第六十二話:高熱の神託と、防衛戦
前日の魔導温泉における過酷すぎる騒動――アルテたちの乱入、ラッキースケベの暴風雨、そして魔導炉のオーバーヒート。
連日の過剰なストレスと湯あたりが重なり、俺はついに高熱を出して倒れ伏していた。
「……うう……熱い……頭が割れるように痛い……」
自室のベッドの上で、氷嚢を額に乗せて小さくうめく。
俺の部屋のすぐ隣にある控室には、マルコ、アルテ、ギルバートが集まり、通夜のように重苦しい空気を漂わせていた。
「おお……ライン様……! 西側十二カ国を率いる身となられ、さらに魔導温泉まで新たに開拓された直後だというのに、まさかこれほどの高熱におそわれるとは……!」
マルコが目頭を拭いながら嘆く。
アルテもまた、罪悪感に苛まれたように握り拳を固めていた。
「私もちょっとラインのゴキブリ並みの生命力を過信しすぎました……。私が二人っきりでラインを癒してあげていれば今頃は……余計な邪魔が入ったばかりに……っ」
「アルテ様、今は過去を悔やんでいる場合ではございません。ライン様の全快を祈るのが先決にございます」
ギルバートが重々しく窘めるが、どれほど悔やんでも俺の熱が急に下がるわけではない。しかも最悪なことに、国家の危機というものは病人の都合など微塵も待ってはくれなかった。
バタバタバタッ!!
「報告いたします!」
軍の使者が息を切らせて部屋へ滑り込んできた。その顔は蒼白に染まっている。
「バルドゥア帝国の艦隊が集結を完了! マルマラ湖を渡り、我がオルティジアを目指して進軍を開始しました! 艦隊の巡航速度から計算し、およそ三日後には我が国最東端の狭水道へ到達いたします!」
「なに……!? バルドゥアの艦隊が出撃しただと!?」
ギルバートの顔色が一変する。
「くっ、よりによってライン様がお倒れになっているこのタイミングで……! 我がオルティジアは湖の上に浮かぶ島国。敵の船足を止められず湖上戦で突破されれば、一気に王都まで雪崩れ込まれるぞ!」
マルコが頭を抱え、苦悩の声をあげる。
「どうする……!? 王都の現有水上兵力だけでは、帝国の重装艦隊と正面から渡り合うのはあまりにも不利だ! まだ数日猶予があるとはいえ、ライン様を起こして指揮を仰ぐわけにもいかん……!」
側近たちが激しい議論を繰り広げ、焦燥感が部屋を満たしていた、その時だった。
◇
「……うぅ……あつ……あついよぉ……」
俺は高熱でうなされ、ベッドの上でゴロゴロと身悶えていた。
俺の脳内は今、四十度近い高熱による強烈な不快感と途途もない願望で満たされていた。
(あー……全身が燃えるように熱い……。もう嫌だ……。風を通したい……外の冷たい風を叩き込んでくれ……。俺は熱が下がったら、静かに庭で日向ぼっこするんだ……むにゃむにゃ……)
それは、熱にうなされた人間が抱く、支離滅裂かつ切実な冷却と静寂への欲望そのものだった。
俺は乾いた唇をかすかに動かし、うわごとを呟いた。
「……う……あつい……。水門を……全部開けろ……」
「「……ッ!?」」
マルコとギルバート、そして駆けつけていたアルテが、弾かれたように俺の枕元へ駆け寄ってきた。
「ライン!? 意識が……!?」
「……水を……外に……流し出せ……。船なんて……全部地面に……転がしておけ……。俺は……日向ぼっこ……するんだ……むにゃむにゃ……」
言い捨てるや否や、俺は再び「すやすや……」と規則正しい寝息を立て始め、深い眠りへと落ちていった。
静まり返る寝室。
マルコ、アルテ、ギルバートの三人は、息をのんで顔を見合わせた。
「……お聞きになりましたか、マルコ殿……?」
アルテの目が、怪しいほどの興奮と心酔の光でギラギラと輝き始めていた。
「あ、ああ……! 聞いた……! 聞いてしまったぞ……!」
宰相マルコの手が、ガタガタと打ち震える。
「ライン様は……高熱に苛まれ、意識すら朦朧とする極限状態でありながら、我が国の危機を察知され、我々に絶望を打破する防衛計画を授けてくださったのだ……!!」
三人の脳内では今、俺のうわごとが凄まじい精度の「神術的な戦略」へと完璧に再構築されていた。
「『水門を全部開けろ』『水を外に流し出せ』……! なんという壮大な発想だ! 湖の狭水道に張り巡らされた水門を一斉開放し、折りよく訪れる干潮の周期と合わせて、湖の水位を強制的に激減させよということだ!」
ギルバートが戦慄しながら叫ぶ。
「 ふむ…。敵艦隊が狭水道へ侵入したタイミングで一気に排水を行えば、深い水深を前提とした帝国の重装艦隊は、一瞬にして浅瀬の泥沼へと叩きつけられ、身動きが取れなくなる! つまり、戦うまでもなく敵艦隊を『座礁』させて完封する作戦……!」
アルテは、眠る俺の頭を優しく撫でながら続ける。
「それだけではありません……! ラインが日向ぼっこすると言ったのは、我々に対し貴様たちが血を流す必要すらない。余が目覚める頃には陽光の下で高みの見物を決め込めるよう、完璧に準備を整えておけという不遜なまでの絶対の自信……! フフッ。君はどこまで私たちの先を行けば気が済むのかな?」
「完璧だ……! これぞまさしく、湖上の島国という我が国の地理を最大限に活かした究極の水上迎撃システム! 水門干拓・座礁陣!! 敵の到達まであと三日……突貫工事を行えば、十分に間に合う!!」
マルコが力強く拳を握りしめた。
「すぐさま全魔導士団、および工兵隊を総動員せよ! 三日後の決戦に向け、ライン様の描かれた水門操作システムの補強と巨大な緊急排水弁の建設を開始するのだ!!」
「「ははっ!!」」
◇
それからの三日間、オルティジアの湖畔では昼夜を分かたぬ大規模な突貫工事が行われた。
魔導士たちが総出で呪文を詠唱して水門の可動部を拡張し、工兵隊が大木と鉄柱を用いて水門の緊急開放機構を補強・構築していく。
湖の地形と干潮の周期を徹底的に調べ上げ、三日後に到達する帝国艦隊がどのタイミングで水門を開けば最も効率的に水位が下がり、敵船を泥沼に沈められるかの緻密な計算が叩き出されていった。
全ては、病床で神託を下した我らが王のために。
側近も兵士も魔導士も、誰一人として疲れを見せず、目を輝かせて作業に没頭していたのだった。
◇
そして、三日後。
じっくりと体を休め、最高級の薬草を処方されたおかげで、俺の熱は完全に引いていた。
「んふぅ……すっきりしたぁ……!」
ベッドの上で大きく背伸びをし、俺は清々しい笑みを浮かべた。
「いやあ、三日もベッドでゴロゴロしてたら体調も完璧だな。熱も下がり切ったし、今日は最高の休日になりそうだぞ」
ルンルン気分でパジャマのまま窓辺へ歩み寄り、カーテンを勢いよく開けた。
「よし! 今日の予定は決まりだ! 庭に出て、優雅に日向ぼっこでもしよう! ぽかぽかの太陽の下で寝る……これこそが王様の正しい休日ってやつだよな!」
自分のささやかな贅沢計画に胸を躍らせながら、俺は着替えを始める。
その頃、外の防衛線では、帝国の先鋒艦隊の船影が、いよいよ湖の狭水道へと入ろうとしていた。
そして城のバルコニーでは、三日間の突貫工事を完了させたギルバートとアルテが、獲物を待つ鷹のような鋭い眼光で湖面を見つめていた。
「ライン様が完全にお目覚めになられた。準備は全て整ったぞ」
「ああ。ライン様に、最高の『日向ぼっこ』の舞台をお見せするのだ!」
俺が自室で呑気にボート散歩の準備を整えている裏で、俺の「寝言」によって生み出された恐ろしい防衛システムが、静かに、しかし確実に作動の瞬間を待っていた――。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
自分の寝言で恐ろしい迎撃システムが作動しているとは露知らず、呑気に着替えるラインの明日はどっちだ!?
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次のエピソードも、本日 夜7時に公開予定です! 帝国艦隊の運命をぜひ見届けてください!




