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サボりたいだけの新米領主、全自動で名将に祭り上げられる〜領土を返納して隠居したいのに、家臣の勝手な勘違いで天下がひっくり返りそうです〜  作者: はるりん
第五章 もやしっ子の王国

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第六十話:焼きたてパンは、覇王の背中

 ソリス聖導国との間に締結された、まさかの不可侵協定。


 その衝撃的なニュースは、疾風のごとく西側諸国を駆け巡った。

 教義の違い一つで他国を灰燼に帰してきたあの過激派宗教国家が、オルティジア王国に対して全面的に譲歩し、あろうことかライン王を「神の理解者」と称賛して引き下がったのだという。

 この事態に、マルマラ湖沿岸の小国や中堅国家の首脳陣は劇的な誤解を深めていた。


〜聖導国すら屈服させたオルティジア王ライン……彼こそが、肥大化を続ける東の「帝国」に対抗できる唯一の希望〜


獅子の旗の元に集え。


 …またこうして、俺のあずかり知らぬところで「対帝国西側諸国同盟」の構想が急速に持ち上がり、王都オルティジアには連日、各国の使節や国家元首が殺到することとなったのである。



「……なあアルテ。最近、城の中に見たことない服着たおじさんたちがやたら増えてない? 廊下歩くだけでビシッと敬礼されるんだけど、正直鬱陶しいんだけど」


 執務室のソファでぐったりと横たわりながら、俺は呟いた。正直息が詰まるし答礼がめんどうなのだ…。窓の外は心地よい春の日差しが注いでいるというのに。本来なら庭の芝生の上で昼寝でもしていたい時間だった。


 アルテは、書類の山から顔を上げ、感心したように深く頷いた。


「また何を言い出すの?君が何もしないとまた、押しかけてきた諸国の本気度を見極めてるって思われちゃうよ。さぁ、今日はいよいよ、西側十二カ国の代表が一堂に会する同盟準備会談だよ。フフッ…彼らもラインの威光を前に、相当にピリついているみたいだね。」


「……へー、大変そうだね」


 ラインは他人事のように呟き、天井を仰いだ。


(なんかまた大事になってるみたいだけど、適当にあしらって帰すしかないな。せっかく暖かくなってきたんだから、庭で本格的な昼寝がしたいんだ……)


しかし、ラインのそんな淡い期待は、あっさりと打ち砕かれることとなる。



 大会議室には、重苦しい緊張感が充満していた。

 集まったのは西側諸国を代表する王侯貴族や名代たち、計十二名。彼らは円卓を囲み、互いを牽制するように視線を交わしていた。


「……オルティジア王国を盟主とし、ライン閣下を同盟総帥に戴く。方向性としては異論はないな?」


「異論はない。だが問題は軍事負担の割合だ。我が国は財政がひっ迫している。拠出する兵力は抑えさせてもらいたい」


「何を虫のいいことを! 兵を出さぬなら金を出せ! 誰が主導権を握るかで同盟の結束が変わるのだぞ!」


「カネがないから兵が無いと言っておろう!そもそも、貴国に貸しつけた金の返済が…」


 各国の代表者は、同盟の必要性を理解しつつも、自国の利害を少しでも優先させようと醜い水面下の駆け引きを繰り広げていた。

 だが、彼らの本当の緊張の理由は別にあった。


(問題は……あの『聖王』ラインが、我々のような小国の集まりを同盟相手として認めてくださるかどうかだ)


(しくじれば『無能な弱小国の烏合の衆』として見捨てられる……!)


 そこへ、重々しい足音が響き、中央の扉が開いた。

 ラインが、アルテとギルバートを従えて入室してきたのだ。

 一瞬にして会議室が静まり返る。

 十二カ国の代表が一斉に起立し、ラインに対して深々と頭を下げた。

「……あ、どうも。座って座って」

 ラインは力なく手を振ると、上座の椅子に適当に腰掛けた。


 そのダルそうな態度、深々と刻まれた目の下のクマ(ただの寝不足)を見て、各国代表はゴクリと唾を呑み込んだ。


(なんという眼光……! 我々の底浅い議論など、すべてお見通しだというのか……!)


(圧倒的な覇気だ。余計な言葉を一切発さず、我々の覚悟を試しておられる……!)


代表者の一人が意を決して立ち上がり、恭しく申し出た。

「ライン陛下! 我々は陛下を総帥とし、対帝国同盟を結成したく参上いたしました! つきましては、各国の軍事負担比率、および同盟内での発言権の序列につきまして、陛下のご裁定を賜りたく――」


 そこから始まったのは、実に不毛で小難しい政治交渉だった。


「我が国は騎兵を五千出す」「ならば我が国は糧食を三割負担する」「しかし戦後の領土再編における優先権は……」


 不毛な数字と利権の殴り合いを聞かされ続けること三十分。

 ラインの脳内キャパシティは、完全に限界を突破していた。


(……うわぁ、無理。マジで無理)


ラインの額にうっすらと冷や汗が浮かぶ。


(全員目が血走ってて怖いし、軍隊出せとか金出せとか……帝国からの独立のゴタゴタがあるなかで、後ろ盾を得られるのはいい…だが!俺が盟主はありえん!なんで俺がそんな面倒くさいイベントのトップに立たなきゃならねえんだ!?何か良い手はないか……)


 同盟はまだしも、盟主だけは断らなければ。


 耐えかねたラインは、勢いよくガタッと椅子を引いて立ち上がった。

 突然の行動に、十二カ国の代表が一瞬で言葉を失い、緊張で体を硬直させる。

 ラインは心底嫌そうな、そして心の底から「どうでもいい」と思っている投げやりな顔で、集まった各国代表を見下ろした。そして、自分の平和な日常を守るための拒絶の言葉――ただの現実逃避の捨て台詞を吐き捨てた。


「えっとさ……そういう『誰が上に立つか』とか『軍隊をどう分担するか』みたいな細かい駆け引き、俺、心底どうでもいいんだよね」


「「「……ッ!?」」」


代表たちの顔色が変わる。


「そもそもこないだ独立したばっかりの新興国が盟主じゃ箔がつかないでしょ。群れるなら、頭は今まで通りルニア王国にやってもらおうよ。……俺、お腹減ったからパン食べて寝るわ。みんなも勝手に帰っていいよ」


 言い捨てるや否や、ラインは振り返りもせず、大股で会議室を足早に去っていった。

 あとに残されたのは、静まり返る会議室と、呆然と立ち尽くす各国代表たちだった。



(あー、言っちゃった。でもこれで『使えねえ奴』って思われて同盟の話も流れるでしょ。よし、厨房に行って焼きたてのパンもらって部屋で寝よう!)


 ラインが自分の部屋で念願の焼き立てのパンをかじり、優雅なティータイムを満喫していた、その裏で。


 会議室では、異次元の深読みによる歴史的変化が起きていた。


「……な、なんてことだ……」


 一人の国王が、ブルブルと震える手で自分の顔を覆った。


「我々は……我々はなんという情けない姿を晒してしまったのだ……!!」


「そうだ……! ライン陛下は、我々が目先の利害関係や『誰が上か』というちっぽけな主導権争いに終始している見苦しさを、一瞬で見抜いておられたのだ……!」


別の使節が涙を流しながら叫ぶ。


「勝手に帰っていい……! あの言葉の意味がわかるか!? 陛下率いるオルティジア一国だけでも、帝国など破砕できるという絶対的な自信! 我々の序列や兵などはながらアテにはしていないのだ!それほどの力がありながら、我々に手を差し伸べようとしてくださっていたのだ! それなのに我々は、目先の金や兵の数で醜く争っていた……!」


「『パンを食べて寝る』だと……!? あれは我々に対する怒りだ! 『くだらん泥仕合を続けるなら、私は一人で寝ている方がマシだ』という、究極の通牒なのだよ!!」


十二カ国の代表たちは、自らの浅はかさと器の小ささに激しい羞恥を覚え、その場に平伏した。

ラインの去っていった扉に向かって、誰からともなく膝を突く。


「目先の利益などどうでもいい! 我らの軍も、資金も、領土も、すべてを聖王陛下に捧げようではないか!」


「そうだ! ライン陛下に全権を委任する! 我らはただ、陛下の指し示す覇道に従う足軽となればよいのだ!!」


わずか十分後。


本来なら数ヶ月におよぶ難航が予想されていた同盟交渉は、各国の利害主張がすべて撤回されるという、前代未聞の形で妥結した。


「全加盟国の軍事指揮権および外交権を、無条件でオルティジア王ライン=フォン=オルティジア陛下に一任する」


後の世に、「マルマラ連合」と伝わる諸国同盟の誕生であった。



「ライン様!!」


 バーン! と勢いよく執務室のドアが開いた。

 パンをモグモグと噛みしめていたラインは、飛び込んできたギルバートの勢いに驚いて喉を詰まらせそうになった。


「ゴホッ、ゴホッ……な、なに? ギルバート、うるさいんだけど……」


「お見事です! お見事すぎますライン様!」


 ギルバートは感涙にむせび、俺の手を両手で強く握りしめ、バネじかけの人形みたいにブンブンと振った。


「あの強欲で利己的な西の諸国が、ライン様の一言で完全に改心いたしました! 誰が上に立つかという醜い争いを捨て、全軍の指揮権と外交権を、無条件でライン様お一人に捧げると申し出てまいりました!」


「……はい?」


 ラインの手から、食べかけのパンがぽろりと落ちた。

「名実ともに、ライン様が西側全体の総帥です! これで帝国が攻めてこようとも、西側すべての兵力がライン様の一声で動きますぞ!」


「え、いや、俺ルニア王国に任せるって言ったよね? 」


「ふふ、どこまでも謙虚なお方。あえて放任することで、彼らに覚悟を迫り、エゴを削ぎ落とさせたのですな。」


ギルバートはキラキラとした尊ぶような瞳で俺を見つめてくる。


「さあライン様! 各国の代表が、総帥となられたライン様へ誓いの礼を捧げるため、大広間でお待ちです!参りましょう!」


「……」


引きずられるように部屋を出されていくラインの頭の中は、真っ白だった。


(なんで……? 俺はただ、面倒くさい話し合いから逃げ出して、パン食べて寝たかっただけなのに……。なんで十二カ国の軍隊を背負わされてるの……?)


春の暖かい日差しが差し込む廊下で、ラインの「静かに昼寝がしたい」というささやかな夢は、またしても遥か彼方へと吹き飛ばされていくのだった。

読んでいただき、本当にありがとうございます!

「面倒だからパン食べて寝ようとした」だけなのに……

なぜか西側十二カ国の全軍指揮権を背負わされてしまったライン(笑)。

勘違い同盟結成、楽しんでいただけましたでしょうか!

現在、皆さまの応援のおかげで【毎日 朝7時 / 夜7時】の1日2回更新中!

次のエピソードも本日 夜7時に公開予定です! ぜひ楽しみにお待ちください!

【読者の皆さまへお願い】

「パンを食べて寝る発言の爆発力に草」「聖王ライン(総帥)の続きが読みたい!」と思っていただけたら、

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