡が守ってくれていたのならば合点が行く。
ハッタリを見破られたくないと、あの時は気を張り詰めていた。
命が掛かっていたから、それこそ必死に演技力でカバーして見せた。
つまり、その気持ちが、彼に動きを読ませないようにしていたらしい。
最後に短剣を投げていた時には集中力が切れ掛かっていたから、
流石にバレていたようですが。
だから、どうしてもリイ王子にも知られたくない事は、
心で強く念じれば、隠す事が出来ると教えてくれて……。
それならば、私に何も教えずにいれば見透かす事も出来た筈なのに、
どうして親切に教えてくれるのか、私は首をかしげた。
「君は主の御意思でやって来た賓客かもしれないからな、
それに先日での一件は、私も先走りすぎたと反省している。
だからまず私が誠意を見せるべきと思ったんだ」
「あの……主って神様の事……ですよね?
リイ王子様は……その、神様と直接お話をした事が?」
「ああ、何度か……な。私の神聖能力は、主より祝福として頂いたものだ。
この時を止める力も神の力である証。その時から私は神の僕だ。
……それで、先日君と対峙した時に、君が異界の者と分かったんだが、
実際に君からも話を聞くべきだと思った。話しては貰えないだろうか?」
……この人に偽っても、きっと何の意味も持たないだろう。
既に私の正体がばれているし、今更ごまかす必要もない。
其処で私は悩みながらも、ローザンレイツに来た経緯を話した。
ただ、この世界がゲームの世界だという事、
自分が声優という役者の一人で、このユリアと関係がある事は伏せておいた。
それは彼らが、これまで努力などで培ってきた行為を、
全て否定する言葉にもなるから。
“全て虚構の世界”なんて言えない。みんなの存在を否定する事にも繋がるから。
(アデル様やローディナ達と繋いだ手の温もり……。
あれが嘘だなんて、今の私には思えないし……)
特に、この件はアデル様には知らせてはいけない事だ。
これまでの辛い事、悲しい思いをさせた事を、私達の世界の人が設定で決めた。
……なんて言える訳ない。それも娯楽の為に作られたなんて事は……。
(知ったら、アデル様はきっとすごく傷つくから……)
アデル様が受けた苦しみや悲しみが、人間による娯楽の為に作られ奪われたと知ったら、
今まで以上の苦しみを与えてしまうのだから。
彼の事をシナリオだけの存在になんて、私にはもう出来ないから。
そうひとくくりに割り切る事が出来なくなった。
だから、こう告げるしかない。此方の世界の事を知る人間だった私は、
自分の世界で倒れた際に意識を失い、この世界へ来ていた。
その時に、彼女の体を借りて目を覚ましたことを……。
「何かの儀式の影響か、それとも主に役割を与えられて呼ばれたか……」
「それは……分かりませんが、あの、それで……ですね。
おかしな事を言うとは覚悟していますが、その、私のこれまでの見解が正しければ、
こちらの神様と同じ世界の者……だと思うんです私……」
そう、私はこの世界「蒼穹のインフィニティ」の製作側の人間だ。
ただの一般人がやっているゲームのプレイヤーではない。
実際に作品を作るのにした事は、声当て位なものだが、
作品に“全く無関係な人間”じゃない事は明白である。
事務所の青柳先輩から紹介された事もあり、
自分は横繋がりがある。
製作者や作品を尊敬の意を込めて、神と呼ぶ事がありますし、
こちらで崇められているであろう神様は、私の世界の人間ではないでしょうか?
少なくともあのゲームは「神ゲー」とまで呼ばれていたので。
「は……?」
「なので、あの……折り入って頼みたい事があるのですが、
その神様に私がお会いする事は出来ないでしょうか?
帰り道とか、この体の本当の持ち主の情報を知りたいのですが……?」
きっとそれを誰よりも知っている可能性のある人は、その人しかいないだろう。
言っている途中で、リハエル王子様は青ざめて顔中汗だくになった。
……ああ、やっぱり頭のおかしい奴とか思われましたかね?
私としても、それは覚悟の上での告白だったのですが……。
でも、手がかりがあるとしたら、この世界の神様と言う人しかありえない。
そして、この世界で協力者を得られるとしたら、
私が「水上結理亜」だと見破った。この人しか居ないと思えた。
(手の内を明かすのは危険かもしれないけれど……。
でも、私の正体を知っている人は、この世界でこの人だけだ。
それに彼は、先ほど私の立場を考慮して時間を止める魔法を使ってくれた。
だから私も彼を信じてみよう)
私には、交渉するカードなんて持ち合わせていないから、
素直に協力者になって欲しいと頼むべきだ。
一番、解決策を知る可能性があるのならば、尚更……。
なぜ私が巻き込まれたのかは分からないし、そしてなぜ私だったのか、
そういう事も色々知りたかった。
元の世界に帰る方法は勿論の事、
今、ユリアの魂は何処へ行ってしまったのだろうと思う。
私が無事に帰る事が出来た際には、彼女に私の後を任せたいです。
プレイヤーである主人公が男か女かも分からないし、
アデル様を選んでくれる可能性も、いまだ分からないので……。
(本当のユリアなら、彼の為にきっと最善の道を選んでくれると思うから)
だから、まずは彼女の為にも居場所を作ろうと頑張った。
慣れない生活と環境でも、少しでも快適になるように。
エセヒロインの私では、完璧に出来たとは言いがたい所も多々あるけれど、
少なくとも、彼女の役割に欠かせない人脈は少しずつ広げたつもりだ。
(帰れるか、帰れないかにしろ……今、ユリアと同じ位に心配なのがアデル様だ。
彼が幸せになる方法を、少しでも多く選べたらいいな。どんな形でもいいから……それだけは)
ユリアを助けるのが、アデル様に与えられた「役目」だったとはいえ、
この世界に置き去りにされた私に、居場所をくれた恩人である。
見ず知らずの場所に、頼れる者が居ない不安の中で手を差し伸べてくれた。
温かい場所で大切に大切にされたから、その気持ちを返したい。
そして、誰よりも幸せになってほしいと私が願う人だ。
出来れば、彼を託せる人が現れるまでは見届けてあげたい。
この世界に来て、ずいぶんと月日が過ぎていったが、
その中で誓った事がある。
きっと、みんなに一人ずつお別れを伝えられないだろうけれど、
その時が来たら、ユリアにこの体を返すと……。
(でも、それが出来なかったら……その時はその時だ)
全力を出し切ったのなら諦めも付くだろうと、そう思っていた。
私が声優を目指す時に、そう思ったのと同じように。
何かを始める時、必ず駄目だった場合も想定して覚悟していた。
「主とは私から望んで会える訳じゃない……が、
ちょっ、ちょっと待ってくれ……っ、今なんと言った?
異界の者だとは知っていたが、君は主と同じ世界から!?」
「ええと、可能性としてですが、もしかして大和国は、
神様の好みで後から作られたものではありませんか?
だとしたら、可能性は十分あるかなと……」
この世界には異なる文化のある国が点在している。
きっと私の世界がモデルになって作られたのだろう。
その中にある大和国……日本がモデルとなったものだと思う。
けれどそれは、「蒼穹のインフィニティ」には存在しなかったと思う。
つまり、この部分は、裏設定か何かで切り取られた設定。
もしくは、カスタムする要素だったものかもしれない。
特典で、隠しフィールドやシナリオが追加される物もあるのだから。
それか、制作した人が手掛けた作品同士が、なんらかの理由で繋がってしまったのではないかと。
「!? なぜそれを……」
どうやら後者の”繋がってしまった世界”が正しいらしい。
神の目もないし、世界の情報を読み取る事は出来ないと思ったのだろう。
リイ王子様はとても驚いた様子だった。
……が、私からすれば、神の目程ではないにしろ、
ゲームで得た設定と知識に関しては、こちらでは神の領域になる筈だ。
つまり、「神の知識」になる。
残念ながら、ユリアに関する事以外は、ほんの少ししか知らない訳だが。
「どう見ても……この世界に存在する大和国は、
私が住んでいた所のある名称と文化、食材が好まれて使われていますし、
上手く説明できないのですが、私はこの世界の事を少し知っている者なんです」
そして、あのゲームをプレイした人ならば、全員同じ立場です。
ええ、私よりも詳しい人なんて、それこそ沢山いらっしゃるかと。
しかし、リイ王子様との会話のお陰で少し分かった。
やはり私の見解の通り、神様はこの世界に作られた神という、
役目を与えられた人工知能のあるAIのようなキャラクターではなく、
私達の住んでいた世界の人……日本人である事。
そしてそれは――……。
――蒼穹のインフィニティの製作に関わった者に違いない……。
「……つまり、き、ききき君は、神の眷属と……?」
「あ、いえ、其処まで大それた身ではありませんが?
でも、関係者といわれれば、否定は出来ないのか……な?」
どうやら、自分の身を証明するに至る事が出来たらしい。
リイ王子様は俯き、沈黙して何かを思案した後、
顔を上げ……なんと私の顔を見ながら号泣してくるではないか。
――え? なぜ?
「あっ、あの?」
私が慌ててすみれ色のハンカチを差し出すも、
恐れ多いと断って、彼は懐から自分の青色のハンカチを取り出し、
目元をぬぐって、胸元で十字を切り……祈るように両手を組んだ。
「お、お許し下さい! 貴方様が、まさか尊いお方とは露知らずに、
私はこれまで、とんだ不敬を働いてしまいました……っ!!」
ぶるぶると体を小刻みに震え、こちらに許しを懇願する一人の青年。
その姿はまるで先ほどの私のような怯えっぷり。瞳には涙が浮んでいる。
何がどうなってこうなったのか、私は意味が分からなかった。
「え? あの……?」
もしかして、言ってはいけない言葉を言ってしまったのだろうか?
というより、私、別に尊い存在じゃありませんってば。
ただの高校生で、声優やっている人間ですが有名じゃありません。
ベテランでもないのです。経験も未熟なぺーぺーの新人声優です。
ついでに言えば、私の中にある鏡が凄いだけで、持ち主自身は決して凄くないですよー?
ええ、ちょっと食い意地張っている娘なだけです。
「……」
自分で言っておいて、何か落ち込んで来たわ。
自虐癖、いい加減治さないと。
「この度の失態は、全て私の愚かさと無知と配慮不足によるものっ!
主のお知り合いの方に、あろうことか異物などと侮辱した挙句、
あの方に頂いた武器と力で、御身を傷つけ命を奪おうとするなんて……っ!!
私は、私はああああっ! 何て恐ろしい事をおおおお!!」
「あの~? えと、もしも――し? リイ王子様~?」
「うわああああ――っ!!」
――うん、駄目だ。全く聞こえてない!
頭を抱えて絶望するリハエル王子様、その姿はまるで舞台役者のよう。
椅子から一回転してから崩れ落ちた王子様は、床に手と膝を付けて打ちひしがれ、
自分の世界に入り浸り、不幸な立場に陶酔して戻ってきません。
よよよとさっきから泣いています。
このオーバーリアクション……舞台なら喜ばれそう……使える!
思わず上から紙ふぶきとかで、雪の演出ができそうな感じでした。
「リイ王子様、王子様~?」
何度言っても駄目なご様子なので、その姿を仕方なく眺めておりましたよ。
何かの役を演じる時に役に立つかな? と思いながら……。
本人がとてもノリノリでやっていらっしゃるので、邪魔しては悪いですし、
ほら、演じるものとしての配慮です。
(ええと……つまり、彼は監視者の役を気に入っているって事かな?)
あの……貴方もやっぱり、私の話を最後まで聞かない人なのですね?
こう言っては何ですが、そんな所もお兄さんに似ておりますよ?
ルディ王子様はお花畑の住人ですが、リイ王子様は雪が似合いそうですね。
それも進んで雪の中にダイブしてしまいそうな、そんな人に見える。
「なんて事だ……私は、私は知らずに許されざる恐ろしい大罪を……っ!
この罪はどう償えば……っ!!」
「えーと……?」
聖職者をやっているし、真面目な人だなという印象を受けていたけど、
私がもしかしたら、敬愛する主の関係者(かも知れない)と知った彼は、
己がしてきた愚かな罪に気付き、苦しみ始めているようです。
異物と言って、ノリノリで私をいたぶっていた頃と比べると、
凄い差だなあ……と思いましたよ。
「あろう事か、私は貴方様を怯えさせて泣かせて、
ありがたくも施しを下さったお茶に、しかめっ面をした挙句、
貴方様の襟首を掴んで、不躾にも触れた上に、
その後、上から目線で、同席を許可するなんて事をおおおおおっ!!」
(どうしよう……暇だ)
何度かトライするも、一向にコミュニケーションが出来ません。
まるで自分が、得体のしれない未知との遭遇をしたかのようです。
ぶつぶつと、何やら生まれてからこれまでの懺悔の言葉を繰り返し始め、
自分が、いかに駄目駄目星人だったのかと言い続けております。
そんな彼に、神様が能力を授けて下さり、自信が付いたとの事で、
神様に対して、多大なる尊敬と感謝を感じていたらしい。
それで漸く、お兄さんであるルディ王子様と対等になれたそうです。
……なのに、私への暴挙で恩を仇で返してしまい、
自身の評価が、「人間失格」となったようだ。
最初はそんな事ないですよ? と、
私なりにフォローもしていたのですが、聞いちゃいない。
仕方がないので、テーブルの上に自分の分のお茶も用意して、
黙々と一人ティータイムを始める事にしました。
その後、屈伸運動と、背伸び、腰回しなどの柔軟体操をして、
鈍った体を、少しでもベストコンディションにするべく、有効に使わせて貰いました。
このまま落ち着くまで、我慢大会のごとく見守るべきか、
それとも部屋に戻って再びすぴすぴと二度寝するべきか、
リファの体にうずくまって、もっふもふするか悩んでいた所、
かのリイ王子は、自分の世界に入ってしまわれたままで、
「この罪を贖うべく、私の命とこの身を貴方様に捧げます……」
……と、色々と何か吹っ切れたらしく、きらりんと爽やかに微笑み、
あろう事か、この部屋にある貴重なカーテンを突然引っ張り外して引裂き、
せっせと大きな輪を一つ作り、柱に結んで――って、ちょっと待って!?
「うわあああっ!? 早まっては駄目――っ!?」
兄王子が超前向き思考なら、弟はその逆らしい。後ろ向き大暴走です。
慌てて後ろから羽交い絞めをして制止をしてから、
必死に「死んでは駄目です!」と連呼しました。
何より、人の屋敷で何を考えているんでしょうか、この人は!!
ああ、王子様の暴走もですが、カーテン……カーテーンッ!
私も其方方面で、全力で突っ伏して泣きたい気分ですよ。
折角……折角、ユーディ達と頑張って縫った物だったのに!! 何て事を!!
私達の共同作業による、汗と涙の超大作だったのに!!
「なんと……主よ。貴方様は、この私の愚かな罪を許して下さると……!?」
「許します! 許しますったら許します――っ!!」
話すならきっと今だ。私は主なんて大それた人ではないこと、
そんな呼び方でなく、「ユリア」で呼んでくれと頼み、
普通の人と同じ様に対応してくれると、尚嬉しいとお願いしてみた。
するとどうした事だろう、彼は「なんと言う寛大で名誉な事だ」と呟き、
尊いお方の名を、直接呼ぶ事を許して下さるとは……と感涙して、むせび泣いていた。
……ええと、もしかしてこの人。
……神様フェチ……とか?
(どうしよう……兄弟そろって変な人なんだけど……。
アデル様ぁ、早く帰って来てくださ~い……)
リイ王子様は、漸く落ち着きを見せてくださり、
こっちの世界に戻ってきて下さいましたよ……脱力です。
取り合えず、これ以上の話は本人が興奮して無理そうなので、
またの機会に出来ればと思いました。急いては何とやらですね。
「――……みい、ネ~? リイ、エンエンナンデ?」
「ええと、それはですね。ティア……ル?」
ふと、声を掛けられて足元を見れば、
ティアルがほっかむりをしたまま、ぽてぽて私達の周りを歩いていた。
リイ王子様の顔を不思議そうに見上げ、首をかしげると、
ぱたぱた飛んで見せてリイ王子様の頭をぽんぽんとなでて、慰め始めました。
「リイ、イイコ、イイコ、みいみい」
ティアル優しいねえ……。
……って、あれ? え? ちょっと待って!! なんで!?
周りを見ても、周りはまだ静止したままで、ルディ王子様も固まったままなのに、
なぜ、君は動けるんだいティアル!?
するとその答えをくれたのは、リイ王子様でした。
「ティアルは付加能力が付けられる付食属性持ちで、
食べた物の中から、能力が付加され……るんだ」
頑張って言葉遣いに気をつけてくれるリイ王子様の話を聞くに、
使われた食材や、出来上がったものの属性、
そして作るものの属性などの影響により、能力が備わるんだそう。
だから、魔法理論の勉強を基礎からしなくても、
魔法を使いたいのならば、同じ属性の物を体内に入れる事で、
情報を読み取る事で身につけられるとか……。
そ、そんな便利な事が出来るのか。羨ましいっ!
確かに以前、お星様を食べて星を出していましたよね。
(そう言えば、院長室に居た時、ティアルは寝ていたから気が付かなかったけれど、
もしかして、時間止められていた間も気づかずにすぴすぴやっていたと……?)
となると、どうやらティアルがこうなったのは私が原因らしい。
無属性の私が作った、ごはんやお菓子を食べた事で、
この子は、「時渡り」というのが出来るようになってしまったようだ。
つまり、アデル様の念を抑える時に、素材として使わせて貰った時も、
そもそもが私が、ティアルに口にするものを作っていた結果、
相乗効果となる能力を備わっていたのが理由らしい。
ティアルは体に異常も見られないが、動けてしまうのならば仕方ない。
ティアルには口止めして置こう。
まあ子供なので、まだ難しい事は分からないだろうけども。
今日はここまでと言う事に、そう言ったら辺りの色が多少変わって見えた。
「時割れだ」そう言って、リイ王子は一つ溜息を吐いた。
肝心な話はまた次回にしないといけないな。
リイ王子様の合図で、時間が正常に刻み始めた頃、
我に帰ったおじサマーズやリファ、ルディ王子様は、
その場の状況が、多少変化している事に気が付きました。
私は脱力して立っているし、傍にあったカーテンは無残にも引きちぎられているし、
リイ王子様は何か憑き物が取れたというか……。
それどころか、私をキラキラした目で見ております。
先程までの無愛想な彼は、一体何処へ行ってしまったのでしょうか?
「ガウウウウッ!!」
また時間を止められた事に気付いたリファは、私の様子に驚き、
飛び掛ってリイ王子様の頬をビンタしますが……。
「ああ、これは私への愛の鞭ですね!?
リファ様をお連れしていた時点で、気付くべきでした!
神のみ使いである方に、この様な愛情を注いで貰えるとは……っ!!」
……と、またおかしなキャラになって、むせび泣いております。
無言で周りの者が私の方へと「何があった?」と説明を求められるが、
なんだか色々と勘違いされたようです。……と、答えるしかなかった。
(ああ、そうか、リファみたいな白い生き物は、神聖視されていましたよね)
神様大好きなリイ王子様からしてみれば、リファは神様の使いな訳で……。
それを連れて歩く私は……勘違いされるだけの要素は持っていたと。
そのリファに頬を叩かれるのは、どちらかと言うと喜ばしい事なのでしょう。
……何だか幸せそうに悶えているので、放っておいた方がいいのかも。
「……また、こいつの病気が始まったか」
ルディ王子様は、複雑そうな顔でそんな弟を見下ろしています。
「あ、やっぱり以前からあるんですね? こういう事」
「ああ、ところでうちのリイに変な事はされなかったかい? 可愛い人。
……ん? ああそうか、リイも覚悟が出来たというわけだな?
準備よく処刑の準備を自ら整えたという訳か」
「はい、ユリアさ……ユリアの生贄として、
この身を捧げられるのでしたら、喜んでこの命を捧げます。兄上」
「いえ、全力でいらないので、謹んでお断り致します!」
「みい?」
目をキラキラさせて、あっさりと処刑を引き受けるリイ王子様。
……って、先ほどお兄さんに、必死に抵抗をしていたのは何だったんだ!?
引き受けちゃ駄目でしょう、そういうのは!簡単に!
白い狼のリファに殴られて、なんだか余計陶酔しているし、
リーディナ達の言っていた。「変態王子」と言う名のネーミング、
あながち……間違いではないのかも。
(普通にしていれば……カッコイイ人なのになあ……)
取り合えず、何とか処罰の話は止めて頂きました。
あ、でもカーテンを無駄にした弁償代は頂く事にしましたよ。
兄のルディ王子様に、必要なものがあったら請求してと言われたので。遠慮なく。
暫くの間、弟のリイ王子様の不審行動は続いた訳ですが、
それを一番喜んでいるのはティアルでしたよ。彼が暴走する度に大喜びです。
どうしよう……ちびっ子に悪影響与える人ばかりなんですが!?
とりあえず、私への謝罪は受けたという事にして、
リイ王子様の処罰は止めて頂きました。命、大事! ですものね。
※ ※ ※ ※
「――ユリア……起きていて大丈夫なのか?」
へんた……いえ、王子様達が無事にお帰りになられた後、
我が屋敷のご主人様、アデル様は今日のお勤めを無事に終えて、
すみれの花束をお土産に持ってお帰りです。
私がユーディ達と並んで、恒例の「お帰りなさいませ、ご主人様」を達成し、
その姿にアデル様は頷くと私に持っていた花を手渡し、そう話しかけて来ました。
何時もお土産ありがとうございます。
「はい、ご心配お掛けしました。沢山寝ましたし、もう大丈夫だと思います。
本日はルディ王子様が、リイ王子様を連れていらっしゃいました。
お見舞いで頂いた薬草が効いて、すっかり体調も良くなったみたいです」
本日、お屋敷で起きた出来事の報告をご主人様に。
出迎えるメイドとして、私の大事なお役目ですね。
色々王子様達に、失敬な事を皆でやらかしてしまいましたが、
お二人からのお咎めはなく、何とか無事にお見送りをしました。
しかし、それを聞いたアデル様はくるりと方向転換して、玄関のドアノブを握ります。
「あ、あれ? アデル様? またどちらへ?」
お夕食はどうなさるのかと聞こうとした時、
アデル様は肩を震わせて、深い深い地を這う様な声で、こう言いました。
なぜだろう? 全身から黒い煙のような物が漂っている気がするんだけど……?
「――……ユリア、またあの男に泣かされたのだな?
瞼が腫れている……それに、あいつの匂いが付いているじゃないか。
待っていろ、憂いを断ち切るべく今度こそ奴を狩ってやる。
ついでに、ライオルディにも兄弟仲良く道連れになってもらおうか……」
匂い? そう言われて制服を見下ろし、ふとある事を思い出す。
そうだ、リイ王子様を止める時に、後ろから羽交い絞めにしたから……。
龍の嗅覚は凄いですね~……って、
感心している場合じゃなかった!
「え? あっ!! ちょ、ちょっと駄目です!!
アデル様、王子様達を狩ったら駄目ですよ!!」
「離すんだユリア! 許さん……っ!
あいつら、俺のものをよくも勝手にいたぶってくれたな!
この侮辱、今度こそ……その身をもって償わせてくれる!!」
本気を出そうとするアデル様に、私は必死でそれを宥めた。
……まずい! アデル様が黒化するかも!? ついにラスボスが降臨ですか!?
そんな事をしたら、一気に騎士団が集まって正体がバレますから!!
「グルルル……」
唸り声をあげ始めたアデル様。こんな所で龍の姿に変わる気だ……っ!?
「そ、そうだ! ブ、ブラマンジェ作ったんですよ? アデル様!」
「……っ!?」
その言葉に、ぴたりと動きが止まった。
こちらを振り返り、見下ろす彼に私は懸命に頷いた。
ブラマンジェとはミルクを使った白い冷菓子だ。
レシピによって使われるのは様々ではあるが、
私が作るのは、ミルクとコーンスターチとお砂糖を主に使用する。
生クリームやゼラチンを使えれば、尚いいのだが、無くても代用が効く。
絞ったミルクは脂肪分が多く、十分それで代用する事が出来るし、
コーンスターチと同じ特性と味のあるキュリ粉を使い、鍋でじっくりと煮詰めて冷やせば、
似たような食感が出来る事を、私は研究の末に発見したのである。
食感はプリンにも似ているので、きっと、アデル様の好みには合うと思ったんです。
ずっとお仕事で疲れているのに、私の様子を見に来てくれたので、
お礼のつもりで作ってみたんですよ。
「お、美味しいですよ。ブラマンジェ。ミルク味の白いデザートなんですが、
プリンに似た口の中で甘くとろける様な食感で、アデル様もお気に召すと思います。
ソースはラルクスとリルベリーを煮詰めて、甘く酸味のある物にしました」
屋敷の玄関から出かかった彼の手をそっと取る。
大人しく彼は私に従ってくれた。
「ユリアが……俺の為に?」
「はい」
暴走しない様に、ぎゅっとアデル様の手を繋いで中へと促し、
私の言葉に見事誘導されたアデル様は、静かに外套をユーディに渡し、
自室へとそそくさと戻って行きました……。
どうやら、落ち着かせる事に成功したようです。
ほっと私は胸をなでおろしました。
アデル様が甘いもの好きで良かったと、この時ほど思った事はありません。
……そして、数日後。
ギルドで偶然耳にした蒼黒龍の噂。
近頃やけに雷が大聖堂に落ちるという状況を見て、
絶滅へと追いやられた蒼黒龍の呪いではないか?
そんな噂が、まことしやかに囁かれておりました……。
その話を聞いた私は、乾いた笑いをするしかなかった。
(絶滅はまだしておりません。まだしておりませんよ~?)
先日、噂の龍のお兄さんはブラマンジェを見て喜び、
私の目の前で嬉しそうに食べていたほど、元気に暮らしておりますよ?
声に出して言えませんけどね?
(近いうちに、リイ王子様にお菓子を持たせた方がいいかも)
龍と仲良くなるには甘いものから……。
ルディ王子様並みの努力を参考に、リイ王子様にも期待したいと思います。
平和的解決を望みますよ!
そんな訳で、新たに弟のリイ王子様が仲間になりました。




