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第七話:その手を離さない

「アルテ!聞いてるか? 頼む。そいつに一生寝てろって命令してくれ。」


 俺が呆然と立ち尽くすアルテにもう一度声をかけると、アルテがハッと息を呑んだ。


「あ、うん……! 止まって! 動かないで!」


 アルテが必死に叫ぶと、レイラに照準を合わせていた魔導兵の単眼が、ピカリと蒼色に明滅してその動きを止めた。


(よし、止まった! 今のうちに……!)


 一刻も早くこの場を丸く収めたかった俺は、焦って魔導兵へ近づこうと、不用意に一歩を踏み出してしまった。それが、太古の防衛システムの逆鱗に触れるとも知らずに。


 ――ギチィッ!!!


 突如、魔導兵の単眼が禍々しい深紅へと染まる。


 アルテの静止命令は「レイラへの攻撃」に対してのみ。死角から主へと急接近する未知の動体――つまり俺は、システムにとって『最優先で排除すべき暗殺者』と判定されたのだ。


『警告。マスターヘノ接近因子ヲ確認――即時、排除シマス』


「ッ――ライン殿ッ!避けろ!!」


 レイラの鋭い叫びと同時に、魔導兵の瞳から、さっきの岩盤を塵にしたものと同等の、『光の矢』が放たれた。


「ぬぁぁあおああっ!?」


 俺は本能的に頭を抱えて地べたに転がった。

 直後、


ズブォォォンッ!!


という鼓膜を震わせる轟音と共に、俺のすぐ数センチ横の地面が、跡形もなく消滅して深いクレーターへと変わる。


「ひっ……死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ!!!」


 腰を抜かし、涙目で地面を這いつくばる俺。

 だが、その光景を見たアルテの表情は、完全に絶望へと染まっていた。


 自分の血が動かし、自分の声に従う得体の知れない古代の化け物。


 それが、自分を「守る」という名目のために、自分以外の存在を異物として、今まさに消し去ろうとしたのだ。


「いや……いやあああ! やめてぇぇぇ!!! お願いだから、もう誰も傷つけないでぇぇ!!!」


 アルテの引き裂かれるような悲鳴が、広大な地下ドームに木霊する。


 ピタリ、と魔導兵が完全に沈黙した。

 


 崩れ落ちるようにその場に泣き崩れるアルテ。その身体は、恐怖と自己嫌悪でガタガタと激しく震えている。


「これが……私の、力……? 私の力がラインを……殺そうと……」


 手にしてしまった強すぎる『暴力』への戦慄。未だ十九歳の少女が背負うには、あまりもし重すぎる業だ。


 涙で視界を滲ませ、怯える仔犬のように縮こまるアルテの元へ、俺は恐る恐る近づいた。


(こいつ……いつもは冷たい嫌味なやつだけど……ほんとは俺と大して歳の変わらない女の子なんだ。いきなりこんな事になって、不安にならないはずがない……)


 俺はガタガタ震える膝を隠すように、ポン、とアルテの銀髪の頭へと優しく手を置いた。


「おいおい、そんな顔すんなよアルテ」


「……っ、ライン? でも、私は、化け物を……」


「フッ……アルテよ……男は涙を見せぬものだぞ?」


 俺は恐怖を押し殺して精一杯の笑みを浮かべ、ここぞとばかりにキリッとした顔で語りかけた。


「……あ、お前は女の子だったな。じゃあ尚更だ。お前の美しい顔に涙は似合わないよ」


 我ながらクソ恥ずかしいセリフだったが、背に腹は代えられない。とにかくアルテを安心させるのが最優先だ。


「怖かったよな。お前が何者でも、どんな力を手に入れちまっても関係ないさ。俺が全部守ってやる。……お前は俺の……その……大事な妹なんだからな」


「――っ!!」


 アルテの真紅の瞳が、大きく見開かれた。

 この男は、私が世界を滅ぼす化け物を引き連れていても、変わらずにいてくれる。私を「大事な妹」だと笑ってくれる。


「うあ、ぁ……ライン……! 兄さん……!」


 この時、初めてアルテは俺の事を兄と呼んだんだ。


 そしてアルテは俺の胸に飛び込み、その服をギュッと掴んでわんわんと声を上げて泣きじゃくった。これまで隠していた幼い子供のような涙を、すべて吐き出すように。


「よしよし……」


 俺がアルテの背中を撫でたその瞬間。


 ジ、ジジ……と、魔導兵の単眼が再び蒼色へと戻った。


 どうやらこいつは、主であるアルテの「深い情愛と信頼」の対象を学習したらしい。俺、そしてレイラへの警戒度を完全な『友軍ホワイトリスト』へと書き換えたのだ。


 ゆっくりと、魔導兵が俺の前でも深く膝を折る。


「……ふぅ。ひとまず、最悪の事態は免れたようだな」


 レイラがホッと大きなため息をつく。


 俺もアルテをなだめつつ、ようやく正常な思考を取り戻し――そして、目の前の一千五百体の軍勢を見渡し、再び冷や汗を流した。


「……いや、全然免れてねえわ。これ、マジでどうすんだよ」


 一旦魔導兵の攻撃が止んだのはいい。


 だが、こんな「国家転覆級の超兵器」の存在が帝国の査察団に見つかった瞬間、オルティジア辺境伯領は一発でお取り潰しだろう。そしてこの兵器の鍵であるアルテは……


「……よし、アルテ、レイラ。さっきの話の続きだ」


 俺は真剣な(クソ情けない)目をして、二人に告げた。


「どうやって隠そうか……いっそこのまま領土を返納して、俺たち全員で夜逃げでもするか? 財産だけ持ってどっか遠い国でひっそり暮らすんだ……」



「……はあ?」


 レイラが呆れ果てた声を出す。


 だが、俺の服を掴んだままのアルテは、ポカンと口を開けて俺を見ていた。


 領地を捨てる。辺境伯の地位も捨てる。そんな前代未聞のクズ発言だが、それは裏を返せば、この男が「領地や地位なんてどうでもいい、お前が化け物を引き当ててしまったなら、全部捨てて一緒に逃げてやる」と言っているのと同じだった。


 ……まあ、俺の本音はただ「面倒事から全力でバックレたい」だけなのだが。


「ふっ……やっぱりラインはヘタレ……フフッ」


 アルテは涙を拭うと、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに小さく笑った。そして、俺の服の裾をもう一度きゅっと握り直す。


「でも、私は逃げない。ずっとそばにいるから、だから、ラインはちゃんと領主の仕事をする事」


まだ少し震える声でそう言うと、アルテは悪戯っぽく微笑んだ。


 サボりたいだけの新米領主の俺と、少しだけ俺の方を向いた義妹。


 こうして、オルティジア辺境伯領の、全力の『国家転覆兵器・隠蔽大作戦』の幕が開けたのだった。

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