第五十六話:刺客の改心は、失敗の味がする
「……くそっ、殺せ! 口など割らんぞ!」
「なんだ?帝国ではくっころが流行ってるのか?難しい事は私にはわかんが、それはお前みないなむさ苦しいオッさんの言っていいセリフじゃないぞ!」
翌朝、地下の取調べ室。
前夜、謎の重圧で自滅して捕まった帝国の刺客は、縛り上げられたままギラついた目で叫んでいた。
だが、調べ官のレイラの表情は、拍子抜けするほど穏やかだった。
「まあそう力むな。腹が減っては取り調べもできん。これはライン殿からの差し入れだ」
出されたのは、湯気が立つ温かい海鮮粥と、甘いぎんかんようかんだった。
「ふ、ふん! 毒殺のつもりか……んぐっ!? う、う美味い……!?」
空腹に耐えかねて一口食した刺客は、あまりの美味さに涙を流した。
その後、街の視察に連れ出された刺客が目にしたのは、帝国のプロパガンダとは全く異なる光景だった。
市場の店主も、農家の老婆も、子供たちも、誰もが笑顔で「ライン様のおかげで毎日がお祭りみたいだ」「あんな優しいお殿様は他にいない」と口々にラインを称えていたのだ。
「な……なんだこの街は……!? 帝国では悪魔の暴君と教えられていたのに、ここでは神のように慕われている……! 俺が仕えていた帝国こそが、民を苦しめる悪だったというのか……っ!?」
刺客は路上で膝をつき、おいおいと泣き崩れた。
「改心します! 俺を……俺をライン陛下の末端の配下にしてくださいぃぃっ!!」
「ふはは! 分かるぞその気持ち! お前も…社会の犠牲者だったんだな…さぁ、食え!」
レイラが刺客の肩を叩き、刺客は涙を流しながら海鮮粥を掻き込むのだった。
◇
「いやー、刺客まで勝手に改心して仲間になっちゃうなんてさ! 俺ってやっぱり何やっても上手くいく天才かも!」
執務室で足組みをしながら、俺――ライン・オルティジアはドヤ顔で鼻歌を歌っていた。
湖賊のチッカーバも、帝国からの刺客さえも仲間になり、内政も順風満帆。このままいけば、俺の理想である「完全自動化・お飾り国王ライフ」の完成は目の前だ。
そこへ、内政官のマルコが慌ただしく入ってきた。
「閣下、少々問題が。オルティジア経済特区の建設現場付近に、帝国側から貧しい難民や流民が数百人単位で押し寄せてきております」
「難民?」
側にいたギルバートが険しい顔で進み出る。
「ライン様、慎重になるべきです。帝国主戦派の工作員が紛れ込んでいる恐れがあります。入国を制限し、一人残らず厳重な取り調べを行うべきかと」
だが、連戦連勝で完全に調子に乗っていた俺は、手でひらひらとそれを制してしまった。
「いやいや、考えすぎだってギルバート! 困ってる人を追い返すなんて寝覚めが悪いよ。温かいご飯と羊羹でもあげてさ、特区の建設作業員として雇えば人手不足も解決するし、みんなハッピーじゃん!」
(ふふん、これで労働力も確保できて一石二鳥!俺ってば、どこまでも慈悲深くて賢いなぁ!)
省エネと善意100%の軽薄な思いつき。
俺のその「甘い判断」が、最悪の惨事を引き起こすとは知らずに――。
◇
――数日後、深夜。
ガンガンガンガンッ!!
突如、城下町に響き渡った警鐘の音で、俺は跳ね起きた。
窓の外を見ると、建設中の経済特区、ヴェルダの方角が、血のように禍々しい赤に染まっていた。
「な……なんだあれ……!?」
現場へ駆けつけた俺の目に飛び込んできたのは、絶望的な光景だった。
「消せーっ! 水を持ってこい!!」
「職人さんたちが中にいるぞ! 助け出せ!!」
ニナや職人たちが経済特区で手塩にかけて作っていた大型温泉施設と、完成間近だった巨大貿易倉庫が、激しい炎に包まれていた。
難民の中に潜入していた帝国主戦派の工作員が、深夜に放火したのだ。
「あ……あぁ……っ」
崩れ落ちる焦げた柱。
明日出荷されるはずだった羊羹や特産品が黒焦げになり、現場の領民や職人数名が、ヤケドを負って苦しそうにうめいている。
「お兄ちゃん……っ!」
煤で顔を汚したニナが、泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「ニナたちが……一生懸命作ったかまぼこも、羊羹も……全部、燃えちゃった……っ」
「ニナ……」
言葉が出なかった。
胸が、握りつぶされるように痛い。
放火犯の工作員は警備隊によってその場で取り押さえられたが、失われたものはあまりにも大きかった。
◇
「……申し訳ございません、ライン様。私の警備が行き届かず……」
警備隊の隊長が悔しそうに頭を垂れる。
ギルバートは静かに、そして重々しく俺を見つめて言った。
「……だから申し上げたのです、ライン様。善意や楽観だけで国は守れません。王の甘さは、時に刃となって、守るべき領民の身を切り刻むのです」
「っ……!!」
ギルバートの言葉が、グサリと胸に突き刺さった。
そうだ。全部、俺のせいだ。
「何をやっても上手くいく」と調子に乗り、楽をしたいがために危険の可能性から目を背け、適当な判断で難民を受け入れた……俺の軽率さが、ニナたちの努力を灰にし、領民に怪我を負わせたのだ。
今まで周りの勘違いと運の良さだけで乗り切ってきた俺にとって、これが人生で初めての明確な敗北と挫折だった。
「……ごめん」
俺は、拳を血が滲むほど強く握りしめた。
「ごめんニナ。ごめん、みんな……。俺が甘かった。俺が……無能なバカだったから……!」
情けなくて、悔しくて、涙が零れそうになる。そんな俺の手を、煤けた小さな手が優しく包み込んだ。
「お兄ちゃん……」
ニナが、涙を拭って微笑んでいた。
「ニナはね、お兄ちゃんの優しいところが大好きだよ。……でも、次からはもっとニナたちを頼って。一人で勝手に決めないで、一緒に戦わせて」
「ライン様」
アルテも、レイラも、ギルバートも、全員が温かく、だが力強い眼差しを俺に向けていた。
「一度の失敗で挫けるあなた様ではないはずです。ここからどう立ち上がるか……それこそが、我が王の真価」
「……あぁ」
俺は深く息を吐き、顔を上げた。
胸の中の「楽したい」「逃げたい」という甘えが、完全に消え去っていた。
(もう二度と……俺の甘さで、大切な仲間や領民を傷つけさせない……!)
瞳に宿る、今までになく鋭く澄んだ光。
「適当な領主」だったライン・オルティジアが、真の意味で王としての覚悟を胸に刻んだ瞬間だった。
「壊されたものは、倍にして作り直す。……そして、俺たちを舐めた帝国には、きっちり落とし前をつけさせてやる!」
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