第五十七話:復興への第一歩と、無礼な足音
「……なぁ、アルテ。やっぱり『落とし前をつけさせてやる』とか言ったの、ナシにできないかな……?」
翌朝。執務室の豪華な椅子の上で、俺は、頭を抱えて机に突っ伏していた。
「……は?」
書類を整理していたアルテの手がピタリと止まる。その氷のように冷ややかな視線が突き刺さるが、今の俺にはそれを気に病む余裕すらない。
「いや、だってさ! 昨日の夜は雰囲気に呑まれて勢いで『倍にして作り直す』とか『帝国に落とし前をつける』とか大口叩いちゃったけどさぁ! 相手は帝国だよ!? 怒らせたら本気で大軍が攻めてくるじゃん! 俺、戦争なんて無理無理無理!」
「……ライン」
「覚悟? 覚悟なら一晩寝たら綺麗さっぱり消えちゃったよ! むしろ今は『なんであんな恥ずかしいセリフ言っちゃったんだろ……』って冷や汗が止まらないんだよ! あーっ、昨日の自分を全力で殴り倒したい……っ!」
頭をぐしゃぐしゃと掻きむしり、情けなくジタバタと足をバタつかせる。
昨夜のあの澄んだ瞳や鋭い光はどこへやら。そこにいるのは、己の威勢の良い発言に後悔しきりな、いつものヘタレ領主だった。
「……はぁ。期待した私がバカだった」
アルテが心底深々と、重苦しいため息を吐く。
「でもね、ライン。残念だけど、もう遅いんだよ」
「え? なにが?」
「昨夜のラインの『決意のお言葉』、すでに城下で噂になってるからね」
「……はい?」
「ギルバート卿やレオン卿が感極まって『我が王が真の覚悟をお決めになられた!』って領民や職人たちに言い広めたんだよ。もう街全体が『ライン様のために帝国を返り討ちにしてやる!』って今までにないくらい血気盛んに盛り上がってるよ」
「……嘘でしょ?」
バッと窓に駆け寄り、外を見下ろす。
そこには、昨夜の火災のショックから立ち直るどころか、「ライン様のお言葉に応えるぞーっ!」「倍にして作り直して、帝国に目に物見せてやるーっ!」と、拳を突き上げて盛り上がる大勢の領民たちの姿があった。
「…ね?」
「そんな……俺、ただ静かに自動化してダラダラ暮らしたかっただけなのに……ッ!」
「ダメ。いい加減諦めて手伝ってきなよ。」
退路を完全に断たれた俺は、膝から崩れ落ち、執務室の床で絶望に打ちひしがれるのだった。
――だが、そんな感動的な光景をぶち壊すように、ギラギラとした黄金で飾られた豪奢な帆船が、レムの港に近づいてくるのが見える。
「ハッ! 帝国から独立したばかりの辺境領主と聞いて来てみれば……焼き払われた惨状の最中で、自ら土いじりとはな。」
帆船から降り立ったのは、着飾った肥満体の男――西の隣国・ルニア王国から派遣された大使、ヴァンサン男爵だった。
彼はハンカチで鼻を覆いながら、蔑むような視線で俺を見下ろした。
◇
王宮の応接室。
ヴァンサン大使はソファに深く腰掛け、足を組んだまま不遜な態度で茶を啜っていた。
「直球で言おう、ライン・オルティジア殿。我がルニア王国は、西側諸国を束ねる大国である。弱小な貴国と『対等な貿易』など、最初からあり得んのだよ」
「へぇ……対等じゃない、ね」
俺は長机の奥で静かに腕を組み、ヴァンサンを見据えた。
ヴァンサンはニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべ、羊皮紙の文書を卓上に放り投げた。
「我がルニア王国が貴国を『保護』してやる代わりに、提出する条件は以下の三点だ」
1.マルマラ湖を通る水上貿易の利益の『7割』をルニア王国へ納入すること。
2.マルマラ湖の警備権および臨検権をルニア国軍へ全面的に委譲すること。
3.オルティジア領内にルニア王国の軍駐屯地を設置すること。
「断ればどうなるか、分かっているな?」
ヴァンサンは顔を近づけ、脅すように声を低くした。
「西側諸国の交易路を全て封鎖し、経済的に貴国を干上がらせてやる。独立したばかりで火災まで起こした貧乏領地だ。我が国の軍門に降るしか生き残る道はないのだよ!」
ギルバートの目にあからさまな殺気が宿り、控えていたレイラの手がメイスの柄へと伸びる。
――しかし。俺はすっと手を挙げ、側近たちの怒りを制した。
◇
「7割……? 冗談は顔だけにしてくれよ、大使」
冷ややかな声。
いつものフニャフニャしたもやしっ子の空気は、そこには微塵もなかった。
「……なっ!?」
ヴァンサンが言葉を詰まらせた。
前日の惨劇を経て、俺の中で「覚悟」はすでに決まっていた。
これ以上の舐めた真似も、仲間や領民を脅かす存在も、一切容赦するつもりはない。俺の瞳に宿る、氷のように冷たく研ぎ澄まされた光がヴァンサンを射抜く。
「ルニア王国が大国? 結構じゃないか。だが、マルマラ湖の制水権と水上警備隊を握っているのは我が国だ。君たちが東側の物資や特産品を欲しがるなら、このマルマラ湖を通る以外の選択肢はない。貴卿ら西側の国々が幾万の大軍で押し寄せても、我がオルティジアより東へは一兵たりとも通せていない…まさかルニアはこの事実忘れたわけではあるまいな?」
「く……っ! だが、我が国が関所を閉じれば――」
「閉じればいいさ」
俺は冷たく言い放った。
「困るのは西側の商人たちだ。現に、シャルロッテ商会を通じてルニア国内の主要商人たちとはすでにラインが出来上がっている」
控えていたシャルロッテが、艶やかな狐耳を揺らしながら極上の微笑みを向けた。
「ええ、ヴァンサン様。もし我が国との貿易を拒絶されるのでしたら……貴国の王都でオルティジア製品の流通を止めることも可能ですのよ? 困るのはどちらかしら?」
「ひ、ヒィっ……!?」
さらに、俺は椅子から立ち上がり、ヴァンサンへと一歩踏み出した。
「復興現場を見ただろ? 燃やされても我が国の領民の心は折れていない。一度の事故や火災につけ込めると思うなよ。オルティジアは……君たちが思うほど安くはない」
【ゴォッ……!!】
俺の覚悟に呼応するように、背後のセシリアから凄まじい剣気が放たれ、ギルバートの魔力が部屋の空気を重く押し潰す。
今まで「適当な省エネ」で隠れていた俺の存在感が、周囲の側近たちの威圧と重なり合い、「真なる絶対者」の威厳となってヴァンサンに襲いかかった!
「ひやぁぁぁぁぁっっっ!???」
ヴァンサンはソファから転げ落ち、顔面を蒼白にしてガタガタと震え出した。
「わ、分かりましたぁぁぁっ! 5対5! 完全に対等な利益配分の貿易条約を結ばせていただきます! 命だけは! 命だけはお許しをぉぉぉっ!!」
男爵は泣き叫びながら、差し出された条約書に震える手でサインを叩きつけたのだった。
◇
「……ふぅーーーーーっ!!」
逃げるように船で去っていったヴァンサン大使を見送り、俺は深く深く息を吐き出した。
(ひえぇぇぇ〜〜!! めっちゃ威張ってみたけど死ぬほど緊張したぁぁぁっ! 胃が千切れるかと思ったわ!!)
心の中で悲鳴を上げる俺だったが、周囲の眼差しは尊敬の念で満ち溢れていた。
「見事なご貫禄でした、ライン様……! まさに『覚悟を決められた王』の圧倒的な覇気……っ!」
「ええ、あの高飛車な大使が一瞬で泡を吹いて屈服しましたわ!」
(いや、ハッタリとハッタリを重ねただけなんだけどね!?)
俺が心の中でツッコミを入れていた、その時である。
バァン!!
「ライン様! 朗報にございますっ!!」
執務室のドアを開けて飛び込んできたのは、改心し、オルティジアの密偵となった刺客ルークだった。
彼は額に汗を浮かべながら、膝をついて報告する。
「特区への放火事件の捜査および、帝国内の旧知への接触により……あの惨事を引き起こした黒幕の正体を突き止めました!」
「黒幕……!」
俺の表情が一変した。ルークは力強く頷く。
「帝国主戦派の将軍ガルシア将軍です! 奴は現在、帝国領のマルマラ湖近くの要塞に潜伏し、『オルティジアへの大規模襲撃計画』を企てております!」
「ガルシアか……」
俺はゆっくりと立ち上がり、拳を固く握りしめた。ニナたちの涙、焦げた特産品、怪我をした領民たちの顔が脳裏をよぎる。
(やられっぱなしで終わるつもりは、最初からない……!)
俺は不敵な笑みを浮かべ、ギルバート、レオン、ドレイクたちを見渡した。
「みんな、準備はいいな? ……俺たちの国を荒らしたツケを、倍にして払わせてやろう!」
「「「「おー――っ!!!』」」」
やられっぱなしはここまでだ。
オルティジア王国の、帝国への「怒涛の反撃」が、今ここに幕を開ける――!
今回は読んでいただきありがとうございました♪
このお話は毎週金曜日18時の更新を予定しておりますが、皆さまの応援のおかげで、執筆速度が上がっております!
ヘタレのライン共々、またのお越しをお待ちしております
このお話が気に入っていただけたら、ブックマーク、★で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
今後とも宜しくお願いします!




