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サボりたいだけの新米領主、全自動で名将に祭り上げられる〜領土を返納して隠居したいのに、家臣の勝手な勘違いで天下がひっくり返りそうです〜  作者: はるりん
第五章 もやしっ子の王国

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第五十四話:公爵令嬢の葛藤と、真なる王国

「……これが、ヘタレのラインが造り上げつつある国……」


 活気あふれる城下町の目抜き通り。


 白銀の甲冑に身を包んだセシリア=フォン=アルテンブルクは、胸元で手を組みながら、行き交う人々の笑顔を見つめていた。


 オルティジア経済特区の発足が発表されてから、街の空気は一変していた。

 マルマラ湖から運ばれた新鮮な魚介が並ぶ市場。魔導兵の排熱を利用した新しい公共浴場や菓子工房。

 そして、西側諸国からやってきた商人たちが目を見輝かせて買い求めるぎんかんようかん。

領民たちの顔には、かつて帝国の重税と西側諸国との戦争リスクに怯えていた暗い影など微塵もない。

 誰もが誇りと希望に満ち溢れ、楽しそうに笑い合っていた。


(……私は、帝国宰相、アルテンブルク公爵家の娘……)


セシリアはふっと目を伏せ、胸の奥に燻る複雑な痛みに唇を噛む。


(本来ならば、私はこの地を鎮圧し、帝国に捧げる側の人間だった。……それなのに、今はラインのところに居候している。この国の眩しいほどの輝きを知れば知るほど……血と権力闘争に塗れた帝国という国家の歪みに、絶望してしまう……)


 父であるアルテンブルク公爵は、帝国の主戦派の暴走を止められず、絶えず立場を追われ、疲弊しているはずだ。


(私は……実家を捨て、帝国を裏切り、このままラインの騎士として生きるべきなのか……? それとも……)


 己の立場の狭間で揺れ動くセシリア。

 重い足取りのまま、彼女は主君の待つ執務室へと向かうのだった。



「はぁ〜……書類多すぎ。もう指が動かないよセシリアぁ……」


 執務室のドアを開けると、そこには案の定、デスクに突っ伏してフニャフニャになっているラインの姿があった。


「ライン……全くあんたって人は……国家元首になったって自覚はないわけ?」


 セシリアは凛とした立ち振る舞いに戻り、呆れ顔で吐き捨てる。


「お疲れセシリア〜。あ、ニナが淹れてくれたお茶と羊羹あるから食べなよ」


「ちょっと、今羊羹の話はしてないでしょ? ……まぁ、頂くけど」


 差し出された温かいお茶と、ツヤツヤと輝く羊羹を一口いただく。

 口内に広がる澄んだ甘みに、セシリアの強張っていた心がふっと解けていく。


「あーあ、経済特区ができたらさぁ」


 ラインはお茶を啜りながら、天を仰いでぼやいた。


「帝国の人たちも観光に来ればいいのにね。セシリアの実家の公爵家の人たちとかさ。美味しい羊羹食べて、あったかい風呂に入ったら、戦うの馬鹿らしくなってさ……戦争やめてくれないかなぁ。絶対その方が楽なのに」



(((っ……!?)))



 ラインの何気ない独り言。

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、セシリアの全身に雷が落ちたような衝撃が走った。


「ラ、ライン……今、なんて言った……?」


「ん? いや、『セシリアの実家に手紙と一緒に羊羹の特級詰め合わせでも送っといてよ』って言ったの。『温泉もあるから遊びに来てね』って書いてさ。親族経由で『もう攻めてこないで~』って言ってもらえれば平和でしょ?」


セシリアの実家である帝国宰相経由で帝国を抑えてくれないかな――という、ラインの他力本願な保身思考。


だが――セシリアの脳内では、それが悪魔的かつ至高の戦略へと変換されていた。



(……な、なんという恐ろしい……! なんという壮大な深謀遠慮……っ!!)


セシリアは青ざめ、ガタガタと体を震わせた。


(観光に来い……羊羹と温泉を送る……! すなわちそれは『圧倒的な豊かさと、新時代の至高の文化』を我が帝国に見せつけるということ……!

我がアルテンブルク公爵家は、主戦派の無謀な戦争政策によって領地が疲弊し、切迫している……! そこへラインが『莫大な経済的利益』と『至福のスイーツ』を提示すれば……父上は、もはや主戦派の皇帝などに見切りをつけ、オルティジア側へ鞍替えせざるを得ない……っ!)


セシリアの脳裏に、ラインの「本当の狙い」が鮮明に浮かび上がる!


(そうか……ラインは、最初から戦争で血を流すことなど考えてないのよ……! 我が実家・公爵家を味方に引き入れることで、帝国本土の権力構造を内側から解体し、無血で帝国を降伏させるつもりなのね……!!)


「っ……!!」


鳥肌が止まらない。

自分が「実家とラインの狭間」で苦しんでいたことすら、この偉大な主君はすべて見抜き、実家ごと救い出す道を提示してくださったのだ!


「セシリア……? 顔色悪いけど、大丈夫?」


ポカンとするラインの前で、セシリアは感涙の涙を流しながら、バサァッ! と鎧を鳴らしてその場に片膝をついた。


「……承知いたしました、ライン陛下……」


「えっ、急に陛下?」


「このセシリア=フォン=アルテンブルク! 我が父、アルテンブルク公爵へ、全身全霊を込めた手紙をしたためます! 『落ち目の帝国を捨て、真の王・ライン陛下へ恭順せよ!』と……!」


「ええぇ!? なんでそうなるんだよ!」


「ご謙遜をお止めください! ライン様のために、我が公爵家の全財産と軍勢を動かしてみせます!!」


メラメラと青い炎のような忠誠心を燃やすセシリア。

ラインの「楽したい世間話」は、帝国宰相を巻き込む政治的大嵐へと発展しようとしていた。



「……はぁ、セシリアも張り切りすぎなんだよなぁ……」


 夕暮れ時。


 執務室を飛び出していったセシリアを見送り、ラインは疲れ果てたように背もたれへ深く身を沈めた。


(まあいいか……羊羹送って、お父さんが『観光行きたいから戦争やめよう』ってなってくれれば万々歳だしな……)


能天気にそんなことを考えながら、ラインは窓の外の美しい夕焼けを眺めていた。


――だが。


その賑やかな城下町の雑踏の中に、人知れず潜む異物が存在していた。

深々とフードを被り、陰から領主館を見上げる一人の男。


その身に纏う気配は、極限まで消されている。


「……ふふふ。ライン・オルティジア。領民から信望を集める『若き聖王』か……」


男は袖口から、毒の塗られた黒い短剣をチラリと覗かせ、獰猛な笑みを浮かべた。


「もはや貴様は特A級の脅威。その首……貰い受ける」


 彼は帝国中央が解き放った、超一流の暗殺者。

 平和な活気に包まれるオルティジアに、静かに、だが確実に殺意の刃が迫っていた――!

今回は読んでいただきありがとうございました♪

このお話は毎週金曜日18時の更新を予定しておりますが、皆さまの応援のおかげで、執筆速度が上がっております!

ヘタレのライン共々、またのお越しをお待ちしております

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今後とも宜しくお願いします!

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