第七十二話:嵐は去りぬ。
爆発の轟音と、燃え盛る火柱。そして容赦なく叩きつけられる嵐の豪雨。
帝国軍総旗艦の甲板は、もはや戦場というよりは地獄の縮図と化していた。
「ひいぃっ!? て、敵襲! オルティジアだーッ!」
「逃げろ! 船を切り離せ! 火が移るぞ!!」
突然の奇襲、艦船は一面火の海、そして未だに頭を激しく揺さぶる深酒の酔い。
三重苦に見舞われた帝国兵たちは完全に恐慌状態に陥っていた。武器を執る者など皆無。己の命を守るために仲間を押しのけ、鎖を必死に叩き切り、我先にと逃げ出す艦船が相次ぐ。その混乱の中で船同士が激しく衝突し、自滅的な沈没すら多発していた。
そんなパニックの渦中、俺たちは艦隊を複数に分け、帝国艦隊の隙間を縫って神出鬼没に攻め立てた。
そしてついに、騎士団長レオンの駆る軍用高速船が、どごぉんッ! と重い音を立ててガルシアの巨大旗艦の脇腹へと接舷した。
「鉤縄をかけよ! 敵将ガルシアの首級をあげ、聖王陛下に捧げるのだァァッ!!」
レオンの雷鳴のような咆哮が響き渡る。
船体から伸びた無数の鉄鉤が旗艦の舷側へと突き刺さり、ロープがピンと張り詰める。
「「「うおおおおおーーーッ!!!」」」
士気最高潮、狂信の域に達したの決死隊が、雪崩のように敵旗艦の甲板へと躍り込んだ。
◇
「押さえ込め! 押し返せぇぇッ!」
甲板の上で、泥酔から必死に目を覚ましたガルシアの親衛隊が槍を構えるが、死兵と化したオルティジア騎士団の敵ではなかった。
レオンの大剣が一閃するたび、帝国の鎧が紙切れのように切り裂かれ、甲板に血飛沫が舞う。
「バカな……あり得ん! この十万の大艦隊が、たった一千余りの鼠どもに食い破られるなど……!!」
護衛たちが次々と倒れていく中、旗艦の奥で、カイゼル髭の男――総司令官ガルシアは、恐怖で引きつった顔で後退りしていた。
「ガルシアぁぁぁッ! 覚悟!」
血煙を纏ったレオンが、鬼神の如き相形でガルシアへと肉薄する。
追い詰められたガルシアではあったが、そこは歴戦の勇士。冷静に腰の鞘から一振りの剣を抜き放った。
刀身に緻密な魔法陣が刻まれた、あまりにも絢爛豪華な大剣――帝国皇帝から親征の際に下賜された『宝剣』である。
「お、おのれオルティジアの逆賊どもが! 皇帝陛下より賜りしこの宝剣の露と消えよッ!」
ガルシアは血走った目で宝剣を振り上げ、レオンへと斬りかかった。宝剣から放たれた金色の魔力光が、雨幕を切り裂く。
だが――。
「フンッ!!」
レオンは避ける素振りすら見せず、己の大剣をただ一筋、力任せに振り下ろした。
勝負は一瞬だった。
重厚な実戦大剣の威力が、装飾ばかりの宝剣を真っ向から叩き折る。乾いた金属音が響き、折れた刀身が夜空へと舞い散った。
「な……ッ!?」
愕然と目を見開くガルシア。その無防備な胸元へ、レオンの渾身の突きが深々と突き刺さった。
「が、はっ…………馬鹿な……この我が……もやしっ子ごときに……」
ガルシアの口から大量の血が溢れ出し、膝から崩れ落ちる。
レオンは一撃で息の根を止めたガルシアの首をその場で一刀のもとに跳ね飛ばし、掲げ持った。
「敵将、ガルシア将軍! 騎士団長レオンが、確かに討ち取ったぁぁぁーーーッ!!!」
「「「おおおおおおおーーーーーッ!!!!」」」
勝鬨が、夜のマルマラ湖を揺るがした。
◇
総大将討死の知らせは、燃え広がる火の勢い以上の速度で伝播していった。
「将軍閣下が討たれたぞーッ!」
「逃げろ! もうおしまいだ!」
指揮系統を完全に失った帝国軍は、もはや軍隊ですらなかった。
命からがら鎖を切断できた船は、本国を目指してパニックのまま脱兎の如く逃走を開始。取り残された船は次々と火に包まれ、湖底へと沈んでいった。
激しかった嵐が、まるでこの戦いの終わりを告げるかのように、嘘のように静まり返っていく。
暗雲が立ち去り、東の水平線が少しずつ白み始めていた。
朝日に照らし出されたのは、あまりにも凄絶で、そして圧倒的な勝利の光景だった。
かつて敵の手におちた要塞島。その周囲の湖面は、黒焦げになった帝国軍の魔導鉄甲船の残骸で埋め尽くされ、未だに黒煙がゆらゆらと天へ上っている。
十万の軍勢、二千隻の大艦隊は跡形もなく破砕され、オルティジアの勝利が確定したのだった。
「勝った……! 俺たちは勝ったんだ!」
「奇跡だ……! 帝国の大軍を破ったぞ!」
「聖王陛下万歳! ライン陛下万歳!!」
朝日に向かって、一千五百の兵士たちが涙を流しながら武器を掲げ、地鳴りのような勝鬨を上げる。
その熱狂の中心、旗艦の甲板の手すりに、一人の男が立ち尽くしていた。
俺――ラインである。
(うぷっ……お、終わった……? 揺れが、揺れが収まった……?)
暴風雨が去り、湖面が静まったことで、今まで緊張とアドレナリンで何とか押さえ込んでいた限界突破の胃痛と船酔いが、一気に喉元まで押し寄せてきていた。
視界が白く霞む。胃の中のものが、今にも外の世界へ飛び出そうとしている。
格好良く手すりを掴んで立ち尽くしているように見えるのは、一歩でも動いた瞬間に全開で胃の中身を撒き散らすことになるからだ。俺は限界の面持ちで白目を剥き、ひたすら上の口からの「決壊」と死闘を繰り広げていた。
だが、そんな俺の顔芸を見たレオンたちは、さらに感動を深めていた。
「おお……見よ……! この歴史的大勝利の只中にあって、歓喜に浮かれることもなく、静かに去っていった命のために祈りを捧げておられる……」
「なんと深い慈悲……なんと神聖な横顔……!」
「静かに……! 陛下の瞑想を邪魔するな!」
ちがう、祈ってない。吐き気と戦ってるだけだ。声を出すな、揺らすな、触るな。
(頼むから……頼むから誰か早く俺を陸に上げてくれぇぇぇーーーッ!!!)
朝日に照らされた伝説の英雄は、心の中で血の涙を流しながら、必死に胃を押さえ続けるのだった。
お読みいただきありがとうございました!
激闘の末、帝国軍司令官ガルシアが見事に討ち取られました!
そして夜が明け、朝日に照らし出される燃え残る帝国艦隊の残骸と、勝利に沸く一千五百の兵士たち。
まさに名画のような完璧な勝利の絵面ですが、その中心にいるライン陛下は、嵐が去って波が静まったことで気が抜け、盛大に白目を剥いて吐き気と死闘を繰り広げておりました笑
「ライン陛下の限界耐え顔が目に見える」「レオン様の勘違い神格化が極まっている」と思ってくださった方は、ぜひページ下部の★★★★★評価やブックマークで応援していただけると、執筆の凄まじい活力になります!
次回、奇襲成功の報を聞いた城のメンツの反応は――!?
どうぞお楽しみに!




