第六十六話:飛んでいる的に槍を当てるだけだが?
キョエエエエエエエエッ――!!
鼓膜を刺す高音の咆哮とともに、上空の暗雲を突き破って降り注いだのは、激しい熱量を孕んだ火球の群れ――ワイバーンの吐き出す火炎ブレスであった。
「くっ……! 陣形を維持し、密集体形を組みなさい! サークレッド・シールド!!」
セシリアが即座にレイピアを掲げ、頭上に輝く黄金の半球状結界を展開する。
ドゴォォォンッ!
と凄まじい衝撃音が響き、結界の表面で火球が爆ぜた。防ぎ切ったものの、強烈な爆風と余熱が兵士たちの肌を灼く。
「ひぃっ!? 竜だ、ワイバーンが出たぞ!」
「落ち着け! 結界から出るな!」
パニックに陥りかける兵士たちをセシリアが鼓舞するが、空を旋回する数十匹のワイバーンは、獲物を嘲笑うかのように旋回を続けていた。
そのうちの一匹が、結界のわずかな隙間と兵士の動揺を見逃さず、死角から音もなく急降下を開始する。
「しまっ――狙われているわ! 避けて!!」
セシリアの叫びが響く。
鋭い毒爪を突き出し、兵士の首を狩り取ろうと迫るワイバーン。その速度はまさに疾風。誰もが「間に合わない」と死を覚悟した――その瞬間であった。
「ふむ! ちょっと借りるぞ!」
結界の端にいたレイラが、密集体形を取る兵士の長槍を力任せに奪い取ると、まるで道端の枝でも拾うかのようにヒョイと持ち上げた。
そして――特に狙いを定める素振りすら見せず、適当なフォームで腕を軽く振るった。
「フンッ!」
ブスッ!!
ドゴォォォォンッ!!
「……え?」
誰かが呆けたような声を漏らした。
レイラの手から放たれた一本の長槍は、音速を超えて空気を力任せに置き去りにし、紫色の衝撃波を纏って飛来。急降下していたワイバーンの喉元へ、寸分の狂いもなく深々と突き刺さっていたのだ。
槍の威力が凄まじすぎて、巨大な竜体はそのまま後方の岩山へと吹き飛び、激しい地響きとともに叩きつけられて沈黙した。
静寂が、現場を包み込む。
セシリアも、護衛の兵士たちも、息をすることすら忘れて硬直していた。
「……は? え? い、今……投槍一発で……ワイバーンを……?」
セシリアが引きつった顔でレイラを見る。
当のレイラは、兵士から「勝手に長槍を使われた」と言いたげな視線を向けられていると誤解したのか、首をちょこんと傾げた。
「ムムッ……? なにをみんな呆けているのだ? ハハハ! 飛んでる的に槍を当てるだけだぞ? できない奴がいるのか?」
言葉を失う一同。
(((できるわけねぇだろーーーッ!!!)))
兵士たちの心のツッコミが、見えない大歓声となって空へと駆け抜けた。
上空を旋回していた残りのワイバーンたちも、仲間が一瞬でただの的にされて即死した光景を目撃し、狂ったように悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていったのだった。
◇
ワイバーンの群れを追い払った討伐隊は、態勢を整えるため、一旦山間の集落へと戻っていた。
「おおお……! 討伐隊の皆様方……! あんな恐ろしい飛竜まで追い払ってくださるとは……!」
集落の村長をはじめ、村人たちが涙を流しながら大歓迎してくれた。
村長の屋敷の広間には、
【歓迎! 討伐隊御一行様】
という手作りの横断幕が掲げられ、村で採れたての野菜で作られたスープや果物がこれでもかと並べられている。
「うむ……美味い」
レイラが満面の笑みでスープを流し込み、パンを豪快に頬張る。
「いやぁ、ライン国王陛下が手配して下された討伐隊のおかげで命拾いしました」
村長が深々と頭を下げる。
「実は数日前、そこの食卓にベアモスタ(熊の魔物)が勝手に座り込みましてね……我が家の夕飯を綺麗に平らげて満足そうに帰っていったのですよ。あの時は生きた心地がしませんでした」
「……本当に座ってご飯を食べていたのね……」
セシリアが遠い目になりながら、その「熊が座っていた椅子」を見つめた。
「ですが、ライン陛下はそこまで見抜いておられたのでしょう!」
村人が興奮気味に語る。
「我が国が帝国軍の脅威に晒される直前、あえて兵をこの山間部へ派遣された……! これは我々を見捨てぬという慈悲であり、魔物の異変から帝国の謀略を見抜く神の眼! まさにライン様は『聖王』にふさわしいお方です!」
「……ええ、まったくその通りですわ(ライン、そこまで考えていたのね!)」
セシリアが感動に瞳を潤ませ、深く頷く。
(※実際のラインは『十万ってなに!?』と自室で白目を剥いて胃薬を飲んでいるだけである)
腹ごしらえを済ませたセシリアは、地図を広げて表情を引き締めた。
「補給は完了したわ。……村長、魔物たちの流出は依然として止まっていないわ。この集落の近くの黒樹の森に、大きな営巣地が作られているようね」
「はい……どうかお気をつけて。あの森は今、怪異の巣窟となっております」
「行きましょう、レイラ様。ラインに良い報告を持ち帰るために」
「うむ! ごちそうさま、村長殿! 暖かいスープ!何よりの馳走であったぞ! よし!魔物なぞさっさと片付けてライン殿のところへ帰るとしよう」
討伐隊は村人たちの歓声に送られながら、禍々しい気が漂う黒樹の森へと足を踏み入れた。
◇
黒樹の森の内部は、異様な静寂と瘴気に包まれていた。
春先特有のグリュッグ山脈のマナの乱れの影響で、住処を追われた魔物たちがこの森に集結していたのだ。
「……来るわよ!」
セシリアの警告と同時に、暗がりから無数の紅い光が浮かび上がった。
ガウゥゥゥッ!!
牙を剥き出しにして飛びかかってきたのは、俊敏な動きを誇る狼の魔物ウルフヘジンの群れ。さらには頭上の巨木から、糸と鋭い爪を繰り出す蜘蛛猿スパイダーエイプが一斉に襲いかかる。
「聖なる炎よ、敵を討て! 聖炎破!!」
セシリアのレイピアから放たれた浄化の炎が、スパイダーエイプたちを瞬時に焼き払う。
「おらぁぁぁっ!」
レイラが身の丈を超えるフランジメイスを横一文字に薙ぎ払うと、凶悪な衝撃波だけでウルフヘジンの群れがまとめて吹っ飛んでいく。
さらには、村の食卓を荒らしていたのと同種のベアモスタの群れが咆哮を上げて立ち塞がったが、レイラの一撃によって文字通り「熊の置物」のように叩き潰された。
「ふぅ……数だけは多いわね。ですが、この奥に……」
押し寄せる魔物の群れを力尽くで叩き潰しながら進むこと一時間。
討伐隊はついに、巨大な老木が折れてドーム状の空間を作り出している、森の最奥部へと到達した。
「……な、なに……この圧は……!?」
討伐隊の兵士たちがガタガタと膝を震わせ始める。
空間全体を支配していたのは、これまでの雑多な魔物たちとは根底から異なる、圧倒的な暴力の気配であった。
ズシン……ズシン……。
地響きが鳴り響く。
ドーム状の暗がりから、ゆっくりと姿を現したのは――一台の大型馬車ほどもある巨大な影であった。
針山のような剛毛を身に纏い、岩山すら粉砕しそうな極太の二本の牙。
血のように赤い目をギラつかせ、鼻孔からプシューッ! と激しい灼熱の蒸気を吹き出す、巨大な猪の魔物――メガロボア。
「これが……この営巣地を統べる主……!? 想像以上の巨体だわ……!」
セシリアが息を呑み、速攻で結界魔法の詠唱に入る。
ブギィィィィィィィ――!!
天を突くような咆哮が森を揺らし、メガロボアが前脚で激しく地面を削り始めた。
一撃で城門すら破るであろうその突進が、セシリアたち目掛けて発動しようとしていた――!
今回お読みいただきありがとうございます!
ワイバーンを投げ槍一発で撃墜し、「飛んでる的に当てるだけだが?」としれっと言い放つレイラ姉さん。
兵士たちと一緒に「できるわけねぇだろ!」とツッコミを入れていただけたら幸いです(笑)。
そして村人からの安定の「さすがライン様!」という相変わらずの過剰評価。
なお、当のラインは自室で胃薬を飲んでいるだけです。
本日夜の更新は、黒樹の森の最奥に鎮座する巨大猪メガロボアとの決戦!
果たしてセシリアとレイラは無事に害獣駆除を終えて、ラインの元へ帰ることができるのか――!?
「レイラが規格外すぎる」「次回も気になる!」「そろそろラインに美味しい猪肉を届けてあげて」と思ってくださった方は、ページ下部の★★★★★評価やブックマークをいただけると、執筆の大きな大きな活力になります!
それでは、今夜七時ももお楽しみに!




