表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/5

第四話 塩の狐は、甘い香りがする

 親父が遺した最悪のロマンが発覚した、その翌日。


 アルテとレイラは、早くも実地調査と称して、エスカンテ商会が管理する地下水路の掘削現場へと向かってしまった。


「私は先代様の遺志を継ぎ、古代の英知を証明してみせます」と目をランランと輝かせるオタク補佐官と、「ふむ!つまりその謎の隔壁を私がぶっ壊せば良いのだなっ!」と拳を鳴らす脳筋副長。


 ……あの二人、一緒に行かせちゃダメな組み合わせだった気がする。


 そんなわけで、地上の領主執務室に取り残されたのは、俺とニナの二人だけだった。


「ねえねえ、お兄ちゃん。やっとふたりっきりになれたね……?」


「ニナ、距離が近い。あと、書類を読んでいる俺の太ももに、自然な動作で滑り込んでくるのをやめなさい」


「いーじゃん、減るもんじゃなし! 十三年分の充電、一気にさせてよぉ」


 ニナは俺の膝の上にちょこんと腰掛け、俺の首筋に額をすり寄せてくる。


 甘い香りと、背中にぽよんと押し当てられる、たわわな果実の弾力がダイレクトに伝わってきた。


 俺のヘタレメーターとは別の――男としてのリミッターが、けたたましく危機を告げていた。

 駄目だ、ニナは妹(義理だけど)だ。理性を保て、俺。


「ふふ、お兄ちゃん、顔真っ赤。可愛すぎぃ〜」


「こら! からかうんじゃありません! 俺は一応、ここの領主になったんだぞ」


「知ってるよ。だから、ウチがずーっと支えてあげる。ウチの家の商会の財力、お兄ちゃんのために全部使ってあげてもいいんだからね?」


 ニナが俺の頬に人差し指をあてて、悪戯っぽく微笑む。


 他の姉妹たちから針のむしろにされている俺にとって、ニナの全面的な肯定は、本当に脳が溶けそうになるほど心地よかった。


 ――だが、その極上の癒やしの時間は、唐突に訪れた部外者によって破られることになる。


「おやおや、新領主様、ずいぶんとお熱い事で。私も混ぜてくださるかしら?」


 部屋の入り口から、妖艶で、どこかハスキーな大人の声が響いた。


 見張りは何をしていたんだ、と視線を上げ――、俺は息を呑んだ。


 そこに立っていたのは、ニナとは全く異なるベクトルで、男を狂わせる「大人の色気」を放つ美女だった。


 年齢は二十代後半ほど。この世界では珍しい獣人族(狐族)のようで、頭頂部には艶やかな黒い狐耳が、術後のようにフサフサとした立派な尻尾がドレスの裾から覗いている。


 身に纏っているのは、胸元がこれでもかとざっくり開いた、漆黒のシルクドレス。


 歩くたびに、豊満な胸元とスリットから覗く白い太ももが揺れ、視線のやり場に本気で困る。

 指先には長管の煙管キセルが握られており、紫煙が彼女の美しい顔立ちを妖しく彩っていた。


「……シャルロッテ・ローゼン……!」


 ニナが俺の膝から飛び退き、一瞬で険しい顔になってその名前を呼んだ。


 シャルロッテ・ローゼン。

 レムの特産品である「岩塩」の交易権に目をつけ、一介の行商人から、わずか数年で地域最大規模の『シャルロッテ商会』を築き上げた、若き女傑。


「ふふ、久しぶりだねぇ、エスカンテの小娘。相変わらず、挨拶代わりに男に盛りつく色ボケっぷりで安心したよ」


「なっ……! 誰が色ボケよ! この女狐! お兄ちゃんに変なことしたらただじゃおかないよ!」


「失礼な。私は新領主様へ、純粋な『お祝い』を伝えに来ただけさね」


 シャルロッテはクスクスと艶っぽく笑いながら、音もなく俺の机の前へと歩み寄ってきた。


 漂ってくるのは、煙草の香りに混ざった、エキゾチックで濃厚な香水の匂い。

 ニナの甘い香りとは違う、本能を揺さぶるような大人の匂いだ。


 彼女は煙管の吸い口を、自身の濡れた薄紅色の唇から離すと、机に両手をついて俺の顔をじっと覗き込んできた。


 ドレスの胸元が完全に開き、信じられないほど深い渓谷が、俺の目の前に迫る。


(あ、圧倒的じゃないか……! なんだこの破壊力は……!)


 帝国の士官学校には、こんな妖艶な化け物は一人もいなかった。

 ……完全に童貞の俺を殺しにきている。


「……へえ。街の噂じゃ『盤上干殺し』の冷徹な名将なんて言うから、どんな鉄面皮が来るかと思えば……。思っていたよりも、ずっと可愛い顔してるじゃないか」


 シャルロッテの琥珀色の瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように妖しく光った。


「……お、俺に、何か用でしょうか。シャルロッテ会長」


 俺が目を泳がせ、緊張で声を震わせると、彼女はさらに距離を詰め、俺の椅子の肘置きに手をかけた。


 ふわり、と彼女のフサフサした尻尾が、俺の腕に触れる。


「そう怯えなさんな、坊や。私はね、自分の利益を脅かす先代の堅物は大嫌いだったが……坊やみたいな話の分かりそうな『可愛い男のコ』は、大好物なんだよ」


 シャルロッテは俺の耳元に顔を寄せると、熱い吐息と共に、とろけるような声で囁いた。


「実家の後ろ盾しか脳にない乳臭い小娘の言うことなんて放っておいて、私と組もうじゃないか。……安心しな坊や。私は君の、とっても優しい『味方』になってあげるからさ……」


 囁きながら、彼女のしなやかな長い指が、俺のズボンのベルトにすっと掛けられる。


「なんなら、今から“味見”しちゃおうかね?」


「ひ、ひえっ……!」


 耳たぶに触れるか触れないかの距離で囁かれ、下腹部に妖しい指先を感じて、俺のヘタレメーターは完全にオーバーヒートを起こして爆発した。


 怖い。この人、アルテやレイラとは別のベクトルで、俺の貞操と財布を骨の髄まで搾り取りに来るタイプだ……!


「ちょっとーーー!! あたしのお兄ちゃんに何してんのよこの変態女ぁ!!」


 顔を真っ赤にしたニナが、俺とシャルロッテの間に強引に割り込んでくる。


 そんな二人を前に、俺はただ「帝都のレイヴ川の流れが見たい……」と、本日何度目か分からない現実逃避を始めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ