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サボりたいだけの新米領主、全自動で名将に祭り上げられる〜領土を返納して隠居したいのに、家臣の勝手な勘違いで天下がひっくり返りそうです〜  作者: はるりん
第五章 もやしっ子の王国

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第六十八話:焦燥の軍議と、禁忌の光

時を少しだけ遡る。


 騎士団副長レイラと、居候(食客)のセシリアが、黒樹の森で巨大猪メガロボアと激闘を繰り広げていた、少し前のことである。


 オルティジア王国の浮かぶ、超巨大水域――マルマラ湖。


 その青き水平線を塗りつぶすかのように、漆黒の魔導鉄甲船が波を割り、果てしなく連なっていた。


 帝国軍ガルシア軍集団。


 総勢十万、艦船二千隻におよぶ大船団の進軍である。


 帝国の港を立った彼らは、オルティジア本島へと至る水上ルートへ瞬く間に雪崩れ込んでいた。


「魔導砲、構え――放てっ!!」


 ドンッ! ドンッ! と鼓膜を震わせる咆哮と共に、帝国の鉄甲船から無数の魔導光弾が撃ち出される。


 標的となったのは、湖上に設けられたオルティジア側の水上砦だ。


 石造りの堅牢な防壁が光弾の直撃を受けて激しく爆ぜ、水煙を上げて崩落していく。


「敵襲! 敵襲――ぎゃあああッ!?」


 防衛にあたっていたオルティジアの兵士たちが湖へと投げ出される。

 反撃の矢や魔法も放たれたが、帝国の分厚い魔導障壁の前に虚しく霧散するだけだった。


「ふははは! 脆い! 脆すぎるぞ! これが聖王とやらが統べる国の防衛線か!」


 旗艦の甲板で、帝国軍の総司令官ガルシア将軍は、立派な髭を指で弄りながら高笑いを上げていた。

 マルマラ湖に配置されたオルティジア側の水上砦は、一つ、また二つと、まるでドミノが倒れるかのようにあっけなく陥落していった。


 侵攻のスピードは、事前の軍事シミュレーションを大幅に上回っている。


「報告します、将軍! 本島領海付近に位置する最終防衛砦も先ほど陥落! 敵の組織的な反撃の気配はありません!」


「うむ。想定よりも二日も早いな。拍子抜けだ」


 ガルシアは満足げに深く頷いた。


 世間ではオルティジアの若き新王ラインが『聖王』だの『大陸最高の知将』だのと囁かれているが、蓋を開けてみればこの有様だ。


「十万の軍勢に怯えて腰が抜けたか? あるいは、すべてはただの虚名だったか。所詮は牙を抜かれたもやしっ子よな」


 完全に気を良くしたガルシアは、本島を見据えて鷹揚に腕を振った。


「よし、本島への総攻撃を前に、一度兵の疲労を抜き、陣形を整える。本日掌握したこの要塞島にて、我が軍は一旦小休止をとる! 兵站の整理を行い、全軍に祝杯の酒を振る舞え! 本島上陸は明日だ!」


「はっ! ガルシア将軍万歳!」


 歓声を上げる帝国兵たち。彼らは知らなかった。この「気を良くした小休止」こそが、のちに彼らの運命を大きく狂わせる分岐点になるということを――。



 場面は現在に戻る。


 オルティジア島東端の都市メッセ。

 城の会議室。

 部屋全体を支配していたのは、通夜の席のような重苦しい静寂と、じわじわと這い寄る絶望の気配だった。


「報告します! 第二水上砦が陥落! 敵本隊はそのまま本島領海付近へと直進中!」


「新たな報告です! 最終防衛砦との通信が途絶! 陥落した模様です!!」


 次々と飛び込んでくる斥候からの悲報に、円卓を囲む将軍たちの顔から血の気が引いていく。


「バカな……早すぎる! いくらなんでも早すぎるだろう!」


「我が軍の水上防衛線が、一日足らずで全て突破されたというのか!?」


「敵は十万の魔導艦隊だぞ! このままでは明日には本島に上陸され、王都まで一気に蹂躙される!」


 将軍たちが机を叩き、怒号と悲鳴が入り乱れる。

 そんな中、追い詰められた一人の老将が、青ざめた顔で立ち上がった。


「……もはや、手段を選んでいる状況ではない。レムから、あの戦略級魔導兵器を持ってくるしか……!」


 その言葉に、軍議室の空気が一瞬で凍りついた。


「まさか……『サジタリアス=レイ』を撃とうというのか!?」


「そうだ! あの禁忌の光であれば、マルマラ湖上の帝国艦隊を一網打尽にし、十万の軍勢ごと消し飛ばすことができる!」


 一縷の希望を見出したかのように声を荒げる老将。しかし、対面に座っていた戦術官が即座に立ち上がり、激しく机を叩いた。


「閣下! 『サジタリアス=レイ』の動力源の魔導兵が、レムの周囲500イルを超えられぬ限り、メッセにかの砲を運ぶことは不可能!」


「ええい!今使わずしていつ打つというのだ!背に腹は代えられん! レムから東に向けて最大出力で放つのだ!国が滅びれば街も領民もないのだぞ!」


「射程上のこの街ごと吹き飛ばすおつもりか!味方を犠牲にして得た勝利に何の意味がある! ライン陛下がそのような外道を許されるはずがないだろう!」


 激化する議論。破壊力は絶大だが、味方への被害があまりにも大きすぎる諸刃の剣。結局、その案は非情な現実の前に却下され、軍議室は再び深い手詰まりの絶望へと沈んでいった。


 ――全くだよ。アレを使えば、射程上にある街ごと地図から消し去る事になる。

 島の東端に移動させようにも、レムから500イル以上離れているからエネルギー源の魔導兵がマナ切れを起こして使用不能だ。

 そんな激論の様子を、上座の豪華な椅子に座ったまま、俺――ラインは完全に目が据わった状態で眺めていた。


 街ごと味方を吹き飛ばす戦術兵器とか、怖すぎてチビるわ! そんな物騒なもん絶対に起動させるんじゃないぞ!


 というか、帝国軍強すぎない? 湖の砦が全部落とされた?


 昨日「あと数日はかかる」って言ってたじゃん! なんで一日で目の前まで来てんの!? 誰だよ防衛線は完璧とか言ってた奴! 出てこいよ!

 俺の脳内はすでにパニックメーターが限界突破していたが、ここで取り乱せば「聖王」のメッキが剥がれる。必死で胃痛を堪え、ポーカーフェイスを維持する。

 すると、議論に行き詰まった将軍たち、そして騎士団長レオンの視線が、一斉に俺へと注がれた。


 その目は一様に、「この絶望的状況を覆せるのは、あなたしかいない」という狂信的な輝きを放っている。


「……やはり、我ら凡人の浅知恵ではここまで、か」


 レオンが深く嘆息し、俺の前に進み出て片膝を突いた。


「ライン陛下。……敵ガルシア軍集団は、最終防衛砦を落とした後、本島領海手前の『要塞島』にて進軍を止め、小休止に入った模様です。上陸は明朝になるかと」


 ほう、小休止。あいつらバカで助かったわ。あと半日生き延びられる。


「敵が足を止めた今こそ……陛下が最初から温めておられた、あの『真の防衛策』を発動する時かと存じます!」


「……え?」


 思わず素の声が出そうになった。


「我が国の防衛線があっけなく破られたのも、すべては敵を要塞島という『袋小路の戦場』へ誘い込むための、陛下の壮大な誘導作戦だったのですね!? 『サジタリアス=レイ』に頼るまでもない、帝国十万を葬り去る陛下のご命令を、どうか我らにお下しください!」


「神算鬼謀のライン陛下万歳!」


「さあ、ご命令を!」


 将軍たちが一斉に平伏する。

 待て待て待て待て!!!

 真の防衛策って何!? 何も考えてないよ! 誘導作戦!? ただ普通にボコボコに負けただけだろ我が軍!!


 要塞島で足止めてる今がチャンスって言われても、俺にあるのは胃薬のストックだけだわ!!


「……うむ。焦るな、全ては我が手の内にある」


 口から出たのは、自分の意思とは無関係に自動出力された、冷徹で完璧な「聖王のセリフ」だった。


(明日決戦!? 終わった……今度こそ俺の人生、完全に終わったわぁぁぁーーーッ!!!)


 全幅の信頼を寄せる部下たちの前で、俺はひたすら胃を押さえ、心の中で血の涙を流し続けるのだった。

お読みいただきありがとうございます!

マルマラ湖を埋め尽くす二千隻の大艦隊という圧倒的な絶望感……からの、安定のライン陛下の胃痛回でございました。

追い詰められた老将から飛び出した戦略級魔導兵器『サジタリアス=レイ』。破壊力が規格外すぎて味方の街ごと消し飛ばすという、完全に使いどころのないポンコツ切り札でしたね笑

ラインの「絶対に起動させるな」という心の叫びが聞こえてきそうです。

敵の進軍が要塞島で止まり、決戦まで待ったなし!

ラインは、どう生き延びるのか――!?

「サジタリアス=レイまた撃ってみてほしい」「ラインの夜逃げ計画が始まるか?」「胃薬を差し入れしたい」と思ってくださった方は、ページ下部の★★★★★評価やブックマークで応援していただけると、執筆の大きな大きな励みになります!

それでは、今夜七時もお楽しみに!

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