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第五話:智の遺産は、覚醒し牙を剥く

「――で、シャルロッテ会長。そんなに胸を押し付けられても俺がドキドキするだけなので、単刀直入にビジネスの話をしましょう」


「……おや?」


 俺がニナの後ろから恐る恐る、しかし真面目な顔で切り出すと、シャルロッテは意外そうに狐耳をぴくりと動かした。


 俺は童貞……だが、生き残るため、帝国の退屈な経済学の講義データだって脳内に叩き込んである。保身のためなら、この肉食女狐に「美味しい餌」を掴ませて黙らせるのが最善手だ。


「レム特産の岩塩の交易権ですが……シャルロッテ商会が狙っているのは、西側諸国連合への『独占売買権』ですよね? なら、エスカンテ商会が握る東方の帝国側の交易ルートと、完全に棲み分け(シェア)を提案します」


「ちょっと、お兄ちゃん!? ウチの家の縄張りをこの女狐に譲るの!?」


「待てニナ。ただ譲るんじゃない。シャルロッテ商会には、西側の物流網を使って、ある『対価』を支払ってもらう」


 俺はシャルロッテをまっすぐ見据えた。


「シャルロッテ会長。あんたの商会が各国に張り巡らせた密偵網と交易ルートを使って、西側諸国と帝国の最新の動きを、逐一俺に教えてほしい。……有益な情報を持ってくるたびに、岩塩の減税と、先代が西側連合の要人と結んでいた『中立地帯での非公式貿易権』を一部融通してあげましょう。……どうです?」


 要するに、面倒な情報収集をこの女狐に丸投げし、俺は一番安全な場所でリスクを察知したいだけだ。


 シャルロッテは細い煙管を指先で弄び、琥珀色の瞳を妖しく細めた。


「……なるほど。エスカンテを潰さず共存させ、私の網をそのまま自分の『目と耳』にする、か。……ふふ、あははは! 面白いじゃないか! ただの可愛い坊やかと思えば、随分と冷徹で合理的な取引を仕掛けるねえ!」


 女狐は完全に「ラインは自分の利益のために、二大商会を手のひらで転がして情報網を構築した」と勘違いし、愉快そうに尻尾を大きく振った。


「いいだろう、その取引、乗ったさね。これからは坊やのために、極上の情報を集めてあげよう。……よろしくね、私の可愛い領主様?」

 シャルロッテは満足げにウィンクすると、艶然と微笑んで部屋を去っていった。


 なんとか壊滅的な経済戦争を回避し、俺が胸を撫で下ろした――その時。

 ――地鳴りのような振動が、足元から突き上げてきた。



「な、何!? 地震!?」


「ううん、違う! これ、地下の掘削現場の方からだよ、お兄ちゃん!」


 ニナの言葉に血の気が引く。まさか、あの凸凹コンビが何かやらかしたのか!?


「ニナ、お前はここで待ってろ!ちょっと行ってくる!!」


「え、ちょっとお兄ちゃん!」


 俺はニナを執務室に残し、急いで地下水路の最深部へと駆け下りた。


 松明の明かりが灯る地下の最奥。そこには、破壊された天蓋ベッド並みに粉々に歪んだメイスを杖代わりに、肩で息をするレイラと、不満げに出納帳を抱えるアルテがいた。


「レイラ、アルテ! 無事か!? 今の振動はなんだ!」


「ムッ!?ライン殿か!ワハハすまない!不覚を取った!先代様が見つけた謎の金属の塊に、我が渾身の一撃を叩き込んだのだが……傷一つつけられず、逆に私のメイスがへし折れてしまってな……」


 あの超重メイスを大破させる金属の塊。俺の目が、カラカラと笑うレイラの後ろにある「それ」を捉えた。


 それは鈍い銀色の光沢を放っていた。


「この塊は…一体なんなんだ…」


現代の技術では到底不可能な、継ぎ目のない巨大な金属の扉だった。


「……やっぱり!これは神話に登場する超古代都市の防壁よ。物理的な武力ではビクともしないわ」


 アルテはハァハァと興奮で息を荒くしながら、うっとりとした表情でその金属の塊に歩み寄る。


「私の頭脳データが告げているわ。この扉は、魔力の波長を認識する認証碑。……私なら、開けられる」


 そう呟くアルテの横顔を見ながら、俺はふと、彼女の複雑な生い立ちを思い出していた。



 アルテは元々、オルティジア領の人間ではない。北方の異民族――一説には超古代人の血を引くと言われる少数民族の出身だ。難民としてこの地に流れ着き、壮絶な苦学の末に、わずか十八歳で士官して役人になった。


 その卓越した才覚と、親父に負けず劣らずの強烈な「オカルト好き」が親父の目に留まり、気に入られて養女に迎えられたという経緯がある。


「おいアルテ、やめろ! うかつに触るな!」


 俺の制止も聞かず、アルテの白い指先が、金属の塊の表面に触れた。


 ――ピキィン。


 その瞬間、地下空間が、見たこともない淡い蒼色の光で満たされた。

 金属の塊が、生き物のように滑らかにスライドし、左右へと開いていく。

 現れたのは、暗闇の奥へと続く、幾何学的な結晶で作られた――本物の「超古代の遺跡」だった。


「うそ!?開い、た……? ふふっ……やっぱり私の、データ通り……!」


 アルテが恍惚と真紅の瞳を輝かせる。


 開かれた遺跡の入り口。カプセルのような円筒形の装置から、プシューッ、と数千年前の空気が抜けるような音が響く。


 中から現れたのは、驚くほど無機質で、不気味なほどに洗練された『鋼鉄の塊』だった。


 人間を模してはいるものの、そこには顔など存在しない。

 滑らかな白磁のヘルメットのような頭部には、ただ一つ、深淵を覗くような暗い単眼センサーが嵌め込まれている。


 胸部を守る白い装甲板には、数千年の歳月を感じさせる生々しい錆と、かつての激戦を物語る無数の傷が刻まれていた。


 装甲の隙間からは、現代の技術では到底不可能な、極細の人工筋肉や無数の配線、精緻なシリンダーが、まるで生き物の内臓のように複雑に剥き出しになっている。


 カチ、カチ、と体内の機構が凶悪な音を立てて起動し、その単眼に――血のような『深紅』の光が灯った。


 神話の遺産。災禍を逃れ、地下で主を待ち続けていたオートマタ(魔導兵)

 人形の瞳が不気味な『深紅』に染まり、全身から立ち上る魔力が、周囲の空気を爆発的に震わせる。


『――侵入者ヲ確認。脅威度・高。……防衛モード、起動。排除シマス。』


「っ!? しまっ――」


 冷徹な機械音声と共に、その武骨な金属の拳が、空気を切り裂く速度で放たれた。

 標的は、最前線にいる俺たちだ。


「ライン殿、下がれぇぇーーーっ!!」


 折れたメイスを構えて前に飛び出すレイラ。


 自分のルーツの証明を前にして、驚愕で身動きが取れなくなっているアルテ。


 数千年の眠りから目覚めた最強の兵器が、狂暴な牙を剥いて俺たちに襲いかかってくる

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