第六十七話:はるばる海を越えやってきよったか!
黒樹の森の最奥部。
折れた巨大な老木がドーム状に広がるその空間で、討伐隊の面々は圧倒的な気配に押し潰されそうになっていた。
地響きと共に暗がりから這い出てきたのは、一台の大型馬車ほどもある巨大な猪の魔物――メガロボア。
針山のような剛毛を逆立て、岩山すら粉砕しそうな極太の二本角をこちらに向けている。
緊迫した空気が張り詰め、兵士たちがゴクリと息を呑む中。
その大猪を見上げて、レイラが腕を組んで深く深く頷いた。
「ふむ……鎮西からはるばる海を超えやってきよったか!」
「ちょっと、レイラ様!意味わかって言ってるのそれ!?」
隣で結界魔法の詠唱に入りかけていたセシリアが、光速でツッコミを入れた。
緊迫した戦場に、どこぞの伝説の神を迎え入れるようなセリフは不謹慎極まりない。
しかし、レイラはどこ吹く風でふんぞり返る。
「よく分からんがかっこいいのだ!」
「ただ言いたかっただけじゃないの!!」
セシリアの悲鳴のようなツッコミを置き去りにして、メガロボアがブモォォォッ! と激しい咆哮を上げた。目を血走らせ、その巨体からは想像もつかない爆発的な踏み込みで突進してくる。
「おらぁぁぁっ!」
レイラが身の丈を超えるフランジメイスを構え、正面から迎え撃つ。
剛腕と猛進が激突する凄まじい大音響。
だが、メガロボアはただの猪ではなかった。
強靭な二本角を器用に交差させ、レイラの渾身の一撃をガキィィィンッ! と火花を散らしながら受け流したのだ。
「ムッ、やるな……!」
反動でレイラの身体がわずかに後退する。
勢いの止まらないメガロボアは、そのままレイラの後方に控えていた、密集体形を取る兵士たちの元へと直線的に突き進む。
「ひぃっ!? くるぞ、盾を構えろ!」
「ダメよ、まともに受けては全滅するわ!」
セシリアが叫ぶ。
メガロボアの挙動を凝視していた彼女は、その弱点を一瞬で見抜いていた。
「あの巨体よ! 直線的な動きしかできていないわ! 陣形を解きなさい! 部隊を散開して、的を絞らせない布陣をとるのよ!」
セシリアの的確な指示により、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように左右へと飛び退いた。
スカッと標的を失ったメガロボアが泥土を巻き上げて猛烈なブレーキをかける。
すれ違いざま、兵士たちが気力を振り絞って長槍を突き出したが――。
パキィィン! パキンッ!
「なっ……槍が通じない!?」
「表皮が硬すぎるぞ!」
メガロボアの針山のような厚い毛皮と鋼鉄並みの脂肪層に弾かれ、長槍が次々とへし折られていく。有効打が与えられないまま、怒り狂った大猪が再び反転し、前脚で地面を削り始めた。
「なら、私が隙を作るわ! 『聖なる光よ、我が敵の目を灼け…フラッシュ・バースト!!』」
セシリアが自ら囮となり、レイピアの先から強烈な閃光を放った。
視界を奪われたメガロボアが狂ったように暴れ、光の発生源であるセシリアめがけて突進を開始する。
「セシリア殿、ナイスだ!」
その瞬間、死角である上空から影が舞い降りた。
巨木の枝を足場に、遥か高みへと跳躍していたレイラである。
重力と落下速度をすべてその腕に乗せ、フランジメイスを両手で限界まで振りかぶる。
「おらぁぁぁッ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!!
爆弾が炸裂したかのような衝撃波が黒樹の森を震わせた。
レイラの放った一撃は、メガロボアの脳頭蓋へと正確に叩き込まれ、周囲の地面をクレーター状に陥没させた。
さしものメガロボアも、脳を直接揺らされて白目を剥き、激しい地響きと共に横転して昏倒する。
「セシリア殿、トドメだ!」
「ええ! 『聖炎破』――!!」
セシリアのレイピアから放たれた極大の浄化の炎が、倒れたメガロボアを包み込む。
断末魔の悲鳴と共に魔物は倒れ、残されたのは、上手に焼けた極上の猪肉の山だけであった。
ここに、領内を脅かしていた魔物の営巣地は完全に壊滅したのだった。
◇
魔物の主を討ち果たした討伐隊は、満身創痍(※レイラは無傷)で山間の集落へと凱旋した。
「おおお……! 本当に、本当にあの巨大猪まで倒してくださるとは……!」
村長をはじめ、村人たちが涙と鼻水を流しながら大歓声で迎えてくれた。
すぐさま集落を挙げた大勝利の宴が催され、広場には香ばしい肉の焼ける匂いが立ち込める。もちろん、メインディッシュは先ほど仕留めたメガロボアの肉だ。
「うむ! 弾力があってジューシー!美味いぞ!」
レイラが骨付き肉を両手に持ち、野生児のようにバクバクと平らげていく。
そんな中、セシリアは宴会場の片隅で、村人たちが慌ててセッティングているある物を目撃してしまった。
そこには、達筆な文字でデカデカとこう書かれていたのだ。
【レイラ様追悼式典 〜悲しみを超えて〜】
「……ちょっと村長。あれは何かしら?」
セシリアが能面のような無表情で村長を問い詰める。
「あっ!? ち、違うぞ!横断幕裏返しになっとる!」
村長がびっくりした様子で村人に怒鳴り散らした。
村人もハッと気づいて横断幕を裏返しにする。
こちらの面には、【祝・討伐完了!】と書かれている。
「い、いや、その! ワイバーンの群れに単身突撃して槍を投げたと聞きまして……てっきりもう、お亡くなりになって戻られるかと……! 葬儀の準備を先走ってしまい、大変申し訳ございません!!」
「生きとるわ!!」
セシリアの鋭い怒号が響き渡ったが、当の本人は「肉、おかわり!」と全く気にしていない様子だったので、これ以上の追及は免れたのだった。
宴は夜更けまで続き、村人たちの「ライン陛下万歳!」の声が響く。魔物の異変を察知し、的確にこの二人を派遣したラインへの評価は、またしても天を突く勢いで跳ね上がっていた。
しかし――。
ふと窓の外、遠く南の空を見つめたセシリアの表情が凍りついた。
魔物の気配は消えた。だが、その遥か先――黒樹の森の向こう側の空が、異様なほど不気味な「赤黒い硝煙の煙」で覆われているのが見えたのだ。
「……? あれは……」
その時、宴会場の扉が勢いよく撥ね開けられた。
飛び込んできたのは、顔面を蒼白にした斥候の兵士だった。
「ほ、報告します! レイラ様、セシリア様!!」
「落ち着きなさい、何事よ」
兵士は息を切らし、震える声で告げた。
「て、帝国軍ガルシア軍集団……我が軍の砦を次々と攻略し、進行中! 次の砦を落とされれば、いよいよ我がオルティジア本島の領海に入ります!!」
「なんですって……!?」
セシリアのレイピアを持つ手が微かに震えた。
魔物の処理に追われている間に、帝国の巨大な軍勢は、すでにすぐそこまで迫っていたのだ。
第65話をお読みいただきありがとうございました!
メガロボアを前にして「鎮西からはるばる〜」と言い放つレイラ様と、セシリアのお約束のツッコミ、楽しんでいただけたでしょうか笑
そしてまさかの横断幕の裏表ミス。生きているのに追悼式典の準備をされるレイラ様ですが、本人は肉に夢中でノーダメージなのが彼女らしいですね。
さて、害獣駆除が終わったのも束の間、帝国軍が湖上の砦を次々と攻略して本島領海へ迫りつつあります。
次回、ついに帝国軍十万との本格的な激突(と、ラインの胃の命日)が始まります!
「レイラ生きててよかった!」「横断幕で吹いた」「ラインの胃薬が足りない」と思ってくださった方は、ページ下部の★★★★★評価やブックマークで応援していただけると、執筆の大きな大きな励みになります!
それでは、次回の決戦もお楽しみに!




