第九話 魔王を倒せば解決するの?
♠︎
「……レウィスのおすすめの宿ってここかい?」
「うん! ここは一階が酒場になってて、それで女の子たちが——」
「却下」
「ひどい!! ここに泊まるって言ったじゃん!!」
「言った。確かに言ったが、ここは却下だ」
レウィスはがっくりと肩を落とす。
——いや、さすがに無理だよ。
勇者パーティがこんなところを出入りしてる、なんて噂が立ったらとんでもないことだ。
「……まぁそうだよね。そうだとは思ってたよ」
「すまない……。他におすすめがあれば、そこに連れていって欲しいんだけれど」
「わかった。こっちだよ……」
とぼとぼと歩く彼の後ろを着いていく。
心なしか、シャツに付いている羽根も小さく見えた。
「なぁレウィス。そんなにあの宿に泊まりたかったのか?」
「そういうわけじゃないというか……。この街はね、物価がすごく高いんだよ。だからああいう宿じゃないと、安く泊まれないんだ……」
「なんだ、お金のことを気にしていたのか?」
「当たり前じゃん! 私、お金ないんだよ!? もう竪琴売れって言うの!?」
宿に泊まる資金すらないのなら、売った方がいいと思うが……。
とはいえ、一応仕事道具でもある物を売れと言うのは酷だろう。
「そんなことは言わないよ。それに、一緒に来てくれるのなら旅費はほとんどかからない」
「そうなの? それは相棒が勇者だから?」
「うん。これがあるからね」
懐から『勇者の証』を取り出す。
「これを見せると、各国で様々な援助を受けられるんだ」
「それ知ってる、掲示板で見たよ! でも、ニセモノって疑われないの? 偽装できそうに見えるけど……」
「もちろん、騙られることもあるだろうね。僕の名前とこの証は、キミも知っての通り世界中に広められているから」
「じゃあ、宿で見せても追い返されるかもよ?」
「大丈夫さ。とりあえず宿まで行けばわかるよ」
首を傾げるレウィスの肩を、僕は軽く叩いた。
♥︎
「ファファ、落ち着いてください」
「だって……おにいちゃんが……!!」
「まぁ、受け入れられない……よねぇ」
興奮状態になっている少女の背を、ルディアが優しく撫でる。
村を襲い、両親を殺した魔族。
もう襲わない――そんな確証のない約束を、受け入れられるはずもないだろう。
「レシ、俺も賛成はできない」
「なんでだよアルデオ!! こいつは俺たちを襲わないって言ってるのに!」
「今はそうかもしれないな。でもどうだ? 腹を減らしたこいつらが、絶対に俺たちを襲わないって言えるのか?」
「それは……」
「言えないだろ? じゃあダメだ」
未だ魔獣の肩に乗っている少年に向かって、アルデオがきっぱりと言い放った。
ごく少数だが、魔獣を飼い慣らしている人もいる。
所謂『魔獣使い』という職業に付いている者たちだ。
そんなプロである彼らでも、使役している魔獣に襲われ命を落とすことは少なくない。
魔獣と会話ができることが、逆に利用される可能性もある。
従順なフリをして、寝静まった頃に襲おうと考えているかもしれない。
「……絶対にこいつらは襲わないよ」
「レシ、そんなことは――」
「だってこいつらも、家族を人間に奪われてるんだ!!」
「だったらもっと危険だろ!? 恨まれてるかもしれないんだぞ!?」
「ならとっくに殺されてるよ!!」
肩で息をしながら、二人は睨み合う。
危険を説くアルデオと、魔獣を信じたいレシ。
完全に意見がぶつかっていた。
「……なんでおにいちゃんは、魔族と仲良くできるの?」
私の服をギュッと掴みながら、ファファがレシを睨みつけた。
*
「……アルデオが言ってた。力は誰かを護るためのもので、支配するためのものじゃないって」
「理由になってない! おとうさんとおかあさんは魔族に殺されたんだよ!? 村だってなくなっちゃったのに!」
「たしかに父ちゃんと母ちゃんは魔族に殺された。でも、殺したのはこいつらじゃない」
「そんなのわかんないじゃん!!」
泣き叫ぶファファに、レシは言葉を続ける。
「こいつらじゃない。こいつらは人を食べないから」
「え? そうなの!?」
「ルディア、今は静かにしていてください」
「あ、ごめん……」
手で口を覆う彼女。
ファファもこれは意外だったようだ。
少しだけ、落ち着きを取り戻していた。
「でも……それでも……」
「うん、俺も魔族は許せない。でも、それで俺たちがやり返したら、同じじゃないか?」
「同じ……?」
「このちびすけの父ちゃんは、人間に殺されたんだって」
レシは足元の幼獣を指さす。
キュルキュルと鳴き声を上げるそれは、母親の元へと擦り寄った。
「こいつらは、人間に家族を奪われたのに俺たちを攻撃してこなかった。それなのに、俺たちは攻撃していいのかな?」
「……そんなの、わかんない」
「うん、俺もわかんない。でも、やられたからってやり返してたら、ずっと変わらないんじゃないかな?」
——なんて、大人な考え方をする子なんだろう。
いや、みんな一度はきっとそこに辿り着く。
それでも結局、その難しい問いを捨てて簡単な答えを出してしまう。
魔王を討伐すれば、世界に平和が訪れるのではないか。と。
「俺はこいつらを村に連れていきたい。力で解決するんじゃなくて、一緒に生きていきたい。人間も魔族も、仲良くなれるかもしれないだろ?」
少年の真っ直ぐな言葉は、魔王討伐を目標としていた元勇者パーティの三人の胸に、深く深く突き刺さった。
自分の正義が相手の正義とは限りません。
互いの正義がぶつかれば、相手は悪になってしまうわけです。




