第五十八話:外交は、寝て待つに限る。
「……静粛に。これより、オルティジア王国とルニア王国による『国交および通商条約・最終細目協議』を執り行います」
王宮の応接室。
前日、使者であるヴァンサン男爵が泡を吹いて屈服したという報せを受け、ルニア王国から派遣されてきた本格的な外交使節団――ベテラン官僚たちが、緊張の面持ちで着席していた。
(……あの大使を一瞬で叩き潰したという覇王ライン。底知れぬ覇気だ…。一体どのような外交術と策略を仕掛けてくるつもりだ……っ!?)
ルニア側の使節団長である全権大使は、冷や汗を流しながら対面に座る若き国王――ライン・オルティジアを盗み見た。
当のラインはというと。
(だめだ。……眠い……。死ぬほど眠い……。昨日一日中復興作業で穴掘りしてたから身体バキバキだし、早くベッドで爆睡したいよぉ……。この後対帝国の作戦会議もあるのに、なんでこんな小難しい書類の読み合わせに付き合わなきゃいけないんだ……)
ラインの頭の中は、「早く終わらせて寝たい」という欲求100%で満たされていた。
しかし、目を細めてあくびを必死に噛み殺しているその姿は、ルニア側には相手を鋭く品定めする、冷徹な覇王の眼光に映っていたのである。
◇
「で、では……まず我が国からの特産品であるワインと絹織物の関税についてですが……15%でいかがでしょう?」
ルニア使節団長が恐る恐る提案した。
ラインは思考を完全に放棄し、うざったそうに手をひらひらと振った。
「あー……関税? 数字の計算とか面倒だからゼロでいいよ」
「「「なっ……!?!?」」」
ルニア外交団の間に、激震が走った。
(ぜ……ゼロ?無税だと……!? 我が国の主要特産品を無税で自国へ流入させ……市場をルニア製品で溢れさせた上で、オルティジアの圧倒的な購買力と新特産品で我が国の経済を『逆侵食』し、経済的従属に追い込むつもりかっ!? なんという恐ろしい無税攻勢!!)
「つ、続いて……! マルマラ湖の共同パトロールと、我が国の軍艦の補給港使用権についてでございますが――」
俺はあくびを噛み殺しながら答える。
「うーん……。うちにはすでに湖上警備隊がいるからさ。君たちの船は来なくていいよ。パトロールも補給も全部うちでやるから、君たちは何もしなくていいよ」
(((ひぇぇぇぇぇっっっ!!??)))
ルニア側の官僚たちがガタガタと震え上がった。
(お前たちの軍隊など我が領土に一歩も足を踏み入れさせない。湖の制水権は渡さないという……圧倒的な拒絶と強烈な主権主張……! 我が国の軍事的介入の余地を、一言で完封してみせた……っ!!)
俺としては「チッカーバたちに任せておけば俺が何もしなくていいから楽」という省エネ思考だったのだが、ルニアの大使の顔色を見るに、またとんでもない誤解が生じているようだ…。
◇
議論開始から三十分。
睡魔の限界を迎えたラインは、ついに辛抱たまらなくなった。
(あーもう! 頭がフワフワして目が開かない! 限界! 離脱!!)
「ねえ」
ラインはガタッと椅子を引いて立ち上がった。
「細かい条文のすり合わせとか、俺本当によく分からないからさ。あとは全部シャルロッテとギルバートに任せるね。二人がいいねって言ったやつに後でハンコ押すからさ。じゃ、俺はこれで失礼するよ!」
「あ、ライン様!?」
「失礼いたします〜」
ラインはひらひらと手を振りながら、さっさと応接室を後にして自室へと消えていった。
残されたルニア外交団は、あまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。
(じ……自分の代弁者として、経済の怪物シャルロッテ商会の長と、智将ギルバートを配置し、自らは超然と立ち去っただと……!?)
(貴様ら小物の小細工など、我が手下だけで捻り潰せるという……圧倒的余裕と格の違いの見せつけ……っ!!)
交渉テーブルに残されたシャルロッテが極上の微笑みを浮かべ、ギルバートが冷徹な眼光で書類をめくる。
「さて、ルニア王国の皆様。我が王ライン陛下から全権を委任されましたわ。……我が国に不利益な条文、すべて書き直させていただきますわね♪」
「はいっっっ! シャルロッテ様のおっしゃる通りにさせていただきます! 完全対等、かつ最恵国待遇の条件で全面的に調印いたしますぅぅぅっ!!」
ルニア外交団は恐怖のあまり、オルティジア側に圧倒的有利な条約書に泣きながら一瞬でサインを叩きつけたのだった。
◇
「……ふぁぁぁ、よく寝た〜〜っ!!」
夕方。たっぷり昼寝をしてスッキリと目を覚ましたラインが執務室へ向かうと、そこではギルバートたちが晴れやかな顔で待っていた。
「ライン様! お見事な『退席の戦術』でございました!」
「え?」
「ライン様が超然と席を立たれたことで、ルニア外交団は完全に意気消沈! 我が国に圧倒的優位な永久不可侵・最恵国待遇・自由貿易条約が完璧に締結されました!」
(えっ? 俺、ただ眠すぎて寝に行っただけなんだけど……)
「お兄ちゃん! シャルロッテさんたちがルニアから美味しいお酒と果物も、すっごく安く買えるようにしてくれたんだよ!」
ニナも嬉しそうに果物のカゴを抱えている。
(……まあ、なんかめちゃくちゃ有利になったなら結果オーライか!)
ラインは呆れつつも、ニッと笑みを浮かべた。
西側諸国の中心であるルニア王国との国交が樹立したことで、背後の憂いは完全にゼロとなった。これで心置きなく、全戦力を帝国へ集中できる。
「ライン様」
元帝国の刺客のルークが進み出た。
「ガルシア将軍の要塞の配置図と、警備の穴を特定いたしました」
「よし……!」
ラインは立ち上がり、側近たちを見渡した。瞳には、前話で刻まれた「王としての強い覚悟」が宿っている。
「西側の安全は確保された。……それじゃあみんな、俺たちの街を荒らしてくれたガルシア将軍に、きっちり落とし前をつけさせに行こうか!」
「「「「おー――っ!!!!」」」」
自慢の勘違い外交で安全を確保したオルティジア王国。
いよいよ、放火の黒幕・ガルシア将軍率いる帝国軍への「倍返しの反撃戦」が幕を開ける!
読んでいただき、本当にありがとうございます!
「ただ眠かっただけなのに、なぜか完璧な外交が成立してしまった……」
ラインの自爆外交、楽しんでいただけましたでしょうか!
次回、いよいよ町を襲ったガルシア将軍率いる帝国軍への反撃戦がスタートします!
現在、皆さまの応援のおかげで【毎日 朝7時 / 夜7時】の1日2回更新中!
次のエピソードも本日夜7時に公開予定です! ぜひ楽しみにお待ちください!




